メディカルエッセイ

第173回(2017年6月) 長時間労働の是正よりも大切なこと

 長時間労働と自殺の問題が大きく取り上げられるようになり、労務管理のあり方を見直す企業が増えています。過重労働が自殺の原因、という話題になると世間でよく取り上げられるのが、2015年のクリスマスに若い命を絶った東大卒の電通の女性新入社員ですが、我々医師の間では、その直後、2016年1月に自殺した新潟市民病院の37歳の女性研修医のことがよく話題に上がります。

 この二人の自殺、共に入職して間もない若い女性であった、二人とも長時間労働が原因であった、という以外にも「共通点」があるように思えてなりません。今回は、そのあたりを分析し、真の原因は何だったのか、同じことを防ぐにはどうすればいいのか、といったことを考えてみたいと思います。

 被害者の性格は報道からは本当のことがわかりませんし、余計な想像はすべきでありませんが、ふたりともある程度責任感が強く真面目な性格だったのは間違いないでしょう。そして真面目すぎるがゆえに上司や同僚からのプレッシャーを人一倍強く感じていたということは推測できます。一部の報道では「イジメ」「パワハラ」といった言葉も出ていますが、こういったことがあったのかどうかは司法に委ねるべきであり、私は言及すべき立場ではありません。

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にも、過重労働やパワハラが原因(または原因の一部になっている)と思われる患者さんは少なくありません。受診した患者さんが大企業勤務の場合は、「まず社内の産業医に話をすべき」という説明をします。薬はまったく処方しない、または最小限の処方とし、「今の状態は薬で治すようなものではない」と説明します。産業医に手紙を書くこともよくあります。産業医がしっかりしていればたいていこれで"とりあえずは"うまくいきます。産業医が患者さんの話を聞いてくれて、必要あれば休職制度などを利用してくれるからです。ですが、その後過重労働やパワハラがなくなり、安心して働けるようになるかというと、それはいろいろなケースがあります。

 電通も新潟市民病院も大きな組織ですから社内(院内)に常勤の産業医がいるはずです。自殺した二人は産業医との面談はしていなかったのでしょう。していれば勤務時間が見直されていたはずだからです。そして、私が日々患者さんから相談を受けているようなかたちでは、二人は一般の医療機関を受診していなかったに違いありません。もしも受診していたら、私がしばしばおこなっているように診察医は産業医に連絡を取るはずだからです。

 日ごろ、労働環境が原因で心身に不調をきたしている患者さんを診ている私としては、この二人の自殺の話を聞いたとき、「なんで私に相談してくれなかったの!?」と思わず叫びたくなりました。東京と新潟ですからそんなことできるわけがありませんし、もしも相談してくれたとしても救えた保証はどこにもないのですが、特に新潟の研修医のことは何度もそのようなことを考えてしまいます。

 自殺した研修医は37歳。一方私が研修医だったのは33~35歳のときですから、私がその場にいれば...、とついつい考えてしまうのです。もちろん、私がいれば...、などと考えるのは単なる私の「傲慢」であり、実際にはまったく無力だったかもしれません。そもそも、この病院にも年はずっと若かったでしょうが同期の研修医はいますし、研修医でなくても医師は大勢いるわけですから、私が感じるよりももっと強く「なんで相談してくれなかったの」と感じている医師はたくさんいるに違いありません。

 電通の社員も同じはずです。同期の社員というのは共通の悩みを抱えていますから、どこか"戦友"のような結びつきがあるのが普通です。私が会社員をしていた頃も、同期の悩みをよく聞いていました。もしも私が会社員時代に同期が自殺するようなことがあれば「できることがなかったのか...」と生涯にわたり後悔するに違いありません。また同じ部署の上司も同様の思いでしょう。一部の報道では「イジメ」などと言われているようですが、部下が困っていて喜ぶ上司などいるはずがありません。自殺した女性の保護者の方は電通を憎んでも憎み切れないという気持ちになられるでしょうが、一緒に仕事をしていた同僚や上司も深い悲しみに苦しめられているはずです。

 ではどうすればよかったのか。〇〇さえしていれば...という「回答」はありません。そんな単純な話ではないのです。もしも同期の社員が話を聞いていれば...、上司が相談に乗っていれば...、産業医との面談を受けていれば...、体調不良から医療機関を受診していれば...、いろんなことが考えられますが、これは後から言えることですし、もしもこのうちの1つが実行されていたとしても悲劇が防げた保証はありません。

 ですがこれだけは言えるということがあります。それは現在議論されているような「長時間労働を改善すれば防げた」という考えに固執すべきではない、ということです。たしかに、長時間労働と過労死や自殺を裏付ける報告は多数あります。最近では、長時間労働の実態が判れば、比較的簡単に労災の認定がおりるようになってきています。長時間労働が様々な心身疾患の危険因子であることは間違いありません。ですが、その影に隠れて「他の要因」が見過ごされるようになってはいけない、というのが私の考えです。

 以前、研修医の過労死を調査していたジャーナリストから取材を受けたことがあります。当時は私自身が研修医を終了して間もない頃であり、現場の意見を聞きたい、と言われたのです。そのときに私が答えたのは、「研修医の場合、どこまでが勉強でどこからが仕事かという境界が非常にあいまい。事務仕事はあきらかに仕事だけれど、自分が診察している患者さんの関連の論文を読んだり、手術の前日に縫合の練習をしたりするのは<仕事>とは言い難い。どこまでが労働時間と言えない以上は、単に研修医の過重労働はNGといっても話が始まらない」というものです。

 アメリカでは、研修医の勤務時間は週に80時間以内に制限されています。日本の労働法では週あたりの労働時間は40時間ですから、数字だけで考えるとアメリカの研修医は日本人の倍働いている、となりますが、日本の研修医というのはほとんど病院に入りびたりですから80時間どころではありません。私が研修医2年目の頃は、寮が病院の敷地内にあったこともあり、やっと深夜に戻って寝ようとするとポケベルですぐに病棟に呼ばれて、なんてことは日常茶飯事であり、24時間とまでは言いませんがプライベートなどほとんどありませんでした。

 そのときの苦労があるから医師としての今がある、などというと過重労働を肯定することになってしまいますが、私が言いたいことは、過重労働は悪くないということではなく、過重労働を減らすべきことには同意しますが、それ以外の「心身をいい状態に保つ方法」があるということです。

 私の場合、会社員時代も研修医時代もかなりの長時間働いていましたが「楽しいこと」あるいは「癒されること」が多数ありました。同期との語らいや先輩の助言などです。また、私の場合は自分が「おせっかい」な性格であることもあり、悩んでいる同期や後輩を放っておけずよく話を聞いていました。(なかには、おせっかいが度を越して嫌がられたことがあったかもしれませんが...)

 自殺した若い二人の共通点。二人とも同期や先輩に腹を割って話すことができなかったのではないでしょうか。もちろん「何でも話さなければならない」わけではありませんし、人間関係には相性もあります。ですが、二人の近くにいた人たちは「あのとき声をかけていれば...」と後悔しているに違いありません。

 同じような悲劇を防ぐために考えるべきこと。長時間労働の是正も重要ですが、それ以上に大切なのは周りに悩んでいる人がいないかどうか日ごろから気に掛けることではないでしょうか。もしも「話したくない」という性格の持ち主なら、産業医と面談できることや、体調不良があれば医療機関を受診するのもひとつの方法であることを伝えてあげてほしい。それが私の考えです。