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2014年10月27日 歩く速度が遅いのは認知症のリスク

  認知症のリスクにはいろんなことが言われていて、生活習慣病や喫煙はその最たるものです。その逆に、認知症のリスクを下げる方法には絶対的なものはありませんが、運動がリスク低下につながるとした報告はいくつかあります。

 では、運動不足はどうかというと、直感的には運動不足は認知症のリスクにつながりそうです。今回は「運動不足」ではなく「歩行時の速度」ですが、認知症のリスクについて興味深い研究が発表されましたので紹介したいと思います。米国Yeshiva University(イェシーバ大学)のJoe Verghese氏らがおこなった研究が医学誌『Neurology』2014年8月19日号(オンライン版)に掲載されました(注1)。

 研究者らは、まず「運動認知リスク症候群」(motoric cognitive risk syndrome, 以下MCR)という概念に注目しています。この概念は、まだ日本の教科書などには登場していませんが、近年少しずつ注目されるようになってきており、定義としては「遅い歩行速度と軽度の認知異常がある状態」となると思います。

 今回の研究の対象者は、認知症になっていない60歳以上の男女26,802人です。過去におこなわれた疫学データを分析し、MCRと認知症の関係が調べられています。

 研究開始時点で全体の9.7%がすでにMCRと呼べる状態になっていたそうです。高齢になる程有病率は高くなったものの男女差はなかったようです。また、興味深いことに高学歴者にMCRは少なかったそうです。

 次いで、最長で12年間にわたる対象者の追跡調査がおこなわれました。その結果、研究開始時点でMCRの診断がついていた人は、そうでなかった人に比べて認知症の発症率が約2倍であることが判ったそうです。

 MCRの診断で歩行速度が「遅い」とされるのは、時速3.5キロメートル以下だそうです。

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 この研究が興味深いのは、認知症の決定的なリスクが分かりにくいなかで「歩く速度」という客観的な観察がしやすい事象に注目していることです。認知症の初期というのは、本人からも家族からもなかなかわかりづらいものであり、自他が気付いたときにはすでに進行していて薬開始のタイミングが遅れた・・・、ということがよくあります。

 ただ、MCRは、認知症が起こり始めているから歩行速度が遅くなるのか、歩行速度が遅くなることで認知症のリスクが上がるのかは現時点の研究では判定できません。前者であれば予防にはつながりませんが、後者であればもしかすると日頃から歩行速度を速くするように意識することで認知症のリスクが低減できるかもしれません。

 歩行速度を速くすれば、生活習慣病の予防にもなりますし、適正体重の維持にもつながります。逆に、交際を開始しだしたばかりのカップルのデートやウィンドウショッピングを除けば、歩行速度を遅くしていいことはあまりなさそうです。

 ならば通勤時の歩行速度を速くして、仲睦まじいカップルは速歩きを心がけたウォーキング・デートを考えてみてはどうでしょうか。

(谷口恭)

参考:
メディカルエッセイ第141回(2014年10月)「速く歩いてゆっくり食べる(前編)」
医療ニュース(2010年4月14日)「歩くのが速い女性は脳卒中を起こしにくい」


注1:この論文のタイトルは「Motoric cognitive risk syndrome Multicountry prevalence and dementia risk」で下記URLで概要を読むことができます。
http://www.neurology.org/content/83/8/718.short?sid=06e461c3-cb03-48d0-b1e0-ee5d0684c385