メディカルエッセイ

第127回 見当違いのマスコミとおとなしすぎる薬剤師 2013/08/20

  以前にもお伝えした薬のインターネットでの販売に対して厚労省で新たな動きがありましたので、今回はこのことについてお話ししたいと思います。

 これまでの経緯をまとめておくと次のようになります。

 まず、2009年に厚生労働省は、薬局で販売されている薬の第1類とそれに準じた第2類をインターネットで販売することを禁止しました。すると、この禁止令は違法であるとしてネットのドラッグストアなどが訴訟を起こしました。2013年1月、最高裁で「厚労省の禁止令は違法」との判決がでてドラッグストアが勝訴しました。この判決以降、いくつかのドラッグストアはインターネット販売を再開しています。

 そして、2013年6月5日、安倍晋三首相は内外情勢調査会で成長戦略第3弾を発表し、その中で「インターネットによる一般医薬品の販売を解禁します」と発言しました。これでインターネットによる薬の販売が一気に加速するかと思われましたが、厚生労働省は、首相の発表に横槍を入れるようなかたちで、一部のネット販売の再禁止を検討しています。具体的には、一部の薬を一般用医薬品(大衆薬)から医療用医薬品(処方薬)に戻そうとする案が出ています。

 では、なぜ厚労省は、薬のインターネットでの販売に反対するのでしょうか。一番の理由は、副作用の出やすい薬が野放しにされることの危険性を懸念している、というものです。もしもインターネットで薬の流通が広がり、それで副作用が社会問題になれば「そのような危険な薬を処方薬でなく大衆薬に分類した厚労省の責任ではないか」という声が出てくるでしょうから、厚労省としてはこれを避けたいわけです。

 もうひとつは、これはあまり報道されていないようですが、おそらく厚労省は薬の依存症を懸念しているのではないかと私は見ています。例えば、この議論になるといつも引き合いにだされる「ロキソニン」という解熱鎮痛薬があります。ロキソニンは今も医療機関で処方されていますが、2011年1月に「ロキソニンS」という名称の大衆薬が発売され薬局でも購入できるようになりました。

 ロキソニンは多くの痛みにシャープに効きますから、服用している人は多いのですが、知らず知らずのうちに依存している人が少なくありません。この依存が進行すると「ロキソニン中毒」と呼ばれる状態に移行することもあり、特に頭痛に対してロキソニンを用いている人に危険があります。週に1日程度の服用であれば依存症にまで進展することはあまりありませんが、これが週に3回、4回、それも1日あたり3錠も内服している、となると依存症になっていく可能性があります。そうすると「薬物乱用頭痛」と呼ばれるたいへんやっかいな頭痛に移行することがあります。

 薬物乱用頭痛とは、簡単に言えば、「鎮痛薬を使い続けるうちに痛みへの敏感さが増し常に痛みを感じるようになった頭痛」のことです。つまり、ロキソニンをあまりにもたくさん飲み続けたことによって、ちょっとした痛みにも耐えられない状態になってしまうのです。そして、薬物乱用頭痛の原因になるのはロキソニンだけではありません。日常の診療でもっともよく遭遇する薬物乱用頭痛の原因の鎮痛薬は、イブプロフェンを主とした鎮痛剤です。商品名でいえば「イブ」「ナロンエース」「リングルアイビー」などです。医療機関で処方されるものでいえば「ブルフェン」が相当します。

 薬物乱用頭痛の治療は簡単ではなく、鎮痛剤から離脱するのにかなりの苦労を要します。アルコール依存症や覚醒剤中毒者、あるいはニコチン中毒者が薬物を断ち切るのはかなり大変なことですが、薬物乱用頭痛から鎮痛剤を減らしていくのは、それに準じるくらいの困難さがあるのです。

 おそらく厚労省はこういった依存症へのリスクも踏まえて、薬のネット販売の全面解禁に反対しているのだと思います。現在同省は、28の薬品について大衆薬から処方薬へ移行させ、医療機関での処方のみとすることを検討しているようです(注1)。ロキソニンなどはいったん大衆薬として認めたけれども処方薬のみである元の状態に戻そう、というわけです。

