マンスリーレポート

2013年8月号 この夏の暑さと塩と味の素

 今年(2013年)の夏はとにかく暑い・・・。多くの人がそのように感じているでしょう。過去にこれほど暑い夏はなかったのではないか、と思わずにはいられません。私はクーラーの効いたクリニックでの勤務ですし、通勤もTシャツにジーンズという格好ですから、暑いといってもましですが、現場の仕事をしている人や、スーツを着て外に出られている人にとってはたまらない暑さだと思います。紺色のシャツなどを着れば汗が析出され塩の結晶が確認できるのではないでしょうか。

 今年は、太融寺町谷口医院を受診する夏バテの患者さんは、総数で言えば例年と変わりないと思うのですが、なぜか「塩分はどうしてとればいいのか」という質問をよく受けます。

 マスコミからの取材もきます。春先には、ある雑誌の「熱中症対策講座Q&A」という記事の監修を頼まれましたし、先月はあるテレビ番組が熱中症を取り上げるとのことで取材を受けました。(この番組は早朝に放送されたのにもかかわらず多くの患者さんから「テレビに出ていましたね」と言われました。テレビの影響は大変大きいことを改めて実感させられました) マスコミからの取材依頼は断ることが多いのですが、その理由は特定の製品(商品)や特定の治療法を肩入れするものになりがちだからです。しかし今回は熱中症や塩分摂取についてのことであり、そういった心配がないと判断し受けることにしました。

 患者さんからもマスコミからもよく聞かれるのが「塩をどれくらい摂ればいいのか」というものなのですが、この問いには大変返答しにくく、いつもどのように答えるべきか悩まされます。答えを聞きたい側としては、たとえば「1日に何グラム」という言い方がわかりやすいと思うのですが、ことはそれほど単純ではありません。

 まず、塩がどれくらい必要かというのは、その人によってまったく異なってきます。クーラーの効いた部屋で仕事をしている人と、炎天下で朝から晩まで肉体作業に従事している人ではまったく異なりますし、例えば高血圧や糖尿病などがあれば個々の対応が必要になってきます。

 ですから、「塩をどれくらい摂ればいいのか」という質問に対する最適な答えは、「どのような人がどのような環境にいるかによりますから各自かかりつけ医に相談してください」という身も蓋も無いものになってしまうのです。

 特に高血圧や糖尿病など生活習慣病がある人、あるいは腎臓に何らかの異常がある人は、マスコミなどが報じる一般論をそのまま当てはめない方がいいでしょう。当院の患者さんにも「熱中症対策として塩を摂らなければならない」と思い込んで、1日に何度も塩を舐めているという人がいました。この人は薬を飲むほどではありませんが、日頃から血圧が高く、私は塩分制限の指導をしていた(つもり)なのですが、この患者さんは「夏は例外」と思い込んでいたのです。案の定、そのときの診察での血圧は上昇しており、直ちに塩分制限を徹底するように説明しました。

 しかし、この患者さんのように血圧が高い人も含めて、長時間大量の汗をかくような環境にいるときは塩分摂取を考慮しなければなりません。例えば、フルマラソンを走ったり、登山をしたりするようなときにはどのような人も注意が必要になります。

 ではこの見極めはどのようにすればいいのでしょうか。高血圧や腎疾患がないような人も含めて日本人は日頃から塩分を取りすぎています。厚労省のデータ(2008年)によると、日本人の1日あたりの平均塩分摂取量は、男性で11.9グラム、女性で10.1グラムです。目標は男性9グラム、女性で7.5グラムとされていますが、これでも世界的にはかなり多く、国際水準では6グラムが一般的ですし、これを下げようとする動きもあります。日本人でも高血圧や慢性腎臓病があれば6グラム以下にしなければなりません。

 普段は塩分をできるだけ減らさなければならない、しかし熱中症を予防するために必要なときには摂らなければならない、と言われて「分かりました」と答えられる人はそれほど多くないでしょう。

 ではどうすればいいのか。一般論として述べるのはむつかしいのですが、私の場合は、「着ているTシャツを絞って滴り落ちるくらいの汗をかいたときには積極的に塩分を摂取する」ことを心がけています。それから「(塩分を含まない)水分をとっても身体がだるい」ときは塩分が不足している可能性があります。また、(これはあまりあてにならないかもしれませんが)「塩気のあるものが食べたくなったときに塩分を摂る」というのもひとつの方法です。私がよくするのが「今、スイカを食べるとしたら塩をふった方が美味いだろうか、そのままの方が美味いだろうかを考える」、という方法です。

 この「スイカに塩」というのはとてもすぐれた夏バテ防止フードになります。私は小学生の頃は、ほぼ毎回スイカを食べるときに塩をふっていましたが、大人になるにつれて塩を使う頻度が減りました。塩をかけても美味しくならないから使わなくなったわけですが、これは小学生の頃は外で遊んで汗を大量にかいていたために自然に身体が塩分を欲していたからでしょう。ちなみに、今の私はふだんはスイカはそのまま食べますが、運動後だけは塩を振って食べています。これはトマトでも同じです。

