はやりの病気

第162回(2017年2月) 危険な性交痛~犬とキウイとラテックス~

 性交痛を訴えて太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診する女性の患者さんは少なくありません。谷口医院をかかりつけ医としている患者さんはもちろん、「どこに行っていいか分からないから(遠くから)来ました」とか、「今までいくつかの医療機関を受診したけれど診断がつかなくて...」という人もいます。なかには「婦人科に行くと皮膚科に行けと言われて、皮膚科に行くと婦人科に行けと言われた...」という気の毒な方もいます。谷口医院のような総合診療のクリニックには、「どこの科に行っていいかわからない」という患者さんが大勢受診されるのです。

 さて、女性の性交痛の原因は様々で、頻度の多いものから挙げていくと、「性行為による摩擦が原因の皮膚炎」「性行為で生じた微細な外傷」が最も多く、次いでカンジダ性外陰部炎が多数を占めます。カンジダは真菌感染ですから、顕微鏡の検査で簡単に診断がつくのですが、婦人科では顕微鏡の検査を実施しているところが少なく、皮膚科では外陰部の診察をしないところが多いようです。性交痛の原因が「心因性」ということも少なくなく、この場合は治療に時間がかかり、カウンセリングに近いことや、精神に作用するような薬を用いることもあります。

 今回紹介したい女性の性交痛は、頻度は多いとは言えないものの、重症化し、ときに命に関わるかもしれないもので、2つを紹介します。2つともアレルギー疾患です。

 ひとつはラテックスアレルギーです。周知のように、ほとんどのコンドームはラテックスでつくられています。ラテックスとは天然ゴムとほぼ同じものと考えればいいと思います。天然ゴムはゴムの木の樹液から精製します。ラテックスアレルギーがあると、コンドームが外陰部に触れたときに重症なアレルギー症状が起こることがあるのです。

 ここでよくある誤解について説明しておきます。ラテックスアレルギーを「かぶれ」と思っている人がいますがこれは誤りです。ラテックス製のグローブを使うと、1~2日後にアレルギー症状が出る人がいますが、ラテックスアレルギーはこのことを指しているわけではありません。1~2日後に出現するのは、ラテックス以外の化学物質(例えばチウラム)によるかぶれ(接触皮膚炎)であることがほとんどです。

 ラテックスアレルギーのアレルギーは接触皮膚炎のアレルギーとメカニズムが異なります。ここではそのメカニズムを詳細に説明することは避け、ポイントだけ述べていきます。ラテックスアレルギーは「即時型」であり、接触して比較的短時間(多くは数分から1時間以内)に症状が出現します。そして最重要ポイントは、「次第に重症化する」ということです。最初のうちは、ラテックスに触れた表皮や粘膜がかゆくなるだけですが、そのうち全身のじんましんや喘息症状が出現することもあり、最悪の場合は生命も脅かされることになります。

 ラテックスアレルギーがある人はラテックス製のコンドームを避ければいいんじゃないの?という問いに対しては、まったくその通りです。問題は、「あなたにラテックスアレルギーがないと言い切れるか?」ということです。ラテックスアレルギーは、エピソードからそれを疑い、そして検査をしないことには分かりません。エピソードだけで診断をつけることもありますが、まったく何の症状もないのに疑うことはできませんし、健康診断でも調べられるわけではありません。

 そしてラテックスアレルギーは「ある日突然発症」します。先述したようにいきなり最重症の症状が出るわけではありませんが、子供の頃にはなくて成人してから発症します。職業でみれば多いのは医療者などグローブを使う仕事をしている人です。「グローブなんて使わないから大丈夫、わたしはラテックスに触れない」と考えている人もいるでしょう。しかしどこかで触れている可能性もあります。指サックや風船もそうです。甲子園球場に行く度に口元がかゆくなる、というエピソードから診断がつくこともあります。

