はやりの病気

第125回 糖尿病治療の変遷 2014/1/21

 糖尿病といえば、ここ数年間マスコミで話題になるのは「糖質制限食の是非」が多く、今も肯定派と否定派の意見が様々な誌面で取り上げられているようです。興味深いことに、医療者の中でも肯定派と否定派に分かれて論争がおこなわれることがあります。

 糖尿病については、実は薬についてもここ数年でドラスティックに内容が変わってきています。新しい薬が次々と登場し、従来の治療が塗り替えられているといっても過言ではありません。

 もちろん、糖尿病の治療の基本は、まず予防と早期発見につとめ、薬を使う前に食事療法、運動療法、禁煙などをしっかりとおこなうことです。それでも改善しないときに初めて薬を開始することになります。

 糖尿病治療の歴史を塗り替えることになった薬としてまず挙げなければならないのは「インクレチン関連薬」と呼ばれるものです。インクレチン関連薬には2種類あります。1つは「DPP4阻害薬」と呼ばれる飲み薬で、商品名でいえば、グラクティブ、ジャヌビア、エクア、ネシーナ、トラゼンタ、テネリア、スイニー、オングリザなどです。もうひとつは「GLP-1アナログ(GLP-1受容体作動薬)」と呼ばれる注射薬で、商品名ではビクトーザ、ビデュリオン、バイエッタ、リキスミアなどです。

 商品名は聞いたことがあったとしても「インクレチン」という名前には馴染みがないという人も少なくないのではないでしょうか。ここで簡単に説明しておきます。インクレチンというのは体内で分泌されるホルモンの1種で、インスリンの分泌を増やして、グルカゴンの分泌を減らす作用があります。またまたカタカナがでてきてややこしいと感じる人がいるかもしれませんが、じっくり考えればそれほどむつかしくはありません。インスリンもグルカゴンも血糖値に関わるホルモンで、インスリンは血糖値を下げて、グルカゴンは逆に血糖値を上げる、と考えてください。

 糖尿病の人は血糖値を下げたいのですから、インスリンの量を増やしてグルカゴンを減らせばいいわけです。ということは、糖尿病の人にとってインクレチンというのは大変ありがたいホルモンになります。さらにインクレチンがありがたいのは、血糖値が高いときにしか働かないという特徴があるからです。もしも血糖値が低いときに働けば血糖が下がりすぎて低血糖症状が出てしまいますが、インクレチンはその心配がないのです。

 そんな夢のようなインクレチンですが欠点もあります。ごく短時間しか働いてくれないのです。なんとかしてインクレチンにもっと働いてもらう方法はないか、あるいはインクレチンを外部から取り込む方法はないか、このようなことを世界中の研究者は随分長いこと考えて研究を重ね、ついに登場したのが「DPP4阻害薬」と「GLP-1アナログ」というわけです。

 DPP4というのは、インクレチンを分解する酵素のことで、この酵素の働きを弱める薬、つまりDPP4阻害薬が働けばインクレチンがそれだけ長い間作用することになります。GLP-1アナログというのは、インクレチンと構造が似たもので、インクレチンと同じように働いてくれて、インクレチンそのものではないためにDPP4に分解されにくくなっているのです。

 これらを考えるとインクレチン関連薬というのは、糖尿病の患者さんにとってまさに夢の薬のようにも思えてきます。では、欠点はないのでしょうか。「ない」と断言する医療者もいるかもしれませんが、私は手放しに「欠点がない」とは思っていません。後に述べるように、実は私は現時点ではインクレチン関連薬を積極的には処方していません。転居などで前にかかっていた病院から引き継ぐようなケースでは処方することもありますが、その場合でもインクレチン作動薬を中止できるように患者さんに生活指導をおこなうことが多いのです。

