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2015年11月27日 抗生物質の使用が体重増加を引き起こす

 日常の診療で私が最も困っていることのひとつが、「抗生物質をください」と言って引き下がらない患者さんに、どのようにしてそのような治療が不要であるかを説明するか、ということです。なかには「お金を払うのあたしですよ!」などと怒る人もいて、そういう患者さんと話すのは大変疲れます。

 風邪の患者さんが問診票に「コーセーブッシツ(ひらがなのこともあります)をください」と書いてあることもあり、そういった患者さんは抗生物質こそが現在の症状を取り除く「救世主」と思っています。

 抗生物質というのは抗菌薬のことを指し、細菌感染症にしか効果はありません。そもそも「抗生物質」という言い方が誤解を招いています。「抗菌薬」という表現をとるべきだと私は考えています。本コラムもここからは「抗菌薬」とします。

 抗菌薬は決して安易に使用すべきではありません。細菌性の咽頭炎には抗菌薬が必要、と考えている人もいますが、この理解も必ずしも正しくありません。軽症の細菌感染なら自然治癒力で治すべきです。薬には副作用がつきものです。抗菌薬は、薬のなかでも最も副作用が多いもののひとつです。必ずしも必要でなかった抗菌薬を内服し、その結果入院しなければならないような副作用が出現すれば目も当てられません。

 副作用だけではありません。抗菌薬の過剰な使用は「耐性菌」を生み出すことになります。そうすると個人の問題ではすまなくなります。抗菌薬の使用は社会全体で最小限に抑えるべきなのです。

 今回お伝えする情報は、抗菌薬の新たな「副作用」です。

 小児が抗生物質を繰り返し使用すると体重増加につながる・・・。

 医学誌『International Journal of Obesity』2015年10月21日号(オンライン版)にこのような研究が発表されました(注1)。研究の対象となったのは、米国の3~18歳の子供163,820人です。

 分析の結果、小児期に7回以上の抗菌薬の処方がおこなわれていれば、15歳の時点で、抗菌薬を使用していない子供に比べ1.4kgの体重増加が認められたそうです。

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 抗菌薬を処方するのは「医師」であり、この論文を素直に読めば、医師に責任がある、と感じられます。しかし、冒頭で述べたように、患者さんの方から執拗に抗菌薬の処方を求められることもしばしばあります。(そういう人は、ほぼ例外なく「抗菌薬」とは呼ばず「抗生物質」と言います)

 一方、医師側も、特に小児科の領域で軽症例に抗菌薬を処方していることがないわけではありません。そして、このように過剰に抗菌薬を処方するようになるきっかけとなった「事件」があります。

 その「事件」とは、ウォーターハウス・フリーデリクセン症候群という重症例の子供に対し、初回に診察した医師が抗菌薬を用いなかったことでその子供が死亡したという「事件」です。この「事件」は訴訟になり医師側が敗訴しています(注2)。つまり、初期の段階で抗菌薬を使用すべきであったというのが判決です。しかし、ウォーターハウス・フリーデリクセン症候群というのは極めて稀な重症感染症であり、たとえ初期に抗菌薬を処方していても助からなかった可能性が強く、この判決は随分と物議を醸しました。この判決が、その後医師が抗菌薬を軽症例に処方する原因となった可能性がある、という意見があります。


注1:この論文のタイトルは「Antibiotic use and childhood body mass index trajectory.」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.nature.com/ijo/journal/vaop/naam/abs/ijo2015218a.html


注2:この裁判記録は下記URLで読むことができます。

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/660/005660_hanrei.pdf