 熱中症予防の塩分の摂り方については、理論上は「OS-1」やスポーツドリンクがいいとされていますが、このようなものだけでは飽きてきますから、クラッカーやミックスナッツ、またスープや味噌汁を摂るのもおすすめです(注1)。

 大量に汗をかくようなとき以外は、日本人の大半は塩分制限を考える必要があります。しかし、これは日本食では大変困難です。味噌汁1杯で約2グラムもの塩が含まれていますし、醤油や味噌にもたっぷりの塩分が含まれています。これで1日6グラム以下にもっていくのは至難の業です。では洋食はどうかというと、ピザやハンバーガーは塩分制限を考えたときには最悪の料理です(おまけにカロリー過多になります)。では中華料理はどうかと言えば、チャーハン1人前で3.2グラム、五目そば1杯で8.0グラム(いずれも厚労省のサイトより)ですから絶望的です。

 では、どのようにして塩分を制限しながら美味しくご飯を食べればいいのか・・・。これについてはそのうちに改めてまとめてみたいと思っているのですが、ここではひとつだけ提案したいと思います。それは「味の素」を積極的に使ってみよう、というものです。

 私が大学生になったばかりの頃、お金がありませんでしたから時間があれば自炊をしていました。しかし何をつくっても美味しくありません。味気がないから塩や醤油を足してみるのですが、辛くなるだけで美味しくなりません。そこであるとき味の素を使ってみたのですが、これが驚く程美味しくなったのです。しかも塩や醤油の使用量がぐっと減りました。それ以来、私は和風もしくは中華風の煮物や炒め物をつくるときは必ずといっていいほど味の素を、しかも(おそらく普通の人が使うよりも)大量に入れています。

 「味の素」というのは商品名ですから、例えばNHKが「味の素」を取り上げるときは別の表現があるのでしょうが、世界的に、とまでは言えなくとも、少なくともアジア的には「アジノモト」という名前が浸透しています。

 私が以前、NPO法人GINA(ジーナ)の関連でタイの東北地方のある辺鄙な村を訪れたときのことです。その村は何度もバスを乗り継いで行かなければならず、外国人はめったに来ないエリアで、私が初めてその村にやってきた日本人だと言われました。その村には電気も充分に来ておらず、焚き火で料理をするようなところなのですが、あるとき若い女性がソムタム(青いパパイヤをベースにしたタイ風サラダ)をつくっているときに大量の白い結晶をふりかけているのが気になりました。ちょうどタイ語を勉強し始めていた頃だったので、その結晶が入ったビニール袋を借りて印刷されたタイ語を読んでみると、なんと「アジノモト」と書いてあるではないですか。タイ語でも味の素は「アジノモト」なのです。そして、ソムタムを作っていたそのタイ女性に話を聞くと、「あたしが幼少時の頃からアジノモトはいろんな料理に使うのよ」と話してくれました。しかしその女性はアジノモトが日本のものとは知りませんでした(注2)。

 味の素は料理を美味しくするだけでなく、塩分制限をするのに大変有用な調味料だと思います(注3)。味の素の成分は「グルタミン酸ナトリウム」ですから、やはり大量に摂取するとナトリウム過多になり、結局塩分過多の状態と同じになってしまうのは事実です。しかし、食べ物を美味しくするために必要な「塩」と「味の素」では、体内に吸収されるナトリウム量が大きく異なります。

 塩分制限に味の素を・・・、という声がなぜ上がってこないのか。味の素株式会社はそれを主張するのに遠慮しているのだろうか・・・、これは長い間、私が疑問に思っていることです。

 
注1:詳しくは下記「水分摂取と塩分摂取について」を参照ください。
http://www.stellamate-clinic.org/nettyu/#a03

注2:このような経験をしているのは私だけではありません。例えばノンフィクション作家の高野秀行氏は著書『西南シルクロードは密林に消える』(講談社文庫)のなかで、ナガ(Naga)族(インド北東部からミャンマー国境上に沿うナガランド一帯に暮らす民族)の日常の料理にアジノモトが使われていることを紹介しています。

注3:私は今回のコラムの最初の方で「特定の治療法に肩入れするようなマスコミの取材を受けない」と述べているにもかかわらず「味の素」を高く評価しているわけで、これは矛盾していることになります。しかし、日本のみならず少なくともアジア全域で日々使われている味の素が食事を美味しくするだけでなく塩分制限に貢献しているのはやはり事実ではないかと思います。例えてみると、自動車のメーカーが世界にトヨタ社一社しかなければトヨタ車をすすめるしかない、というようなものです。このように考えると、味の素株式会社のライバル会社はなぜ存在しないのでしょうか。尚、念のために付記しておくと私と味の素株式会社の間には何の利害関係もありません