メディカルエッセイ

第169回(2017年2月) 「レセプト債」の失敗からみる世間の誤解

 「レセプト債」と呼ばれる<高利回りで低リスク>の金融商品を扱っていた金融機関4社が破綻したことが報道されたのは2015年の11月でした。報道によれば、オプティファクター社が運営するファンド3社が発行したレセプト債を、アーツ証券など証券7社が2015年10月時点で約2,470の法人・個人に約227億円分販売し、これが返還できなくなりました。

 高利回りで低リスクの商品などあるわけない、と私のような金融に疎い人間は思いますが、世間には「うまい話」がないわけではないのかもしれません。しかし、レセプト債などというのはその言葉を聞いた瞬間、「うまくいくわけがない。手を出してはいけない」と(ほとんどの)医師は分かります。レセプト債になけなしの年金をつぎ込んで路頭に彷徨うことになったという話を聞くと、なんでそんな胡散臭い商品を買う前に相談してくれなかったの!と見知らぬ人にも言いたくなってしまいます。(私に相談してくる人はいませんでしたが、もしも相談を受けたとすれば瞬時に「絶対に買うな!」と言っていました)

 さて、レセプト債がなぜ儲からないものかを説明していきますが、その前にこの事件に「悪質性」があったのかどうかを考えてみたいと思います。2017年2月16日の朝日新聞(オンライン版)に「レセプト債「高利で安全」容疑の元社長ら投資家に説明」というタイトルの記事が掲載されました。報道によれば、容疑者らがレセプト債を発行したファンドの財務内容が悪化しているのを知りつつ、元本償還や利払いが確実に行えると別の証券会社員らに対して装うための資料を作成していたそうです。

 記事を読めば、この容疑者は「悪い奴」となりますが、私個人の印象としては、初めから「悪いこと」を企んでいたわけではないと思っています。つまり、最初は「レセプト債」が「高利で安全」と真剣に考えていたのではないかと思うのです。私の推理は次のようなものです。

 容疑者たちは医療機関が発行する「レセプト」に興味を持った。通常、医療機関を受診して患者が払うのは3割のみ。残りの7割は支払基金というところなどから2~3か月後に医療機関に支払われる。そのときの「請求書」がレセプトである。医療機関からみれば、入金が2~3か月後というのはもどかしいに違いない。もしも多少の割引があってもレセプトを発行したときすぐに入金されればありがたいのではないか。ん、これは「手形割引」と同じことだ。支払われるのが60日後の1,000万円の手形があったとして、60日後ではなく今すぐに現金が欲しい、現金をくれるなら5%を割り引いた950万円でもかまわない、と考える者がいるから「手形割引」という制度があるわけで、いわば「レセプト割引」を医療機関に提案すればいいのでは、と考えたというストーリーです。

 例えばある月のレセプトの請求合計額が1,000万円の医療機関があったとしましょう。2か月後に1,000万円を受け取れることができるが950万円でいいから今すぐに現金がほしいと考えたとします。ファンド会社は950万円でこのレセプトを買い取れば、その医療機関にも喜んでもらえて、自社は2か月後に50万円の利益がでます。2か月で50万円ですからファンド会社が半分の25万円を取ったとしても、ひとりの顧客が950万円投資すれば2か月後に975万円が戻ります。ということは、2か月での利率は2.63%、これを年利にすればx6で15.78%ということになり、驚くほどの高金利ということになります(計算、あってますでしょうか...?)

 もしも私に医療の知識がないとすればレセプト債は魅力的な商品にうつったかもしれません(金銭的な余裕があれば、の話ですが...)。なにしろ年利15.78%という高金利で、なおかつ医療の需要は減ることはないでしょうから低リスクと考えるのも無理はありません。しかし、レセプトというものがどういうものかを私は知っていますから、このようなものが商品として成り立たないことはすぐにわかるのです。では、その理由を解説していきましょう。

 まず1つめの理由は「レセプトは請求額がそのまま支払われるわけではない」ということです。我々医師は、患者さんの負担をできるだけ少なくすることも考え、検査や処置、薬は必要最小限のものにします。過剰診療にならないように注意しているのです。にもかかわらず当局からは「認められない」とされ支払ってもらえないことが多々あります。これを「査定」と呼びます(注1)。以前にも述べましたが、「医療機関が不正請求をしている」、と言われた場合、大部分はこの「医師は必要と判断したが当局から認められない」という場合のことを指しています。ですから、マスコミが報じる「医療機関の不正請求」というのは実態を反映していません。

 査定された場合、もちろん医師は納得できませんから「再請求」をします。これで医療機関の言い分が認められることもありますが、理由も明かされぬまま「やはり認められない」とされることも多々あります。

 レセプトを医療機関から買い取ったとしても、実際に入金される金額は予定よりも少なくなると考えるべきなのです。レセプト債を考案した人たちはおそらくこういったことまで考えなかったのではないでしょうか。また、買い取ったレセプトが査定されても「再請求」はできません。その患者さんを知らない者は、(たとえ医師であったとしても)なぜその治療が必要だったかについての詳細が分からないからです。