 そんなエピソードは一切ない、という人もまだ安心できません。キウイやアボカドなど野菜や果物を食べると口のなかに違和感が出る、という人はこれらのアレルギーがあるかもしれません。いくつかの野菜や果物は、表面のタンパク質の構造がラテックスと似ていることから、ラテックスに一度も触れたことがなくてもアレルギーを起こす可能性があるのです。これを「ラテックス・フルーツ症候群」と呼びます。

 ただ、私の印象でいえばコンドームを含むラテックスアレルギーはここ数年で減少しています。過去にも述べたように(注1)、天然ゴムからアレルゲンとなるタンパク質を取り除く技術が発達したからではないかと私は考えています。となると、高品質のコンドームでは大丈夫だけれど、普通の薬局にはおいていないような安物の場合は......、ということがあるかもしれません。

 ここからは性交痛が危険な状態になるかもしれないもうひとつのアレルギーを紹介したいと思います。それは「イヌアレルギー」です。なんで犬で性交痛?と意外に思う人もいるでしょうし、おそらく頻度はそれほど多くはないと思います。性交痛を訴える患者さんに対して原因がイヌアレルギーだと100%の確証を持って診断したことは私はありません。ですが、私が診た患者さんのなかにも疑い例はありますし、海外では重症例の報告もあります。

 なぜイヌにアレルギーがあると性交痛が起こるのか。それはイヌの精液に含まれるPSAと呼ばれるタンパク質がヒトのPSAと似ているからです。つまりイヌアレルギーがあると「(ヒトの)精液アレルギー」があるかもしれない、ということです。

 ここで疑問が出てきます。アレルギーというのはその物質に過剰に触れることによって発症します。ということは、精液アレルギーはイヌの精液に何度も触れたから発症するということになります。しかし、いくらなんでもイヌと性交を持つ人はいないわけで(いるかもしれませんが)、イヌの精液がヒトの皮膚や粘膜に付着することは考えられません。

 けれどもPSAは尿中にも含まれています。イヌにおしっこをかけられた、という体験はイヌを(特に室内で)飼っている多くの人が経験しているでしょう。また、それだけではありません。このアレルゲンは正確にいうとPSAに含まれる「can f 5」と呼ばれる物質です。そして「can f 5」はイヌのPSAからだけではなく、フケからも検出されたという報告があります(注2)。イヌを飼っている人ならほぼ全員がイヌのフケに触れているはずです。

 精液アレルギーというのはそれほど多い疾患ではありません。ドイツのネットメディア「Deutsche Welle(DW)」の報告(注3)によれば、1958年にオランダの医師によって報告されたこのアレルギーは、症例報告がこれまでに100例程度しかなく正確な統計がないそうです。しかし、1万人に1人くらいはいるのではないかと考えられているそうです。

 ラテックスアレルギーと精液アレルギー、共に重症化を懸念しなければなりませんが、どちらが厄介かというと精液アレルギーの方でしょう。ラテックスアレルギーはあったとしても、ラテックスに触れなければいいだけの話です。避妊にはポリウレタン製のコンドームを用いて、妊娠を希望するときはコンドームを用いなければいいのです。

 一方、精液アレルギーは妊娠希望時には対策が必要になります。おそらく抗ヒスタミン薬やステロイドの内服をしておけば重症化はしないことが予想されますが、薬の副作用のリスクや、すでに妊娠の可能性があるときには薬の胎児への影響も考えなければなりません。イヌアレルギーと性交痛、その両方が疑われるときは、かかりつけ医に相談すべきかもしれません。

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注1:はやりの病気第149回(2016年1月)「増加する手湿疹、ラテックスアレルギーは減少?」

注2:この論文は医学誌『International Archives of Allergy and Immunology』2012年5月30日号(オンライン版)に掲載されています。タイトルは「Involvement of Can f 5 in a Case of Human Seminal Plasma Allergy」で下記URLで概要を読むことができます。

http://beta.karger.com/Article/Abstract/336388

注3:レポートのタイトルは「Allergic to sperm - when sex becomes dangerous」です。下記URLを参照ください。

http://www.dw.com/en/allergic-to-sperm-when-sex-becomes-dangerous/a-19251475