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2017年5月28日 妊娠中のマクロライド系抗菌薬は流産のリスク

 妊娠中は薬に頼らざるをえない事態を可能な限り避けなければなりません。規則正しい生活を心がけて感染症の予防をしっかりとおこなうことが重要です。

 しかし、いくら気を付けていても妊娠中に風邪をひくことはあります。ほとんどの風邪はウイルス性ですから治療には何もせずに休養をとるのが一番です。そして、市販の風邪薬の多くは妊娠中には飲んではいけない成分を含んでいます。

 では、ウイルス性ではなく細菌性の風邪をひいたとき、あるいは細菌性の膀胱炎や腸炎に罹患したときにはどうすればいいでしょうか。細菌性であったとしても日ごろ健康な人であれば、上気道炎でも膀胱炎でも腸炎でも水分摂取と安静で治ることもあります。ですが、高熱が続いたり倦怠感が強くなってきたりした場合は抗菌薬を使わざるを得ません。

 では、妊娠中の抗菌薬はどれくらい危険なのでしょうか。抗菌薬と流産の関係を検証した研究が最近発表されました(注1)。

 研究の対象者はカナダ・ケベック州在住で1998年から2009年の間に妊娠して自然流産した15~45歳の妊婦8,702人。対照者は妊娠週数及び妊娠した年を一致させた87,020人の妊婦です。

 流産と抗菌薬使用の関係を検討した結果、流産した女性の16%が妊娠初期に抗菌薬を使用していたことが判りました。一方、対照者は13%未満でした。特筆すべきなのはマクロライド系抗菌薬のアジスロマイシン(先発品の商品名は「ジスロマック」)の流産のリスクは1.65倍、クラリスロマイシン(同じく「クラリス」「クラリシッド」)なら2.35倍にもなることが判ったことです。(尚、この研究では、メトロニダゾール、ニューキノロン系、テトラサイクリン系などの流産のリスクにも触れていますが、これらは日本では妊娠中には「禁忌」とされており使用されることはありませんからここでは言及しないでおきます)

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 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にも妊娠中の患者さんが少なくありません。妊娠前から谷口医院をかかりつけ医にしている人のみならず、従来かかりつけ医を持っていなくて妊娠後に谷口医院を受診するようになったという人もいます。妊娠中は、出産に関することであれば産科の担当医を受診しなければなりませんが、妊娠中に風邪をひいたときなどは、産科医を受診すると他の妊婦さんにうつすリスクがありますから、産科医を受診しにくいのです。

 妊婦さんが受診された場合、それがどのような疾患であったとしても薬の処方は最小限にします。(もっとも、谷口医院ではどのような患者さんにも「薬は最小限にすべき」と伝えていますから、実際には妊娠の有無でそれほど変わるわけではありません)

 妊婦さんに抗菌薬を処方せねばならない場合、効果が期待できそうであればペニシリン系を選択します。なぜなら、この世界最古の抗菌薬(注2)は、歴史的に大勢の妊婦さんに使用されてきており相対的に安全であることが分かっているからです。

 問題は、ペニシリンが役に立たないケースです。ペニシリンはグラム陽性菌とカテゴライズされる細菌には比較的よく効きます。グラム陰性菌に対しては過去にはよく効いていましたが、最近は耐性菌が多く効かないケースも目立ちます。また、細胞内寄生菌といって顕微鏡では観察できない菌のいくらかはペニシリンがまったく無効です。比較的よくあるのがマイコプラズマ、クラミドフィラ(クラミジア)(注3)など咳が主症状となる上気道感染です。この場合、通常は日本ではマクロライド系の抗菌薬を選択するのが一般的です。けれども、今回の研究が示しているように、これだけ流産との相関が高いなら、症状をみながら薬を使わずに自然治癒に期待する選択を積極的に考えるべきかもしれません。

 細菌性のものも含めて風邪(上気道炎)を予防するには日ごろのうがい・手洗いが重要です。また、夫に風邪症状があるときには家に帰らないようにしてもらうこともあります。妊娠すれば、可能な限りの風邪をひかない対策を実行すべきなのです。

 さて、谷口医院でもしばしば相談を受けるのが「性器クラミジア感染症」です。この疾患は大半が無症状であり、妊娠初期におこなわれる「妊婦検診」で発覚します。谷口医院をかかりつけ医にしている人は、「産科で薬を飲まないといけないと言われたけど大丈夫でしょうか」と言って受診します。また、何らかの事情(おりものの異常がある、無症状だが危険な性交渉があった)などで谷口医院を受診し、性器クラミジア感染症が見つかることもあります。そして妊娠していたという場合がときどきあります。

 上気道炎(風邪)の場合とは異なり、性器クラミジア感染症(クラミジア子宮頚管炎)の場合は自然治癒の期待はできません。そして、無症状であったとしても治療しなければなりません。大切な胎児をつつんでいる子宮にそのような細菌が棲息していれば胎児に感染するリスクが出てくるからです。そして、クラミジアにはペニシリン系(およびセフェム系抗菌薬)は一切無効です。また、妊娠していなければクラミジアにも使用できるニューキノロン系やテトラサイクリン系抗菌薬は妊娠中の使用は「禁忌」とされています。結局、マクロライド系抗菌薬しか選択肢がないのです。

 しかし、今回の研究が示しているようにマクロライド系は流産のリスクがあるわけです。結局のところ、妊娠する前にきちんと性感染症の検査をしておく、というのが最も大切ということになります。

 
注1:この論文のタイトルは「Use of antibiotics during pregnancy and risk of spontaneous abortion」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.cmaj.ca/content/189/17/E625.abstract?sid=48adccb6-9169-4c74-b40e-8a8f1f50dcd9

注2:世界最古の抗菌薬はペ二シリンではない、という意見もありますが、世界的にコンセンサスが得られているのはペニシリンです。詳しくは下記コラムの注2を参照ください。

毎日新聞「医療プレミア」「日本初の女性医師を生涯苦しめた病とは」

注3:クラミドフィラ(クラミジア)には「言葉の混乱」があります。①クラミジア肺炎、②クラミジア・シッタシ(オウム病)、③クラミジア・トラコマティス(性器クラミジア感染症)のうち、①と②はクラミドフィラという呼び方が正確なのですが今も「クラミジア」と呼ばれるのが一般的です。最近(2017年4月)、2人の妊婦が死亡したことが報じられたクラミジアは②です。詳しくは下記コラムを参照ください。

毎日新聞「医療プレミア」「子どもも妊婦もかかる 三つの「クラミジア」の混乱」