メディカルエッセイ

第154回(2015年11月) 「かかりつけ薬局」という幻想

 2015年11月2日、医薬品やドラッグストアなど健康関連の企業で構成する「一般財団法人日本ヘルスケア協会」が発足され、代表理事にマツモトキヨシHDの松本会長が就任しました。協会には発足時点で約500社が加盟したそうです。

 この協会設立のきっかけになったのは、2015年10月23日、医療費の抑制に向けて厚生労働省が発表した「患者のための薬局ビジョン」です(注1)。厚労省のこのビジョンでは「かかりつけ薬局」という言葉が用いられています。「かかりつけ薬剤師・薬局の推進を図り、患者・住民から真に評価される医薬分業の速やかな実現を目指して参ります」と記載されています。

 また、10月29日には日本薬剤師会の山本信夫会長が記者会見で、かかりつけ薬局に対し「5年後くらいまでには何らかのメドは示したい」との考えを示したと報じられています。

 かかりつけ薬局という構想は私個人としては大変素晴らしいものだと思っています。もしも、国民全員が健康のことで困ったことがあれば、医療機関ではなく近くの薬局を訪れて薬剤師に相談することができればどれだけ有益でしょう。たとえば、風邪症状で薬局に相談したとき、その症状に応じて適切な風邪薬を選んでくれて、場合によっては医療機関受診をすすめてくれるかもしれません。「かかりつけ医を持っていないなら、この時間なら〇〇クリニックがすいていますよ」などといった情報を教えてくれるかもしれません。また、「この程度なら薬に頼るのではなく暖かくして早く寝なさい」といった助言がもらえるかもしれません。

 ありがたいのは風邪をひいた患者さんだけではありません。医療機関の側からみても、わざわざ医療機関を受診する必要のない風邪を薬局で治療してもらえるなら、その分の時間をより時間をかけて診察する必要のある重症例に使うことができます。薬局が「ゲートキーパー」の機能を担ってくれるなら大変ありがたいことです。

 薬剤師も仕事の満足度が上がるはずです。薬剤師の本来の任務は「いかに薬を飲んでもらうか」ではありません。「いかに薬を最小限にするか」を考え、「正しい薬の使い方を伝える」のが正しいミッションです。そして薬剤師が本来のミッションを遂行することができれば、患者さんからも喜ばれ感謝の言葉を聞くことになります。これが薬剤師のやりがいとなり、ますます勉強を重ね、地域のために貢献しようという気持ちが強くなるでしょう。

 つまり、もしもすべての国民が「かかりつけ薬局」を持つことができれば、患者・薬剤師・医師の三者が幸せになり、さらに無駄な通院が減るでしょうから医療費も抑制されることになり、行政にも喜ばれ、その分のお金(税金)が他の必要な領域に使われることになるでしょうから、病気には縁が無く薬局にも病院にも行かないという人にも利益がもたらされることになります。

 こんな素晴らしい構想はそうありません。では、国民のみなさん、さっそく「かかりつけ薬局」を決めましょう・・・、と言いたいところですが、現実はそう甘いものではありません。

 私は現在の日本の薬局をみていると「かかりつけ薬局」など夢のまた夢で、到底実現不可能だろうと感じています。まず、街を歩いて探してみても「薬局らしい薬局」がありません。商店街や大通りには確かに"薬局"がたくさんあります。日本ヘルスケア協会の代表が経営する「マツモトキヨシ」はそのような薬局の代表といえるでしょう。「マツモトキヨシ」は関西にはそれほど店舗が多くありませんが、同じような薬局がたくさんあります。

 そしてこういった薬局では薬以外のものが多数売られています。お菓子やジュースが店頭に大量に並べられ、一般のスーパーよりも安い値段が表示されています。ワゴンには化粧品が大量に陳列され、大量のサンプルが配られ、ときには販売員が大きな声をだしてパフォーマンスがおこなわれています。「タイムセール」と書かれた看板を手に持って大声を出している店員がいることもあります。

 さて、あなたはこのような薬局に健康の相談をしに行きたいと思うでしょうか。実は私もこういったマツモトキヨシ型薬局はしばしば利用しています。安い商品というのは大変ありがたいですから、お菓子やジュース、またコンタクトレンズの洗浄液や入浴剤を大量に買って帰ります。こういった商品は安いに超したことはないので、私はこれからも利用させてもらうつもりです。

 しかし、です。これは「余計なお世話」だとは思いますが、私はレジを打っている薬剤師の人たちが気の毒になることがあります。両手をへそのあたりで合わせて深々とお辞儀をし、レジを打ちながらも「毎月〇日は全品5%割引キャンペーンをおこなっておりま~す。是非ご利用くださ~い」、といった丸暗記した宣伝文句を声に出し、サンプルを袋に入れ、再び深く頭を下げています。

 職業に貴賎はない、のは事実ですが、これが本来の薬剤師のするべき仕事でしょうか。そして、このような薬局を自分の「かかりつけ薬局」にして、健康のことで困ったことがあれば何でも相談しよう、と思える人がどれだけいるでしょうか。