 私がインクレチン関連薬を積極的に推薦しない理由は2つあります。1つは値段が高いことです。DPP4阻害薬は種類にも使う量にもよりますが、1日あたり3割負担であったとしても50~60円くらいはします。(後に述べるメトホルミンであれば1日あたり6~25円程度です) 糖尿病という病は薬を飲めばいいというわけではありません。まずは食事療法・運動療法をおこなって、それでも改善しなければ薬を始めるということになっていますが、薬を飲み始めたからといって運動・食事療法をやめていいわけではありません。むしろ糖尿病が悪化しているわけですからこれまで以上に食事・運動療法をしっかりとやらなければならないのです。そして効果的に食事・運動療法をおこなおうと思えばある程度の費用がかかります。薬にお金をかけるのではなく、食事・運動に投資しよう、というのが私の基本的な考えです。

 もうひとつ私が積極的にインクレチン関連薬を処方していない理由は「未知の副作用」を考えてのことです。インクレチン作動薬の副作用についてはこれまで世界中で随分と調査がおこなわれており、現時点では特に大きな副作用はなく「安全性の高い薬剤」ということになってはいます。しかし今後もそれが続くかどうかは分かりません。歴史があり安い薬が他にあるのであれば必ずしもインクレチン関連薬を使う必要はないのです。

 糖尿病の新しい薬はインクレチン関連薬だけではありません。開発中のものが非常にたくさんあります。糖尿病の薬というのはいったん飲み出すとかなり長期になりますから製薬会社としては安定した収益につながるわけで、世界中の製薬会社がいろめきたって開発しているのかもしれません。

 そんななか、まもなく市場に登場するのが「SGLT2阻害薬」と呼ばれるものです。この薬の作用機序は大変シンプルで、糖尿病は血液中に糖が多いのだからその糖を尿と一緒に出してしまおう、というものです。つまりこの薬を飲めば血中の余分な糖が尿と一緒に排出されて血糖値が下がる、というわけです。日本では合計6種類のSGLT2阻害薬が申請されていたのですが、一番乗りはアステラス製薬の「スーグラ」という商品となりました。2014年1月17日に承認取得したようですからまもなく処方開始となるでしょう。

 ではSGLT2阻害薬が発売されるとすべての医師が処方を始めるかというとそういうわけではないと思います。少なくとも私は当分の間処方を見合わせるつもりです。理由はインクレチン関連薬と同様、価格が高いことが予想されるのと、副作用についてです。糖の混じった尿がでるようになるわけですから、すでに、膀胱炎を起こしやすくなるのではないか、ということが指摘されています。常に尿糖がでる状態であれば排尿時の不快感が生じる可能性がありますし、女性の場合カンジダ腟炎を起こしやすくなるでしょうし(男性でも包茎があればカンジダ性゙亀頭炎のリスクとなる可能性があります)、また浸透圧の関係で血圧が下がりすぎないか、という心配もあります。

 さて、ここからが今回のコラムの本題です。私はインクレチン関連薬を積極的に処方していませんし、SGLT2阻害薬も現時点では処方する予定はありません。にもかかわらず私自身もここ数年で最も処方内容を変えた疾患のひとつに糖尿病をあげます。これはマスコミなどにはあまり注目されていないようですが、私自身は「メトホルミンが高容量で使えるようになった」ということが糖尿病治療にとって大変重要なことであると考えています。

 メトホルミンというのは50年以上も前に誕生した薬なのですが、乳酸アシドーシスという副作用が起こりやすいという意見があり、随分と長い間、わずかな量しか使えなかったという歴史があります。ところが、実際には副作用が従来指摘されてきたように発生するわけではなく、また非常に高い効果が期待できることが次第に明らかにされ、海外では高容量の処方がスタンダードになってきていました。日本でもメトホルミンのなかで「メトグルコ」という商品は2010年に高容量が認められるようになりました。それまでは1日合計量が750mgまでだったのが、2,250mgまで認められるようになったのです。高容量でメトホルミンを内服しても副作用はあまり起こらず、低血糖もおこりません。したがって空腹に悩まされることもありません。その上、コストは安く(3割負担で1錠3円未満)、使用する量にもよりますが、1日あたり6円~25円程度ですから経済的にも使い勝手がいいのです。

 先にも述べましたが、糖尿病の基本治療は薬ではなく食事療法、運動療法、禁煙です。治療にお金をかけるなら薬ではなく、これら生活習慣の改善に投資しよう、それが私の基本的な考えです。

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