マンスリーレポート

2015年10月 英語の使用に反対する人たち

 楽天が英語を社内の公用語にしたのは2010年頃だったでしょうか。当初は「現実的でない」「大事なことが伝わらない」など批判的な声の方が大きかったようですが、最近は英語公用化を評価する意見も増えてきていると聞きます。

 その後、ユニクロのファーストリテイリングも英語を社内公用化したと報道されました。そして、2015年6月にはホンダが2020年を目標に社内公用語を英語にすることを発表し話題を呼びました。

 私はホンダが英語の社内公用化に踏み切ったことが、日本のビジネス英語普及のターニングポイントになるかもしれないと考えています。楽天やファーストリテイリングというのは若い社員が多く、特に楽天はもともとITレベルの高い社員が集まっているでしょうから英語へのハードルはそれほど高くないでしょう。

 しかしホンダはこれら新興企業とは異なります。日本を代表する自動車老舗メーカーのホンダはグループ会社も加えると従業員は20万人を超えます。20万人以上の従業員全員が、TOEICでハイスコアを取るようになり、会議はもちろん、もしも社内食堂での雑談まで英語を使うとなると、これは革命的なことになると思います。

 日本で働きたいという外国人は少なくありませんが、ホンダはそのような外国人にとって超人気企業となるはずです。そして優秀な人材が集まるでしょう。海外での営業は英語力に秀でた日本人または外国人がおこないますから、他の日本の自動車メーカーよりもアドバンテージがでてきます。従業員全員が英語をスムーズに使えるとなれば社内伝達も早くなりますから、極めて効率よく世界をターゲットにした戦略がおこなえます。

 しかしながら、楽天のときもホンダのときも社内公用語計画が発表されたときには、反対意見が目立ちました。不思議なことに、英語のできない人だけではなく、英語が堪能な知識人のなかにも「欧米の戦略にやられてしまう」とか「日本人が愚民化する」などということを言う人がいます。

 はたして英語公用化が日本の経済界に普及したとき、反対派の人たちが言うような日本人にとって不利益なことが起こるのでしょうか。

 ここで医療界の話にうつりたいと思います。

 2015年8月、医師のコミュニティサイト「m3.com」で「英語で教授回診、カンファレンスを開始した理由」というタイトルで、大阪市立大学附属病院の一部の科では英語で会議がおこなわれていることが報告されました。

 大阪市立大学医学部は私の母校であり、実は私が学生の頃からすでに一部の科では会議時に英語が使われており、医学生が会議で発表をおこなうときも英語が義務づけられていました。医学部の学生は、使用している一部の教科書や講師が配布するプリントには英語のものも少なくありませんから、少なくとも英語を読むということについては(苦手意識があるとしても)できないことはありません。というより英語がある程度できなければ医学部の勉強は続けられません。

 けれども、会議時に英語で発表となると「自信があります」といえる学生はほとんどおらず最初は抵抗を示します。しかしこれは必ずやらなければならないことで「拒否する」という選択肢はありません・・・。この話の続きは後でおこなうこととして、英語公用化の反対意見についてみていきましょう。

 大阪市立大学の報告をした「m3.com」は医師のコミュニティサイトであり、この記事を読んだ医師が自由に意見を書き込んでいます。それらを読んでみると、意外なことに英語での会議に反対する意見が少なくありません。反対するその理由をみてみると「英語ばかりに注意がいくようになり肝心の医学的内容がおろそかになる」「医学の質が英語よりも大事」などと述べられています。

 大変興味深いことに、こういった反対意見は楽天やホンダの英語公用化が発表されたときにでてきた意見とそっくりです。楽天やホンダを含めて一般の企業に就職した人のなかには、それまでの人生で英語に接する機会がほとんどなかったという人もいるでしょう。しかし、医師の場合は、医師国家試験は日本語で出題されますが、6年間の勉強を英語の知識が低いまま続けることなど絶対にできません。その医師たちが一般企業の英語反対派の人たちと同じような理由で反対することが私には意外でした。

 一般企業の英語公用化に私自身は賛成ですが、反対派の人たちの考えが分からないわけではありません。というのは、英語はまったくできないけれども、仕事がよくできて人望も厚い、人間的に大変尊敬できる人がどこの企業にもいるからです。その逆に、ネイティブスピーカー並みの流暢な英語を話すものの、中身が無くて、仕事ができない、人間的にも問題のある、いわば「英語はできるが日本語ができない」社員というのもおそらく多くの企業でみられます。

 仕事ができて英語ができない派からすれば、英語社内公用化のせいで英語ができないと低い評価となるシステムになれば、英語ができて仕事ができない人たちを非難したくなる気持ちは充分に理解できます。

 しかし、です。これは私の個人的意見に過ぎないかもしれませんが、英語が現時点でできない人はこれまで英語に接する機会がなかっただけです。もしくは接する機会があったけれどもそれをチャンスと見なすことができなかった、だけです。たとえていえば、生涯を共にすべきパートナーとの出会いのチャンスがあったのに、なぜかそのときは血迷ってしまい別のパートナーを選んでしまって後から後悔するようなものです。

 考えてみてください。仕事ができて厚い人望があり人間的に尊敬できる人は努力を惜しみません。そのような人が英語の勉強を真剣にやってできないはずがないのです。逆に流暢な英語は話すものの中身がない人は、初対面の印象こそ悪くないかもしれませんが、その後は相手にされなくなるはずです。

 というわけで、私はすべての人に英語の勉強をすすめたいと考えています。さて、一部の人が言うように英語を公用化すれば日本人は愚民化するのでしょうか。ここで再び大阪市立大学医学部の学生の英語での発表についての話に戻します。

 私自身は英語は得意ではありませんが、医学部入学前は商社に勤めていて外国人を交えた会議などでは英語を使用しなければなりませんでした。ですから英語での発表と言われてもそれほど抵抗はなく、そのため何人かの同級生は私に助言を求めてきました。そこで私は、彼(女)らにまず発表する内容をすべて英語でつくるように助言し、それを添削しました。そしてできるだけシンプルな英文にして、それを暗唱するように言いました。

 私自身も彼(女)らに言われて「なるほど」と思ったことがあります。それは英語で文章をつくる方が論理的に考えることができて、それまであいまいだったことがクリアになったというのです。日本語だけで言葉をつないでいくと曖昧な表現がいくらか含まれます。その曖昧さが日本語の美しさという考えもあるでしょうが、仕事で使う言葉では曖昧さを取り除かなければなりません。

 医学の会議や学会では、最近はそれほど大きなものでなくても外国人が発表したり、海外からの留学生が参加したりすることもよくあります。一般企業でも、国内外にかかわらず会議に外国人が参加していることがすでに珍しいことではなくなっているでしょうし、今後も増えていくでしょう。

 つまり、すでに世界共通語が英語になってしまっていると認識すべきです。これは医療界のみならず一般企業、一般社会においてもです。日本にやってくる外国人を意味する「インバウンド」という言葉は数年前までまったく聞かれないものでしたが、今や毎日のように新聞紙上で見かけます。そして、今後インバウンドはますます増えていきます。

 携帯電話やインターネットがない時代に戻れないのと同様、英語を使うということからもほとんどの人が逃れられないというのが私の考えです(注1)。


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注1:今回のコラムでは英語の勉強法について述べていません。私が最も言いたいことは、上達度に差はあるものの英語は勉強すれば誰でも必ず上達する、ということです。効果的な勉強法については過去にコラムを書きましたので、興味のある方は下記を参照ください。

マンスリーレポート
2011年10月号「私の英語勉強法 その1」
2011年11月号「私の英語勉強法 その2」