マンスリーレポート

2014年4月号 医療費を安くする方法~後編~

  前回は「初診」と「再診」の区別が大変複雑であり、医療機関によって解釈が変わる可能性があることを延べました。保険点数の改定で2014年4月から初診代が40円、再診代が10円値上がりしましたから(いずれも3割負担の場合)、診察代が「初診」になるか「再診」になるかは3月までよりも重要になったと言えるかもしれません。

 診察代が複雑なのは初診と再診の区別が複雑だから、だけではなく、他にもいくつか複雑なルールがあるということもあります。例を挙げて紹介したいと思います。

 Xクリニックに通院しているA氏とB氏。同じ会社に勤めていて同い年の45歳です。2人とも1年ほど前からXクリニックにいろんなことで通院しています。A氏には「高脂血症」、B氏には「高尿酸血症」がありますが、2人ともまだ薬をどうしても飲まなければならないレベルではなく、Xクリニックで生活指導を受けています。2人が勤める会社では毎年4月に健康診断があり、今日はその健診の結果を持って相談に行く日です。2人は仕事が終わってからXクリニックを受診しました。健診結果を医師に見せて日頃の生活について相談をしアドバイスをもらいました。2人とも診察時間はほぼ同じで、この日は検査も投薬もありませんでした。当然診察代は同じかと思われましたが、A氏は1,050円、B氏は380円で、その差が670円もあります。自分だけ料金が高かったA氏は納得がいきません。2週間前に、共に風邪の症状で受診したときには薬の内容も料金もまったく同じだったのです。

 診察代には、疾患の種類によっては「特定疾患療養管理料」というものが加算されます。これはいくつかの決められた疾患について食事(栄養)や運動などの生活指導に対して算定されるものです。そしてA氏の高脂血症はこの管理料の対象疾患に該当することが決められていて、B氏の高尿酸血症は該当しないのです。しかし実際には、高脂血症も高尿酸血症も生活習慣病の一種であり、医師や看護師による生活指導も似たようなものになります。

 算定される疾患とされない疾患がある以上はどうしても不平等感が出てきます。他に例を挙げれば、ウイルス性肝炎は状態が安定していたとしても算定される一方で、脂肪肝による肝機能障害は算定されません。実際の生活指導は脂肪肝の方が時間のかかることが多いのに、です。もうひとつ例を挙げると、胃炎の場合は算定されますが、逆流性食道炎の場合は算定されません。用いる薬は同じものである場合が多いですし、逆流性食道炎の方が生活指導に時間がかかることも多いのに、です。

 不平等感がぬぐえない例は他にもあります。「特定疾患治療研究事業対象疾患」(以下「難病」とします)に指定されている疾患が現在56あります(注1)。これら56の疾患に罹患していると認定されれば、特定の医療機関を受診した場合診察代がほとんどかかりません。3割の自己負担の分も公費で補われるからです。しかし実際には生活に支障がでるほどの"難病"なのだけれども56疾患に入れられていない疾患もいくつもあります。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の例でいえば、例えば「慢性疲労症候群」や「線維筋痛症」があります。膠原病では「全身性エリトマトーデス」や「強皮症」といったものは56疾患に含まれていますが、「シェーグレン症候群」や「強直性脊椎炎」、「関節リウマチ」などは除外されています(注2)。

 また、谷口医院でしばしば感じるのがHIVについてです。現在HIVは難病指定されていません。エイズを発症した後にHIV感染が発覚したような場合は、障がい者の1級に認定されることもありますが、症状がないけれども思い当たることがあり自らの意思で検査を受けて感染が発覚したようなときは障がい者認定を受けることができません。投薬が開始されるようになると、それなりに公的扶助が受けられるのですが、それでもすべての医療費が無料になるわけではありません。HIVに感染すると、エイズ関連疾患以外にも、例えば、風邪をひきやすくなったり、下痢が続いたり、湿疹に悩まされたり、ということがしばしばあります。また、職場ではたいていは感染の事実をカムアウトしておらずストレスにさらされていますから(職場で感染していることを伝えて結果的に退職においこまれたという例が谷口医院では多数あります)、不眠や抑うつ感といった精神症状がしばしば現れます。したがって医療機関を受診する機会が多く医療費がかさむのです。

 この疾患は管理料が算定され、こちらの疾患は(なぜか)されない、という例や、この疾患は難病指定されているけれども(同じような苦しみの伴う)別の疾患はされない、という例は他にもいくつもあります。つまり、診察料のアップにつながる管理料がかかってくる疾患で受診すればそうでない疾患で受診する人に比べて料金が高くなりますし、その逆に難病指定されている疾患でかかると公費が適用され安くなるというわけです。診察代にはこれら以外にも複雑な規定がいくつもあるのですが、これ以上の具体的な例を挙げることはやめにして、そろそろ「医療費を安くする方法」のまとめをおこないたいと思います。

 これまで述べてきたことを確認すると、検査や投薬は最小限にして、なおかつ安い検査・薬を選ぶ、ということが重要です。次に、診察代は可能なら「初診」ではなく「再診」にしてもらうという方法があるかもしれませんが、これは医療機関が決めるものなのでどうしようもありません。(しかし「再診」と思っていたのに「初診」とされた場合は納得いくまで説明を聞くべきです) また、管理料がかかるものとかからないものがあり、難病指定されるものとされないものがあることについてもどうしようもありません。(患者会をつくってロビイスト活動をおこなうという方法はあるかもしれませんが・・・)