 ここで私の個人的な体験を話したいと思います。研修医を終えてタイのある施設でボランティアをしていた頃の話です。その施設に向かうためにレンタルバイクを運転していたある日、交差点に猛スピードでつっこんできたトラックにバイクごと倒された私は足にケガを負いました(注2)。病院に行くべきかどうか迷いましたが、骨折はないだろうと判断し、近くにあった薬局に行きました。私が医師であることは伏せて、薬剤師に状況を説明すると、その薬剤師は丁寧に問診をしてくれて、必要な薬とガーゼ、包帯などを用意してくれました。私が「骨折はないと思う」と言うと「私もそう思う。病院は行く必要がない」と答えてくれました。

 それ以来私は、海外で(タイだけでなく他の国々でも)健康上のことで何かあると医療機関ではなく薬局を訪れるようにしています。といっても必要な薬(鎮痛剤や胃薬)は日本から持って行きますから、薬局のお世話になるのはそういった薬を紛失したときくらいですが。ただ、時間があれば薬局を覗くことはしばしばあります。どのような薬が置いているかに興味があるからです。医師であることをカムアウトして世間話をすることもありますが、客のフリをして薬剤師と話すこともあります。どのようなことを尋ねてくるのかが興味深いからです。

 なぜ私の個人的な海外での話をしたかというと、こういった薬局であれば文字通りの「かかりつけ薬局」となるからです。実際私は多くの海外旅行に行く患者さんに、軽症なら医療機関でなく薬局にまず相談するように助言しています。それだけ薬剤師が頼りになるのです。

 海外の薬剤師は頼りになるが日本の薬剤師には頼れない、ということはないはずです。ですから日本も海外と同じように、街にたくさんの小さな薬局をつくり、そこで患者さんの悩みを聞くようにすればいいのです。しかし、この私の考えに同意する薬剤師がいたとしても、薬局をオープンさせることは困難でしょう。

 ではどうすればいいのか。マツモトキヨシ型大型薬局のなかに「健康相談ブース」を設ければどうでしょうか。小さな個室がいくつかあり、プライバシーに配慮した部屋の中には体温計や自動血圧計を準備しておきます。そして薬剤師が健康上の悩みを聞くのです。医師の診察に近いことをすれば医師法違反となるのかもしれませんが、悩みを聞き、生活習慣の助言をおこなうくらいは問題ないでしょう。必要あれば適切な医療機関の受診を促し、受診が必要なければ薬局に置いてある薬を使ってもらうようにすればいいのです。場合によっては、何もせずに自宅で休んでいなさいという助言が最適ということもあるでしょう。

 薬剤師の助言も含めて医療行為というのは営利目的であってはなりません。タイムセールや毎月〇日のお得日といったものを盛んに宣伝されれば、この薬局儲けたいだけじゃないの?と思われても仕方がありません。それを挽回するためにも健康相談の個室を設けるのはひとつのアイデアだと思うのですがどうでしょうか。

「かかりつけ薬局」、現在の大型薬局のあり方が変わらない限りは「幻想」に過ぎない。それが私の意見です。

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注1:厚労省のこのビジョンは下記URLで詳細を知ることができます。

http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/gaiyou_1.pdf

注2:ちなみにこのときこのトラックはそのまま猛スピードで逃げて行きました。その日に警察に行くと、「担当者がいないから明日に来てくれ」と言われ、しぶしぶ納得した私は翌日に再び警察に行きました。すると「そんな話を聞いた職員はいないからわからない」と言われ、どの職員もまともに対応しようとしないので、これがタイの警察か、と納得しそのまま警察を後にしました。

それからしばらくして、バンコクである日本人にホテルまで車で送ってもらう機会がありました。このとき我々は道に迷い、一方通行を逆走してしまい運悪く警察に止められました。パスポートの提示を求められたとき、この日本人は500バーツ紙幣(約1,500円)をパスポートにはさんで警官に手渡し、警官はパスポートの中身を確認することなく500バーツを受け取りそのまま我々は解放されました。この日本人によると、このようなことはこの国では日常茶飯事だと言います。

ちなみに、タイの警察や司法がいい加減なのは有名な話で、最近の出来事でいえば、2010年に16歳の少女が無免許で高速道路を運転し交通事故を起こし大学生ら9人が死亡するという痛ましい事故がありました。この16歳の少女は「ナ・アユタヤー」という王室関係の姓であることが報道され注目を浴びました。なかなか起訴されず、「王室関係者だから許されるのか」、という世論のバッシングなどを受けて最終的には起訴されましたが、裁判所の判決はなんと執行猶予4年付きの懲役2年です。9人の命を奪ったのにもかかわらず、です。4年間の保護観察中に、1年あたり48時間の社会奉仕活動が命じられていますが、勉学に忙しいという理由で全くしていないことも報じられています。