 レセプト債が非現実的である2つめの理由は、そもそも医師には「守秘義務」があるということです。患者さんの情報が詰まったレセプトを他人に見せるということは守秘義務違反ではないのか、という疑問があります。しかし世の中には「レセプト代行業者」というものが実際に存在し、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)もオープンした頃にはそういった業者からの営業活動もありました。私自身は、自分が診察した患者さんの情報を他の機関に見せることに同意できません。法的な守秘義務違反に当たらないのだとしても医師の良心がこれを許しません。そしてこのように考えるのは私だけではないはずです。まともな医師ならレセプト業務(これが大変な作業なのは事実ですが...)を他人に任せるようなことはしません。実際、一部のマスコミは「(レセプト債を企画した)オプティ社は、(レセプトを)売ってくれる病院を探すのに苦労していた」と報道しています。

 理由はまだあります。そしてこの3つ目が、レセプト債が非現実的であると私が考える最大の理由です。証券会社やファンド会社のミッションは「利益を出すこと」ですから、レセプトの金銭的な価値が下がると困ります。レセプト債の顧客を増やすには、高い配当を維持し続けなければなりません。ということは、今月よりも来月、来月よりも来々月の方がレセプトの請求金額が上がることを期待するようになります。もしも、これがサービス業であれば問題ないでしょう。なぜならサービスをおこなう会社のミッションも「利益を出すこと」だからです。サービスをおこなう会社とレセプト債の会社の利益が一致する、つまり「共に儲かる」わけです。
 
 しかし医療機関はサービス業ではありませんし、そもそも利益を増やすことを目的としていません。実際にはその逆で、患者さんの受診をどのようにして減らすか、ということを日々考えているわけです。生活習慣病なら生活習慣の改善を指導し、アレルギー疾患ならアレルゲンや他の悪化因子を取り除く指導をおこない、感染症ならどのように予防すべきかということを伝えるのが医師の使命です。薬を減らすこと、検査の頻度を減らすことがミッションなのです(注2)。

 レセプト債を販売する証券会社やファンド会社は「医療機関も儲かるんだからレセプトの点数は上昇することが期待できる」と考えたのでしょうが、我々医療者はむしろその反対のことを考えているのです。向いている方向がまったく正反対ですから、医療機関と金融機関のタイアップなど、初めから上手くいくはずがないのです(注3)。

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注1:理不尽な査定の例を少し挙げると、問診から明らかに糖尿病を疑ったときに「糖尿病の疑い」という病名でHbA1Cを測定すると認められなかったり、全身の湿疹で外用剤を処方するときに軟膏を塗りにくい部位にクリームを処方して認められなかったり、しばらく抗ヒスタミン薬を続ける必要がある慢性蕁麻疹に2か月分の処方をして査定されたり...、と切りがありません。ちなみに、今述べた慢性蕁麻疹に対する抗ヒスタミン薬の査定は当院ではある月のみに複数例ありました。ところが、それ以前も以降も一度も査定されていません。査定された症例に対してもちろん「再請求」をおこないましたが、理由があかされないまま「再請求は認められない」という結果でした。

注2:ここは誤解されやすいところなので少し補足をしておきます。医療機関もある程度は利益を出さなければつぶれてしまうんじゃないの?、という質問があります。しかし、原則としてそのような心配は不要です。なぜなら医療については「需要」が「供給」よりも圧倒的に多いからです。例えば、美容室なら「需要=供給」あるいは「需要<供給」となっているでしょうから、派手な宣伝をおこない人件費を削減し他店との競争をしなければ生き残れません。一方、医療機関の場合は「どこに行っても長時間待たされる」という声が多いことからも分かるように、あきらかに「需要>>供給」です。圧倒的な供給不足があるが故に、いかがわしい代替療法や健康食品が流行るのです。

また、「そうはいっても医療機関も儲けたいんじゃないの?」という声があるかもしれません。しかし、医療機関が儲けることを考えていないことは簡単に示すことができます。「医療法人」は解散するときに「余剰金」があれば全額を国に没収されるのです。国に持っていかれるお金のために収益を上げることを考えるはずがありません。このことだけでも、初めから利益を目的としてないということが分かるでしょう。

注3:ちなみに医療機関とタイアップしてうまくいかないのは金融機関だけではありません。谷口医院はオープンした頃、あるエステティックサロンから協力を要請されました。私としては「皮膚症状で悩んでいる人の力になれるなら...」と考えましたが、実際に紹介されて来る人から「エステティシャンに勧められたのですが、金銭的にどうかと...」という相談をもちかけられたときに、「そのお金を払って施術を受ければどうですか」と言える例はひとつもありませんでした。高額な料金で施術をおこなうことを目的としているエステティックサロンと、いかなる場合も患者さんの負担を最小限にすべきと考えている医療機関がうまくやっていけるはずがないことがよく分かりました。