はやりの病気

第145回(2015年9月) 髄膜炎菌による髄膜炎

 あまり大きく報道されなかったようですが、2015年8月に山口市で開かれた第23回世界スカウトジャンボリー(WSJ2015)に参加したイギリス人(スコットランド人)3人とスウェーデン人1人が帰国後に髄膜炎菌による感染症を発症していたことが分かりました。

 この大会はいわばボーイスカウトの世界大会で、世界162の国と地域から約3万人(日本人は約6千人)が参加しており、参加者の大半は14歳~17歳の少年(スカウト)です。感染者は4人とも日本で感染したと見なされています。国立感染症研究所によりますと(注1)、幸いなことに4名とも速やかに治療がおこなわれ軽症で済んだようです。

 今回は「髄膜炎菌」の話をしていきたいと思いますが、その前に「髄膜炎」と「髄膜炎菌」の言葉を整理しておきたいと思います。ここを曖昧にしておくと必ず混乱します。

 まず「髄膜炎」というのは髄膜に生じる炎症のことですが、これではわかりにくいので「髄膜」のおさらいから始めましょう。脳と脊髄には外側に「膜」があります。膜は三重構造になっていて、外側から「硬膜」「クモ膜」「軟膜」と呼びます。「髄膜」は「クモ膜」と「軟膜」の総称です。その「髄膜」に炎症がおこった状態が「髄膜炎」というわけです。

 髄膜の炎症は一気に広がることが多く、なんらかの原因で脊髄の髄膜の一部に炎症が生じるとその炎症は脳の髄膜に及びます。そうなると高熱、嘔吐、頭痛などに苦しめられることになります。髄膜炎の原因としては感染性が最も多く、細菌性、ウイルス性、真菌性、寄生虫性、結核性(結核菌は細菌ですが臨床上は他の細菌性と分けて考えます)に分類できます。非感染性の髄膜炎としては腫瘍性(脊髄腫瘍など)、膠原病など自己免疫疾患によるものなどがあります。

 今回とりあげるのは、感染性髄膜炎のなかの細菌性髄膜炎の原因のひとつである「髄膜炎菌」の話です。「髄膜炎を来す原因は多数あり、感染症はそのひとつ。感染症をきたす病原体のなかに細菌があり、その細菌性髄膜炎の原因のひとつに髄膜炎菌がある」ということです。決して「髄膜炎=髄膜炎菌」ではありません。

 一方、髄膜炎菌は髄膜炎以外の感染症を起こさないのか、というとそうではなく、当院の例でいえば長引く咽頭痛の原因に髄膜炎菌性のものがあります。髄膜炎菌は特徴的なかたちをしているので(注2)、のどの赤いところを綿棒でぬぐって顕微鏡で観察すると見つかることがあります。顕微鏡だけでは100%断定できるわけではないため培養検査という精密検査をおこない確定します。

 つまり、細菌性髄膜炎の原因には多数あり髄膜炎菌はそのひとつに過ぎない、一方で髄膜炎菌が起こす感染症は髄膜炎のみならず、咽頭炎なども起こしうる、ということです。

 髄膜炎菌が重要なのは「重症化」があるからです。特に10~20代では注意が必要で死亡することもあります。日本ではかつて終戦前後には年間4千例以上の感染の報告がありましたが、2000年代は10人程度です。しかし2000年代になってからも集団感染の報告、そして死亡例もあります。

 2011年5月、宮崎県の高校で寮生活をしていた4人の生徒が髄膜炎菌に感染し、うち1人が死亡しています。冒頭で紹介したイギリス人とスウェーデン人は多くの10代の生徒が集まる場で感染し、宮崎県の症例は寮で感染しています。これらが示しているように、髄膜炎菌による感染症の最も典型的なパターンがこのケース、つまり10代の生徒が集まる場所での発生です。したがって、国によっては寮に入るのに髄膜炎菌のワクチン接種が必須の条件とされています。特にアメリカではこのルールが厳格です。日本人がアメリカのハイスクールに留学するときには(州にもよりますが)通常は髄膜炎菌のワクチン接種をしていることが入寮の条件となるのです。

 しかし、このアメリカの制度、少し前まで日本人には多いに問題でした。というのは日本には正式に認可された髄膜炎菌のワクチンがなかったからです。このため、どうしても米国のハイスクールに行きたいという人は、危険を抱えて輸入モノの未承認ワクチンを接種するしか方法がなかったのです。

 2015年5月、ついに日本国内で髄膜炎菌のワクチンが発売となりました。誰がこのワクチンを接種すべきかということを考えていきたいのですが、その前に髄膜炎菌がどのようなものなのかもう少し詳しくみておきたいと思います。

 髄膜炎菌の感染はおそらくほとんどは飛沫感染だと思われます。最初に咽頭に感染し、成人の場合は、先に例を述べたように「長引く咽頭痛」などの症状から見つかることがあります。咽頭炎でとどまらない場合、菌は血中に浸入します。そして大量に増殖すれば菌血症または敗血症といって血液中に大量の髄膜炎菌が生息する状態となります。そして一部の菌が髄液に入り込み髄膜に炎症をきたすと髄膜炎となります。こうなると生命に関わる可能性もあります。

