メディカルエッセイ

第138回(2014年7月) 認知症の鉄道事故、なぜ議論が盛り上がらない? (追記:2016年3月)

  2014年4月24日、名古屋高裁は、愛知県大府市の認知症の男性が徘徊してJR東海の電車にはねられて死亡した事故について、「見守りを怠った」という理由で91歳の妻に359万円の支払いを命じました。

 自分の夫が電車にはねられ死亡して、さらにその鉄道会社から359万円も請求されるという判決に違和感を覚えるのは私だけではないでしょう。この判決は(おそらく)すべての全国紙で報じられましたから、大変な物議を醸すことになるだろう・・・、私はそのように予測していました。JR東海に非難が集中し、場合によっては不買運動ならぬ「JR東海不乗運動」まで起こるのではないかと私はみていたのですが、そのようなことはまったく起こっていないようです。

 この事件は、認知症の患者さん、その家族、医療や介護関係者には他人事ではないはずで、同じような事故が日本全国で起こることが充分予想されます。はねられた認知症の患者さんの家族に責任を追及するのはおかしいですし(私はそう思います)、しかし、かといって鉄道会社が寛容になれば解決するものでもありません。問題の根は深いわけですが、まずはこの事件(事故)を振り返っておきたいと思います。

 2007年12月7日、当時91歳の認知症の男性が徘徊し線路内に進入しJR東海の電車にはねられ死亡しました。この男性は「要介護4」の認定を受けており、当時85歳の妻と同居していました。その妻が目を離したすきに男性は外出し電車にはねられたというわけです。

 JR東海は電車が遅れたことにより損害が発生したと主張し、損害賠償を求め訴訟を起こしました。2013年8月、地方裁判所はJR東海の請求通り720万円の支払いを命じました。さらに地裁はこの死亡した男性の長男にも注意義務違反を認定しました。しかし、長男は経済的に父親を支援していたとはいえ、20年以上別居しているそうです。電車事故で夫に先立たれた高齢の女性に高額の支払いを命じ、さらに20年以上別居している長男にも責任を追及するというのはあまりにも気の毒です。

 当然弁護側は控訴をおこないました。そして2014年4月、名古屋高裁で先に述べた判決が出たという次第です。報道によりますと、弁護側は上告も検討しているそうですが、それは当然でしょう。

 ここで私が問題として取り上げたいのは、ひどすぎる判決よりもむしろ、なぜマスコミがこのようなJR東海や司法判決に黙っているのかということ、そして一般の人たちはなぜJR東海の対応に怒りを示さないのか、ということです。

 最近は些細なこと(当事者にしてみればそうではないのかもしれませんが)で企業やショップ、レストランなどに苦情(クレーム)を言う人が増えてきていると聞きます。店員に土下座をさせてそれを写真に撮りネット上で流した人もいるとか・・・。私個人の印象を言えば、最近は消費者が過剰に権利を主張しすぎるように感じますし、また店員の対応も丁寧すぎるというか、言葉遣いからお礼の仕方まで行き過ぎでは?と感じることがしばしばあります。例えば、タクシーに乗るときはわざわざドライバーが外からドアを開けるサービスは行き過ぎています。自動でドアが開くだけでも親切すぎるくらいで、私自身の希望を言えば、乗せる側が開けるのではなく乗る側が自分で開ける方がいいと思います。実際海外にいけばタクシーのドアは自分で開けるのが普通です。

 話を戻しましょう。企業に完璧さを求める消費者たちはなぜJR東海の対応に怒りをぶつけないのでしょうか。他人のことには興味がないということなのでしょうか。しかし、徘徊の症状が出ている認知症を家族に持つ人なら他人事ではないはずです。また、今は親が認知症でなくても、80歳を超えると程度の差はあるものの半数が認知症を発症すると言われています。ですからほとんどの日本人にとって人ごとではないのです。

 医療機関や介護施設からももっと大きな声が出てきていいはずです。もしも入院中や介護施設に滞在中に抜け出して線路に進入し電車にひかれたとすれば、誰が責任を追及されるでしょうか。おそらくこの場合は、鉄道会社からも家族からも医療(介護)施設に矛先が向けられることになるでしょう。ちなみに私は、研修医時代に担当の患者さんが病院を抜け出して(脱走して)問題になったことがあります。その患者さんは認知症を患っていたわけではありませんが、反社会的な側面を有していたために何か問題を起こさないかとヒヤヒヤしました。結局夕食の時間には戻ってきていましたが。

 では、認知症の患者さんが電車にはねられた場合、鉄道会社は黙っているのがいいのか、というとそういうわけでもありません。鉄道会社は大企業ですから、それでもやっていけるでしょうが(昔は飛び込み自殺があったときは遺族感情に配慮して訴訟などは起こさないことが多かったはずです)、これが個人ならどうでしょう。例えば、徘徊したときに他人の家に火をつけた場合はどう考えるべきでしょう。あるいは、徘徊しているときに若い女性がひとりで歩いていれば、強姦される可能性もないわけではありません。実際、医療・介護の現場では女性職員が認知症の患者さんからセクハラを受けることは日常茶飯事ですし、なかにはレイプまがいの事件もあります。

