マンスリーレポート

2015年8月 お金に困らない生き方~4つの秘訣~(中編)

 お金に困らない生き方として、前回は「タイで幸せをつかんだ日本人の高齢者」の話をしました。この男性は、年金の受取ができるようになり、ホームレス同然の生活から一気にお金持ちになったのです。しかし一方で、前回も述べたように、月額12万円の年金を受給していた東京都の男性は新幹線の中で焼身自殺を図っています。タイで幸せになった男性の年金額は分かりませんが、定年前にタイに渡航しているようですから受給額は東京都の男性とそう変わらないと思われます。

 同じような受給額でこれほどの差が出るのは興味深いといえます。新幹線で自殺した男性は12万円を生活できないレベルと考え、タイで幸せになった男性はリッチな生活をしているのです。(ただし、前回述べたように若い女性と結婚して家を建てたというのは未確認情報で私の「推測」にすぎませんが・・)

 ここで疑問が出てくると思います。「月収12万円でタイに渡ったとして誰もが幸せになれるわけじゃないのでは?」というものです。もちろん、持病を抱えていたり介護しなければならない家族がいたり、といった理由で海外に出ることができない人も大勢いるでしょう。しかし、報道によればこの男性は身寄りもなく一人で生きていたようですし、海外渡航が制限されるような持病を持っていたわけでもないようです。

 では、健康で日本に居続けなければならない理由が特にない場合、誰もがタイで生きていくことができるのでしょうか。私はこの問いに対して条件付きで「イエス」と答えたいと思います。

 条件付きというのは、ぜいたくしなければ、つまり「倹約」すれば、というものです。タイだけではありませんが日本よりも物価が安い国にせっかく旅行しているのに、外国人が泊まるホテルを利用し、外国人用のレストランばかりに行く人が少なくなく、これは短期旅行であればいいでしょうが、長期で過ごすにはもったいないと言わざるを得ません。つまり、現地の人たちと同じような生活をすれば滞在費は半分どころではなく、5分の1から10分の1くらいに減らすことができます。

 この私の考えには反対意見が多いでしょう。ロングステイを考えている人が読む雑誌やウェブサイトには、長期滞在するにはある程度のお金が必要(つまり貧乏人はロングステイできない)といったことが書かれています。海外移住に詳しいある作家によれば、「日本人が現地の料理で生活することは絶対にできない」そうです。

 太融寺町谷口医院では、海外渡航する人、あるいは海外から帰国した人の健康の悩みをしばしば聞きます。ときどき驚かされるのが、例えばジャカルタやバンコクに数年間駐在していたという人が一度も屋台でご飯を食べたことがない、ということです。なかには会社から「現地滞在中は現地人が行くような食堂には行かないこと」と言われているという人もいます。

 たしかに現地の人が利用する食堂や屋台では食中毒のリスクがありますから、会社としては大切な社員をそのようなリスクに晒すわけにはいかないのでしょう(注1)。これは各企業の考え方ですから私がどうのこうの文句を言う立場にはありません。

 しかし、生活費を低く抑えたいという観点からみれば、現地の人たちと同じご飯を食べればいいのです。タイでは最近少し物価が上がり、また円安の影響で以前ほど安くなくなりましたが、それでも一食あたり100円程度で外食(といっても屋台ですが)ができます。しかも、そういうところの料理の方が美味しいこともよくあるのです。ちなみに私がタイに渡航するときは、だいたい現地の人と行動を共にしているという理由もありますが、外国人が利用するようなレストランにはめったに行きません。
 
 食事だけではありません。我々日本人が当たり前と思っているホットシャワーもアジアの田舎に行けば贅沢品です。というより、シャワー自体が高級品です。おけに貯めた雨水を洗面器を使って頭と身体を洗うのがタイの田舎では一般的です。トイレで用を足すときはもちろん紙など使わずお尻は手で拭きます。石鹸は贅沢品で日常的には使いません。衣服など局所を隠せればそれでいいと考えればほとんどお金がかかりません。ただし、誤解のないように言っておくと、アジアでは貧しい地域に行ってもそれなりの美学があり、特に女性はお金はさほどかけていないもののファッショナブルな衣服に身をまとっています。

 ここで私が以前北タイで知り合った日本人男性を紹介したいと思います。その男性は30代前半に日本での仕事をやめいくらかの貯金を持ってタイに渡航、貯金が尽きかけた頃に現地の女性と恋に落ち結婚することになりました。奥さんの紹介で小さな旅行会社に仕事を見つけることができたそうです。しかし月給は1万バーツ、日本円で3万円ほどです。ただし、タイでは大卒の初任給がそれくらいですらタイ人の感覚からいえば悪い給料ではありません(注2)。