 なぜか髄膜炎菌性の髄膜炎は10代から20代に多く発症します。このため髄膜炎菌のワクチンを定期接種としている米国では、1回目を11~12歳時に接種し、追加接種を16歳時におこないます。しかし10歳未満なら髄膜炎菌が怖くないというわけでは決してありません。それ以下の小児で致死的な感染症を起こすこともあります。

 髄膜炎菌の重症化の例で医学の教科書によくでてくるのが「ウォーターハウス・フリーデリクセン症候群」と呼ばれるもので、数日の間に一気に重症化し症状が全身に及び四肢を切断しなければならないような場合もあります。私自身はこういった症例を直接診察したことはなく、論文や学会の症例報告で見聞きしたことがあるだけですが、これほど急激に進行し死に至る病、たとえ死を免れたとしても四肢を切断しなければならない感染症というのもめったにありません。しかも10歳未満の小児にもおこるのです(注3)。

 さて、どのような人がワクチンを接種すべきか、ですが、その前にワクチンの種類について簡単に説明しておきます。従来海外でよく使われていた髄膜炎菌のワクチンは「ポリサッカライドワクチン」(多糖類ワクチン)と呼ばれるもので、このタイプのワクチンは、結論をいえば強い免疫ができずに有効期間が短いという欠点があります。

 この欠点を克服したものが「結合型ワクチン」と呼ばれるもので、従来のポリサッカライドワクチンに特殊な蛋白を結合させたものです。日本で発売になった髄膜炎菌ワクチンはこのタイプです。結合型ワクチンは(B型肝炎ウイルスなどのように)一度抗体ができると長期間免疫が成立するという長所があります(注4)。しかし短所として価格が高いという問題があります。

 髄膜炎菌のワクチン接種が望ましいのは、国内外を問わず寮などの集団生活をおこなう10代から20代前半の生徒・学生ということになります。クラブの合宿などでも検討すべきでしょう。

 あと2つあります。

 ひとつはアフリカ大陸に渡航するときです。特に「髄膜炎ベルト」と呼ばれるアフリカの中央部(西はセネガルから東はエチオピアやスーダン)では髄膜炎が猛威を振るっていて、毎年数万人が罹患し、数百人から多い年は数千人もの死亡者が報告されています。

 もうひとつは、イスラム教のメッカ巡礼(「ハッジ」と呼ばれます)の時期にサウジアラビアへ入国するときです。これは自らの感染予防というよりは、サウジアラビアから求められるからです(注5)。つまり髄膜炎菌のワクチン接種をしたことの「証明書」がなければ入国を拒否されることがあるのです。

 これだけ世界中で人の流れが活発になると、もはや「日本にはない(少ない)感染症だから・・」というのがワクチンをうたない理由にならないと考えるべきでしょう。有効なワクチンのある感染症に罹患した人は「あのとき接種しておけばよかった・・・」と必ず後悔します。

 感染症対策の基本は「自分の身は自分で守る」です。今回紹介した髄膜炎菌を含めて接種すべきワクチンがないかどうか、各自がよく考えるべきです。


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注1:詳細は国立感染症研究所のサイトに記載されています。興味のある方は下記URLを参照ください。

http://www.nih.go.jp/niid/ja/bac-megingitis-m/bac-megingitis-iasrs/5878-pr4272.html

注2:髄膜炎菌は細菌学上の分類では「グラム陰性双球菌」となります。これはグラム染色という特殊な染色をおこなうとピンク色に染まる菌で、まん丸の菌がペアで観察されます。ただし、グラム陰性双球菌が見つかると直ちに髄膜炎菌確定というわけではありません。性的接触で感染する「淋菌」もこのグループに入り、実際、髄膜炎菌と淋菌は顕微鏡の検査だけでは鑑別がつきません。

注3:ではこの疾患の可能性を回避するために幼少時にワクチンをうつべきでないのかという意見がでてくるかもしれませんが、いまのところ推奨されてはいません。

注4:少し詳しく述べると、ポリサッカライドワクチンは、接種してもT細胞という免疫を司る細胞が刺激されず、そのためメモリー細胞という細胞がつくられず免疫の記憶が成立しません。一般的な不活化ワクチン(たとえばB型肝炎ウイルスのワクチン)ならば、メモリー細胞が残っていますから血中の抗体が消えていても免疫応答が可能なのです。

注5:このように「接種していないと入国できないワクチン」をrequired vaccine(要求されるワクチン)と呼びます。他には一部の国の黄熱ワクチンが相当します。また、本文に述べたようにアメリカのハイスクールで求められる髄膜炎菌ワクチンやその他ワクチン(麻疹やB型肝炎ワクチンも入学の条件になっていることが多い)も広義ではrequired vaccineということになるでしょう。

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2018/05/16

2018年4月17日より本ページで予告していましたように、2018年5月16日より麻疹風疹混合ワクチンの接種は、当院をかかりつけ医にしている方(及び当院に一度でも受診したことのある方)に限定させていただきます。