 そこで提案としては、一番いいのは「何でも相談できるかかりつけ医をもつ」ということです。薬局なら、相談するだけなら無料ですが、医療機関の場合は診察代がその都度かかります。医療機関を変更すればそれだけで新たに「初診代」がかかります。ときどき、「今日は薬も検査もないからタダですよね」と言う患者さんがいますが、医療機関とはそういうところではありません。そもそも医療機関の使命というのは、いかに検査や薬を減らすか、ということでもあるのです。

 我々が最も「この患者さん、医療費がもったいないなぁ・・・」と感じるのが、ドクターショッピングをしている人たちです。つまり、受診した医療機関での診察に満足できずに次々と医療機関を替える人たちです。医療機関を何度も替えることほどムダな医療費の使い方もありません。たしかに、満足いく診察が受けられなかったので医療機関を替えたいということがあるのは分かります。しかし、ならば「ここで診てもらえないなら適切な医療機関を紹介してください」と言えばいいわけです。

 そんなことを言うと失礼じゃないの・・・。そのように感じる人もいるかもしれません。しかしそんなことはありません。我々医師は病気で苦しんでいる患者さんを放っておくことはできません。自分で診ることができないなら、その症状や疾患に適した医療機関を紹介するのは医師のミッションのひとつです。ですから、遠慮なく「では適切な医療機関を紹介してください」と言えばいいのです。

 ちなみに私が医学部の学生時代に(研究者でなく)医師になろうと考えたきっかけのひとつが、こういった患者さんの力になりたいと思ったということです。どこの医療機関を受診していいか分からず何軒も受診して(症状は取れないのに)診察カードばかりが増えました・・・。医学部の学生の頃にこのような訴えを何度か聞く機会があったのです。研修医を終えてから、私はタイのエイズ施設にボランティアに行きましたが、そのとき欧米から来ていた医師たちはエイズ専門医ではなくプライマリ・ケア医(総合診療医・家庭医)でした。彼(女)らは、患者さんのあらゆる症状を聞いて治療にあたっていたのです。プライマリ・ケアが重要であることを改めて実感した私は、帰国後母校の大阪市立大学医学部の総合診療科の門を叩き、本格的なプライマリ・ケアの修行にのぞむことになりました。

 話を戻しましょう。医療費を安くする最善の方法は、自分のかかりつけ医を持つことです。そして健康に関することならどんなことでも相談すればいいのです。より高度な医療が必要であれば、かかりつけ医は適切な医療機関に紹介状を書いてくれます。こんなこと相談していいのかな・・・、と感じる必要はありません。実際、谷口医院に長年通院している患者さんは実に何でも尋ねてきます。飼おうと思っているペットの相談、友達にすすめられたけど躊躇している健康食品について、筋トレやマラソン時の栄養補給について、といったこともよく質問されます。自分自身のことでなく家族やパートナー、知人のことでも相談を受けます。さすがに、最近飼い猫の元気がないんですが・・・、という相談には力になれませんが・・・。

 私からみれば、多くの人たちはかかりつけ医をもっと頼るべきだと思います。そうすれば、より早く病気が発見され早期治療ができますし、正しい予防の方法が学べます。また、高価なサプリメントや美容関連の出費で後悔することが防げるかもしれません。

 患者さんはかかりつけ医をもっと頼るべきと私は考えていますが、一方で、行政のかかりつけ医に対する期待は我々の想定以上のものです。厚労省保険局医療課長の宇都宮啓氏が、最近医療関連のウェブサイト「m3.com」のインタビューに答えています(注3)。宇都宮氏によれば、「患者さんに24時間対応する役割を果たすのが本来のかかりつけ医」だそうです。

 この言葉は行政の忠告として受け止めはしますが、現実的には24時間の対応は(私には)無理です。私は現在のクリニックを開業したとき最初の1年間はクリニックに寝泊まりしていたのですが、朝までぐっすり眠れることはほとんどありませんでした。ひっきりなしに患者さんから電話がかかってくるからです。それも直ちに医療を要するような例はほとんどなく「深夜の悩み相談室」になっていました。現在私が通常の診療以外にしていることはメールでの相談と午前7時から9時の電話応対です。これが現時点での限界であり、厚労省の役人が期待する「24時間対応」が理想であることは認めますが、実際にはできません。

 お役人からすると、こんな私は「かかりつけ医失格」となるのでしょうが、すべての人が24時間対応するかかりつけ医を持てるとは到底思えません。24時間対応のかかりつけ医を持っていない人は、とりあえず24時間"非対応"の(私のような)かかりつけ医を持つことから始めればどうでしょう。それが結局は医療費を最も安くする方法に他ならないのです。


注1:これら56の疾患については難病情報センターの下記のサイトを参照ください。
http://www.nanbyou.or.jp/entry/513

注2:強直性脊椎炎は国が指定する「特定疾患治療研究事業対象疾患」には含まれていませんが、東京都には助成制度があります。(しかし東京都だけです) 関節リウマチは「悪性関節リウマチ」であれば56疾患のひとつですが、動けないほどの重症であったとしても「悪性関節リウマチ」の条件を満たさなければ難病の認定はされません。

注3:このインタビューは「m3.com」のサイトで読めますが、会員登録が必要で、しかも会員には医師しかなれないかもしれません。一応URLを付記しておきます。
http://www.m3.com/iryoIshin/article/197571/?portalId=mailmag&mmp=RA140404&mc.l=37066120