はやりの病気

第180回(2018年8月) 月経に対する考え方のコペルニクス的転回

 男女は社会的には平等であらねばならないわけですが、生物学的・医学的には「同じ」ではありません。我々医療者は常にその「差」や「違い」を考えて診察をおこないます。妊娠の可能性があれば放射線の曝露を避けねばならない、奇形のリスクがある薬を避けなければならない、などは分かりやすい例だと思います。

 では、妊娠・出産・授乳などだけを問診で確認すればいいかというとそういうわけではなく、そもそも妊娠に気付いていない女性は少なくありません。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)でも、「妊娠は絶対にありません」と主張するものの実際は妊娠していた、というケースがありました。我々医師は医学生の頃に「女性をみれば妊娠を疑え」と習います。この言葉は、解釈の仕方によっては「避妊の管理くらいきちんとできています」という女性には失礼でしょうし、そもそもまったく性行為がない、あるいはパートナーが同姓という場合には失礼を通り越した無礼な考えだと思います。ですが、もしも妊娠の可能性があれば医療行為が大変な事態を引き起こすことになりかねませんから我々はかなり慎重にならざるを得ないのです。

 もうひとつ、妊娠以外に、というよりも"妊娠していないからこそ"考えなければならないのが「月経との関連」です。多くの疾患や症状において、月経時あるいは月経前に悪化する、あるいは改善するものがあります。男性の場合(ストレートだけでなくゲイであったとしても)は、こういったことを考える必要がありませんからある意味でラクです(ただしホルモン剤を使用しているトランスジェンダーの場合は別の視点から考える必要があります)。

 月経に関連する症状や疾患として、まず(当たり前ですが)月経痛や月経過多(月経血が増える)があります。子宮筋腫があればこれらの症状は悪化します。子宮内膜症も同様です。

 PMS(月経前緊張症候群)という病名は随分と人口に膾炙してきました。月経前に、イライラ、不安感、抑うつ感、不眠、集中できない、涙もろくなる、などいろんな精神症状が出現します。身体の症状も伴うことがあります。例えば、むくみ、おなかのはり、頭痛、めまい、腰痛、便秘や下痢、動悸、発汗、乳房痛や乳房のはり、などです。

 ニキビも月経周期に関連することが非常に多いと言えます。月経前に悪化し月経が始まると改善するというパターンが一番多くて、これは黄体期(排卵から月経までの期間)に分泌される黄体ホルモン(プロゲステロン)が皮脂の分泌を促すことが一因です。通常のニキビの治療をおこなってもどうしても月経前だけは悪化するという人は少なくありません。

 谷口医院は「どのような症状でも相談してください」と12年間言い続けています。他の医療機関では診断がつかず、いわゆるドクターショッピングを繰り返している人も大勢います。めまい、腹痛、動悸などで長年苦しんでいる人が受診した場合、男性であれば最も多いのが自律神経のバランスが乱れて諸症状が出現しているケース、次に多いのがうつ病など精神疾患に伴って症状が現れているケースです。もちろん、女性の場合もこういったことが原因である場合は多いのですが、月経に関連しているかどうかを必ず確認しなければなりません。

 月経に伴い症状が出現するなら女性ホルモンが関連しているだろうから避妊用のピルを用いてホルモン量を適切にコントロールすればいいのでは、という考えが当然でてきます。実際、一部の女性には以前から月経に関連する症状や疾患の改善目的で避妊用ピルが使われてきました。そして、子宮内膜症がある場合に限り保険適用になる「ルナベル」という薬が2008年に発売され、2010年には超低用量ピル「ヤーズ」が登場し、こちらは内膜症のみならず「月経困難症」があれば保険で処方できることになり、これで一気に使用者が増えました(ただし、発売直後に重篤な副作用の報告が相次ぎ慎重になる声もありました(注1))。

 月経困難症というのは月経痛や月経過多を含む月経に関する諸症状のことを言いますから、軽症であっても何らかの症状があれば保険でピルが使用できる可能性がぐっと高まったのです。さらに「ルナベルULD」という超低用量ピルも2013年に登場し、低用量ピルのルナベルは2013年より「ルナベルLD」と名前を変え、内膜症のみならず月経困難症にも保険で処方できるようになりました。また、ルナベルLDの後発品「フリウェル」が登場、費用は3割負担で1000円を切るようになりました。尚、避妊目的の自費のピルと区別するために、最近は自費のものを「OC」(oral contraception)とし、月経困難症などに治療目的で保険処方できるものを「LEP」(Low dose estrogen-progestin)と呼ぶようになってきています。

 そして、さらに大きな展開がありました。2017年4月、上述のヤーズが「ヤーズフレックス」と名前を変えて発売となりました。ヤーズフレックスの成分はヤーズとまったく同じです。1錠あたりの値段は少し安くなっていますが基本的には「まったく同じ」です。では何が違うのか。ヤーズは毎月一度出血を起こすように説明されているのに対し、ヤーズフレックスは休薬せずに続けて飲んでもOK、とされたのです。最長120日まで連続してもいいですよ、ということになったわけで、この飲み方をすればこれまで毎月来ていた(来させていた)月経が年に3回だけになるのです。

 ということは、毎月経験していた「苦しみ」も年に3回だけになります。これはありがたいことですが、そんな"自然に反したこと"をしてもいいのでしょうか。

 まさにこの点がヤーズフレックスの「ポイント」です。実は以前から、月経が毎月起こるのが正常なのかはずっと議論されてきました。たしかに、少子化などと言われるようになったのはせいぜい過去数十年の話であり、それまでは生涯に4~5人、あるいはそれ以上出産する女性も珍しくなかったわけです。そして、妊娠中と授乳中(の一定期間)は月経がとまったままです。ということは、妊娠10か月及び出産後3か月は無月経だったとして、それが5回あったとすると少なくとも65か月間は無月経ということになり、現代に比べて平均寿命が短かったことや栄養状態がよくなかったことなどを考えれば、さらに月経の回数が少なかったことが予想されます。

 ということは、現代のように少子化、あるいは生涯まったく子供を産まなくなった時代、10代半ばに始まった月経が50歳前後まで毎月続くとなると、こちらの方がずっと"不自然"、少なくともこれまでの人類の歴史上なかったことを経験しているということになります。実際、子宮内膜症や月経困難症が過去数十年で急増している理由が「月経の回数が増えたからではないか」と言われています。

 谷口医院は例によって発売直後の薬は慎重に進めます。ヤーズフレックスはヤーズと同じものですが、連続服用の日本でのデータが多くないために積極的に勧めていませんでした。ですが、発売1年以上経過し、全国的に使用者が増え、大きな副作用の報告もないことから、必要と思われる患者さんには説明し処方を開始しています。今のところ際立った副作用はありません。ただ、いきなり120日間連続服用するのではなく、最初は2か月くらいで休薬して出血を来させる方法を選択する人が多いようです。また、ヤーズフレックスに替えてから月経予定日を自由自在に決められるのがありがたいという声は多く寄せられています。

 おそらく今後も、「月経は毎月こさせるのではなく自分自身で調節する」ことを選択する女性は増えていくでしょう。

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注1:医療ニュース2013年10月28日「超低用量ピルでの2人目の死亡例」

参考:はやりの病気第87回(2010年11月)「超低用量ピルの登場」