 私個人としても、28のそれぞれの薬品すべてが妥当かどうかまでは断言できませんが、ロキソニンのように依存性の強いものや重大な副作用を懸念しなければならないものについては、あまりにも気軽に買えてしまうのは問題だと考えています。(私個人としては28項目に含まれていないものにも気になるものがあります。例えば先に述べたイブプロフェンを主とした鎮痛剤はこれら28項目に含まれていません)

 では、この問題をマスコミはどのように捉えているかというと、残念ながら見当違いのものが目立ちます。

 例えば、日経新聞2013年8月16日に掲載された「「ロキソニン」また規制?」というタイトルの記事には、「ネットで買えれば、処方薬をもらうために通院する人が減り、開業医の稼ぎは減る」という記載があります。開業医の稼ぎが減る???、見当違いも甚だしいと言わざるを得ません。

 先に述べたように我々医師が注意しているのは、ロキソニンでいえば「いかにして依存症への移行を防ぐか」ということであり、ロキソニンに限らず、我々医師の仕事は、薬の処方量を増やすことではなく減らすことにあります。

 日経新聞の記者はいつも経済のこと、もっと言えば金を稼ぐことばかりを考えているからこのような発想になるのかもしれませんが、冷静になって考えれば、医師がロキソニンを処方したいと考えているわけではないことは数字を見直してもらえれば誰にでも分かることです。ここでそれを説明しておきたいと思います。

 ロキソニンは、現在は後発品が普及しており薬価が随分安くなっています。太融寺町谷口医院で処方しているロキソニン(ロキソプロフェンナトリウム)は1錠5.6円(3割負担で1.68円。ただし患者さんの側からみればこれに診察代や処方代がかかります。それでも薬局で買うよりは随分安くなりますが)です。仕入れ価格はこれよりわずかに安い程度で、1錠あたりの医療機関の利益は0.2~0.3円程度です。日経新聞の記者は、0.2~0.3円の利益を確保するために我々医師がネット販売に反対していると言うのでしょうか・・・。

 経済発展のために自由化を原則とすべきなのは理解できます。しかし、どのようなものも野放図に解禁するのは問題です。ネットでロキソニンを買おうとすると、画面にいくつか質問事項が現れてそれをクリアしないと買えないように一応はなっています。しかし、このようなものは買おうと思えば実際にはなんとでもなります。

 薬は可能なものは医療機関以外でも入手できるようにすべきで、かつ危険性を充分に認知してもらう必要があるわけです。ではどうすればいいのか。私の意見は「薬局及び薬剤師の活用」です。ロキソニンが必要な人は薬局に行き、症状について相談し、薬剤師が妥当だと判断すれば販売できるようにすればいいのです。薬局まで行く時間がないとか、身体が不自由で度々薬局まで足を運べないという人もいるでしょう。そのような人たちにとってインターネットは大変便利なツールです。ならば、そのかかりつけ薬局のホームページから買えるようにすればいいのです。ホームページがない薬局ならメールを利用すれば済む話です。

 安倍首相の成長戦略第3弾を実現させ、なおかつ、薬の危険性から国民を守る最善策、それは「薬局及び薬剤師の活用」に他なりません。しかし、これは医師である私が主張すべきことではありません。インターネットでの薬の全面解禁というのは、薬剤師にとっては自分たちの尊厳に関わる問題のはずです。主役であるのにもかかわらず蚊帳の外に置かれて薬剤師はなぜ黙っているのでしょう。

 私は「薬剤師の逆襲」を期待しています・・・。

 
注1:これら28の薬品の詳細は下記URLに記されています。

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/0000014659.pdf


参考:
マンスリーレポート2013年4月号「薬局との賢い付き合い方(前編)」
マンスリーレポート2013年5月号「薬局との賢い付き合い方(後編)」
はやりの病気第第96回(2011年8月)「放っておいてはいけない頭痛」
メディカルエッセイ第97回(2011年2月)「鎮痛剤を上手に使う方法」