メディカルエッセイ

第182回(2018年3月) 時代に逆行する診療報酬制度

 世間は好景気に浮かれているようですが、日本の社会保障、なかでも医療にかかる費用は増加の一途をたどっており破綻寸前です。すでに破綻している、とみる向きもあるほどです。それに"好景気"といっても、それは株価が上昇していることと新卒の求人倍率が高いことからの判断であり(これらは素晴らしいことですが)、例えば40代以降の人が仕事を探すのは簡単ではありませんし、株を持っていない庶民は好景気と言われてもピンとこないと思います。

 実際、私が日々診ている患者さんのなかにも仕事がなく生活が苦しいと訴える人は少なくありません。そういう人達からかかった医療費の3割をいただくわけですから、医療費が上がるのは避けてほしいというのが現場を見る私の意見です。私が以前から「検査や薬は最小限に」と言い「choosing wisely」の重要性を訴えている最大の理由は、目の前の患者さんの出費を減らしたいからです。

 患者さんが3割を負担する診療報酬の細かい取り決めは2年に一度改定されます。行政側としてはできるだけ医療費の上昇を抑えたいと考える一方で、医療者側(日本医師会など)はある程度の増加を求めます。一応、私も日本医師会に加入していますが、私個人の意見としては診療報酬の増額を求めるその姿勢に疑問を持っています。

 たしかに過疎地域など人口が少ないところで医療機関を運営するのは大変ですから、人件費をきちんと確保できる程度の利益が出るような計らいは必要になります。したがって、極端に診療報酬を下げるとやっていけない医療機関が出てくるとは思います。ですが、医師全体でみたときには高い報酬をもらっている者も少なくありませんから、まずはそこにメスを入れるべきではないか、というのが私の個人的意見です。

 医師の求人サイトをみてみると、なかには年収3千万円というものもちらほらあります。診療報酬増額を求めるだと!その前にもらいすぎている医師の収入を削減させろ! と考えるのが普通の感覚ではないでしょうか。私が役人で会議に出席したとすれば、診療報酬増額を訴える日本医師会などに対し、医師の求人サイトのコピーを配って、「よくこれで増額希望などと言えますね」とまずはイヤミを言ってやりたくなります。

 膨大し続ける医療費を抑制するには医師の収入を減らすことが不可避だ、というのが私の意見ですが、その前にすべきことがあります。「診療報酬制度」の見直しです。

 そもそも診療報酬制度が複雑怪奇であるが故に、多額の人件費が使われることになり、これが患者さんの負担にもなるわけです。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんに対しても、です。谷口医院では電子カルテを使っていますが、会計時にいつも正確に医療費が算出できているとは限りません。あとからカルテを見直して、徴収したお金が20円足りなかったとか、10円もらいすぎた、ということがしばしばあります。お金のことは大切ですからこれを放置しておくわけにはいきません。ですが、わざわざ翌日に忙しい患者さんに電話をして仕事の手をとめてもらい「すみません。昨日10円もらいすぎました」と伝えるのも現実的ではありません。そこで次回受診時に差額を返金(徴収)することになります。

 なぜこのような未収(過徴収)が起こるかというと、診療報酬の内訳にはやたらと「○○加算」とか「〇〇料」いうものがあり、それが診察時には入力されていなかったり、あるいは誤入力されていたりすることがあるからです。さらに、△△加算が算定されれば□□加算は外さねばならない、などの決まりもあり、ものすごく複雑なのです。いっそのこと○○加算などややこしい項目をすべて無視(放棄)して谷口医院は他院よりも安くしようと考えたこともあるのですが、医療費は全国どこを受診しても同じというのが原則ですから、そういったことは許されず国の決めたことには従うしかありません。

 未収(過徴収)を減らすにはどうすればいいか。一番ありがたいのは診療報酬制度をシンプルなものにしてもらうことです。つまり、ルールを簡単なものにし〇〇加算などはできるだけ減らしてもらうのが一番いいのです。ところが、実情はその「逆」です。この制度は2年に1回改訂されます。そしてこの改訂がどんどん複雑になっていくのです。例をあげると、2014年の改定時にはその資料が266ページで、これでもすべて理解するのは大変です。それが、2016年時には380ページに増え、なんと今回の2018年版では492ページにも及んでいるのです。

 もちろんこのすべてを一字一句丁寧に読んでいく時間はほとんどの医師にはありませんし、たとえ目を通せたとしても内容が難関すぎて理解できません。そこで、行政側としては診療報酬改定の度に講習会を開いて、我々医師のみならず医療事務の職員も参加することになります。すると休日出勤もしくは通常の業務を犠牲にして参加しなければなりませんし、内容を理解するのに自習をしなければなりません。

 これ、かなりの時間とお金のムダではないでしょうか。行政側も医療機関側も新たな複雑怪奇な決まり事の理解のために労力を費やすことになります。新しい決まりが素晴らしいものなら納得できるかもしれませんが、実際はそうではありません。

 一例をあげると、2018年版の323ページに新たに設定される「抗菌薬適正使用支援加算」の説明があります(またもや・・・加算です)。文書にはむつかしい言葉で書かれていますが、要するに「ムダな抗菌薬投与をやめれば医療機関に加算としてのお金が入りますよ」ということです。そんなこと言われなくても我々医師は「抗生物質ください」という患者さんに「このケースは不要です」ということを日々伝えています。医師の仕事は薬を処方することではなく、いかに薬や検査を減らすかが重要なのです。このようなムダな「加算」はただでさえややこしいルールをさらに複雑にするだけですから即効廃止してもらいたいものです。

 実は、診療報酬の支払いをドラスティックに改善できる簡単な方法があります。医療機関がレセプト(医療機関が診療報酬を請求するときの請求書のようなもの)を適切に作成しているかどうかをすべてコンピュータに調べさせればいいのです。社会保険支払基金によると、少し古いデータですが、職員が4,934人、審査委員と呼ばれる医師と歯科医師からなる委員が4,500人もいます。同基金の主な業務はレセプトのチェックです。これらをすべてコンピュータにやらせれば何千億という費用が不要になるはずです。実際、韓国ではすでにコンピュータに全面的に頼り人件費が大きく削減できたと聞きます。まさか、日本では4,934人の職員の雇用確保のために古い体制を維持しているということではないと思いますが、なぜすべてコンピュータ審査に替えられないのか、私には疑問です。

 ひとつ可能性があるとするなら、コンピュータだけにやらせると医療機関の"巧妙な"不正が見抜けないということがあるのかもしれません。私自身の周囲には不正を働くような医師は見当たりませんし、ときおり報道される医師の「不正請求」というのは、過去にも述べたように医師が必要と考えておこなった医療行為が支払基金で認められなかったというもので理不尽なものが大半です。ですが、悪意のある不正請求が存在するのも事実のようです。

 ならば私が以前から主張しているように、医師の年収の上限(及び下限)を決めて、お金が好きな人は初めから他の職業を選んでください、としてしまえばいいのです。そもそも医師会の倫理要綱には「医師は医業にあたって営利を目的としない」とあります。医学部入学時に「私は営利を求めません」という宣誓文を書いてもらうのも有効でしょう。

 もっといいのは中学や高校の進路指導のときに「お金儲けをしたい人は医師を目指すな」と学校の先生に指導してもらうことです。そのときに「お金を稼ぐことよりもはるかにやりがいのある職業、それが医師です」と付け加えてもらえれば私としては他に言うことはありません。