医療ニュース

2014年7月4日 ヒラメの刺身の食中毒にご用心

 最近医師の間でしばしば話題になる食中毒に「クドア」があります。

 医療者以外の方でこの「クドア」について知っている人はほとんどいないのではないでしょうか。恥ずかしながら、私自身も2~3年前までは「クドア」という病原体の名前すら知りませんでした。ここ1年くらいの間に医療系のサイトやメーリングリストなどでクドアについての記事を目にする機会が増えてきています。先日参加したある寄生虫関連の講演会でも注目の話題になっていました。

 クドアとは主にヒラメに感染する寄生虫で、刺身を食べたときに食中毒を起こすことがあります。寄生虫ですから熱すれば死滅します。ですから生でヒラメを食べなければ心配する必要はないのですが、ヒラメの刺身が好物という人も少なくないでしょう。

 クドアは正式名を「クドア・セプテンプンクタータ(Kudoa septempunctata)」という舌を噛みそうな名前の寄生虫です。寄生虫というと何やら気持ち悪い生き物を想像する人が多いと思いますが、クドアは気持ち悪いどころか大変美しく花びらのような形をしています。先に紹介した講演会で講演していた医師は、顕微鏡の拡大写真を提示して「女性のワンピースやスカートの柄にすれば売れるだろう」と話していました。これはもちろん冗談ですが、それくらい美しいのです。

 クドアによる食中毒と思わしき症例は2000年以降増加しており、正式にクドアが原因と同定されたのが2010年のようです。その後も増加傾向にあり、2014年1~4月でみると、7件のクドア食中毒が発生し、92人が発症したと報告されています。いずれもヒラメ刺身を食べた後の発症だったようです。2013年は21件、患者数244人の報告ですから単純に考えればほぼ同じペースで推移していることになりますが、ピークが8~10月ですから、今年(2014年)は昨年の記録を上回るかもしれません。

 クドアを含むヒラメを食べるとどうなるかというと、症状は下痢と嘔吐です。しかし重症化することはほとんどなく、自然に治っていくようです。今のところ薬はありません。

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 2013年1年間に保健所に届られた報告が21件、244人と聞くと、たいしたことないな、と感じる人もいるでしょう。しかしこれは実態を反映していません。例えば、スーパーで買ってきた刺身を家で食べて軽い下痢をして保健所に届ける人はいないでしょうし、仮に医療機関を受診したとしても診察した医師はまず保健所には届けないでしょう。症状が重症化しませんから医療機関を受診するケースもそう多くないと思います。また専門医の話によると、状況から疑ったとしても患者の体内からクドアを検出するのは困難なようです。以上から、保健所に届られているクドアの食中毒は氷山の一角といえます。

 予防法としては、ヒラメは生で食べない、ということになりますが、刺身好きの人に対してはそれでは答えになっていないでしょう。寄生虫ですからおそらく冷凍すれば死滅するはずです。しかし、ヒラメの刺身が解凍したものであれば味が落ちることは必至でしょう。下痢や嘔吐のリスクを背負って生で食べる、という人もいるかもしれません。

 ただし、食中毒であることには変わりありませんから、寿司屋などは今後ヒラメの刺身や寿司を出すことを止めるかもしれません。被害にあった人は寿司屋のことを悪く思わないかもしれませんが、例えば集団で発生した場合は診察した医師は保健所に届けざるを得ません。保健所としては食中毒が発生した可能性があれば調査せざるを得ず、クドアが検出されれば一定の期間店を閉めなくてはなりません。そこまでのリスクを背負ってヒラメを供給し続ける店は今後急減するのではないかと私はみています。

(谷口恭)