 つまり、徘徊した患者さんが何か事件を起こしたときに、家族や入居施設に損害賠償を請求すれば解決するものではもちろんないわけですが、その一方で(JR東海のような)"被害者"が黙っていればそれで解決するという問題でもないというわけです。ちなみに、2013年1年間で、認知症で行方不明になったと警察に届出をされたのが約10,300人で、そのうち390人が死体で発見されたそうです。(警察庁が2014年5月14日衆議院の厚生労働委員会で発表しています)

 ではどうすればいいのでしょうか。もしも最高裁でも今回の事件の判決が覆らなければ、家族や医療・介護施設は認知症の患者さんを徘徊させないようにあらゆる手段を講じるでしょう。つまり、最終的にはベッドに縛り付けて身動きがとれないように拘束することが予想されます。

 ところで、医療や介護の現場で「抑制」という言葉を聞いたことがありますでしょうか。私は医師になりたての頃、随分とこの言葉に戸惑いました。医療者や介護者がいう「抑制」というのは、要するに認知症などでベッドから落ちる(あるいはベッドから抜け出して困った行動をとる)可能性のある患者さんの手足をベッドの柵にくくりつけて身動きがとれないようにする"医療行為"のことを言います。「抑制」などという表現であればなんとなくソフトなイメージが沸きますが、やっていることは「拘束」です。

 私はここで、「抑制」などというマイルドな言葉を使って非人道的な処置をとる医療者・介護者を糾弾すべき、と言っているわけではありません。患者さんの手足を拘束しなければ転倒や他人に危害を加える事故を防ぐためにそのような処置はやむをえないと思います。

 認知症で徘徊する患者さんが人や会社に迷惑をかければすべて介護者の責任にされるのなら、患者さんの自由を奪う行為、つまり事実上の身体拘束が激増するだろう、ということをここで指摘しておきたいと思います。

 認知症の問題は社会全体で考えていかなければなりません。今回のJR東海の事故のようなことが起こったときにお金が保証される損害保険のようなものがあればいいという案も出ているようですが、保険に入るお金がないという人も必ずでてきます。町中に監視カメラをつけるとかGPS機能のついた腕時計を装着させるとか(あるいはGPSのカプセルを皮膚に埋め込むとか)いう案も出てくるかもしれません。しかし、このような案が出てくれば、人権侵害ではないか、という意見もでてくるでしょう。

 ひとついえるのは、家族だけで認知症のケアはできない、ということです。また、医療機関や介護施設、介護サービスなどにも限界はあります。つまり社会全体でこれからの認知症対策を考えていく必要があるのです。北欧では高齢者の認知症対策が上手くいっており徘徊する者はいない、と言われることがあり、見習えるところはあるかもしれませんが、日本の方が高齢化は進んでいますし、社会保障のあり方も異なりますし、国民性も異なるでしょうから、そのまま北欧のケアの方法をまねるだけでは上手くいかないでしょう。

 日本独自の認知症対策について国民全員が真剣に考えなければならない時代にすでに入っているのは間違いありません。

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追記(2016年3月7日)

 2016年3月1日、最高裁判所は「妻と長男は監督義務者にあたらず賠償責任はない」と結論づけ、JR東海の敗訴が確定しました。

 このコラムのタイトルにもしたように、2014年の名古屋高裁の判決の時点では遺族の責任が追及されているのにもかかわらず世間での議論はそれほど盛り上がりませんでした。しかし、今回の最高裁の判決はマスコミからも注目されたようです。

 特に、長男の妻が世間の注目をあびました。長男夫妻は両親の元を離れて横浜に住んでいたそうです。しかし認知症の義父と高齢の義母の面倒をみるために、長男の妻は夫から離れて単身で愛知県に引っ越し、義父に対して熱心に介護をおこない献身的な日々を過ごされていたそうです。

 2016年3月7日の日経新聞一面のコラム(春秋)では、小津安二郎監督の映画『東京物語』で長男の妻の役を演じていた三宅邦子さんを引き合いに出していました。偶然にも、私が今回の訴訟に関する一連の報道を見聞きして思い出したのも『東京物語』でした。しかし、私が思い浮かべたのは三宅邦子さんではなく、戦死した次男の妻を演じた原節子さんでした。原節子さんは『東京物語』のなかで、義父と義母に対し実の息子や娘以上に献身的な態度で接します。『東京物語』が公開されたのは1953年です。もしも現在高齢の方が初めてこの映画を見れば、「こんなによくできた義理の娘などこの時代にいるわけない」と感じるのではないでしょうか。

 日経新聞のコラムでは、献身されたこの妻に対し「無私の5年余に頭を下げたい」という言葉で結んでいます。私もまったく同じ気持ちです。