 この男性は、生活はもちろんラクではないし、日本人の観光客が行くようなレストランには到底行けないと言いますが、さほど苦痛ではないと言います。その男性と一緒に食べた屋台のパッカパオ・ムー(豚挽肉の野菜炒めをご飯にかけて食べるタイ料理)がすごく美味しくて私はそれ以来この料理の虜になっています。ちなみに値段は50円程度でした。

 タイでは屋台で料理を注文してもこのような値段ですし、市場で野菜や果物を買うとあまりにも安い値段に驚かされます。市場の値段はバンコクでもさほど変わりません。日本でマンゴーは高級品ですが、タイでは子供が気軽に食べているおやつです。

 スイーツはどうでしょう。私はバンコクを訪問したとき、時間があれば立ち寄るケーキ屋があり、そこでバタークリームのケーキを買います。これは理解されない人の方が多いと思いますが、現在の私は生クリームよりもバタークリームの方が好きなのです。私が小学生の頃はケーキといえばバタークリームが普通でした。私が生まれて初めて生クリームのケーキを食べたのは小学校6年生のとき、お金持ちの友達の誕生日パーティに行ったときです。生クリームを初めて口にしたあの衝撃・・・。あまりの美味しさに言葉をなくした程です。それ以来私の舌はバタークリームを拒絶するようになりました。

 しかし不思議なものでそれから20年以上たってから妙にバタークリームが恋しくなりだしたのです。けれども、現代の日本にバタークリームのケーキなどすでに存在しません。諦めかけていたそんなときにふと立ち寄ったのがバンコク郊外のケーキ屋だったのです。けばけばしい色をしたバタークリームのケーキが1つなんと7バーツ(20~30円程度)です。およそ四半世紀ぶりに口にしたバタークリームは、美味い!というよりは懐かしい!でした。今も私は生クリームも好きですが、好んで食べたいのはバタークリームです。

 話を戻します。北タイで私が知り合った日本人男性は月給3万円(1万バーツ)で幸せな生活をしていました。年金で幸せになった高齢男性と比べて収入は4分の1程度でしょう。タイ人と比較するとこの年金男性は大卒の初任給の4倍もの月収があるのです。

 貧乏人は海外にロングステイできないという人たちに私は堂々と反論したいと思います。海外滞在に向いているのは、高い円を持って行って贅沢をしたいと考えている金持ちだけではないのです。倹約の精神をもってすれば衣・食・住に必要なお金は随分と少なくて済むのです。

 ただし、私は日本でも倹約の精神を遵守すれば月12万円もあれば生活できると思うのですが、これは甘い考えでしょうか。タイのように新鮮な野菜や果物を安く入手することはできないでしょうが、12万円もあれば風呂なしの安いアパートを利用すれば食べていけると思うのですがどうなのでしょう。少なくとも私が大学生の頃は、これよりも少ない収入でやりくりしていましたが(というかやりくりするしかなかったのですが)、自殺した男性はどのように考えていたのでしょうか。

 お金に困らない秘訣の1つめは前回述べたように「年金」で、引退後働かなくても生涯にわたり受け取ることのできる年金というものは大変貴重です。ちなみに私は医学生時代に貧困からどうしても年金を払えなかった期間があり、そのため将来の受給額が少なくなってしまいました。今思えば借金をしてでも払っておけばよかったと後悔しています。

 そして秘訣の2つめが今回述べた「倹約」です。倹約はお金持ちの家庭に育った人にはむつかしいかもしれません。おそらく、先に紹介した私が小学6年生のときの金持ちの友達は今もケーキは生クリームしか食べられないでしょう。そういう意味では、私のように貧しい家庭で育った者の方が倹約するには有利であり、これは"自慢話"になるのかもしれません。

 次回はお金に困らない生き方の秘訣の3つめと4つめについて述べたいと思います。



注1:たとえばA型肝炎はアジアでは多くの人が幼少児に感染しすでに抗体を持っているために屋台のものを食べても平気です。一方、日本人はワクチンを接種していなければ抗体を持っている人はほとんどいません。ただし、日本でもまだ衛生的でなかった時代に子供時代を過ごした世代、具体的には現在60代以上の人であれば抗体を持っている人も大勢います。

注2:タイでは物価上昇の影響で現在の大卒の初任給は12,000バーツといわれています。円安もあるために日本円でいえば42,000円程度になり、本文で述べた時代と比べると少し生活しにくいといえるかもしれません。しかし、初任給が42,000円の社会で年金受給額が12万円あればやっていけないはずがありません。