マンスリーレポート

2019年1月 「妊婦加算」の是非

 この通達は"異例"と言っていいでしょう。

 2018年12月28日、厚生労働省は全国の関係者に対し「妊婦加算の取扱い」というタイトルの通達をおこない、2019年1月1日より「妊婦加算を算定してはいけない」ことを決めました。

 妊婦加算は2018年4月から開始となった新しい制度です。妊婦加算の是非を考える前に、まずはこの制度をおさらいしておきましょう。

 妊娠中は非妊娠時に比べ注意点の説明などに診察に時間がかかるからという理由で(おそらく)、2018年4月1日より妊婦加算が導入されました。初診なら220~230円(3割負担の場合)、再診時には110円(同上)の別料金が必要になります。

 導入時には医療機関からは特に反対意見は上がっていませんでした。また、患者側からも特に問題視する意見は聞かれませんでした。しかしそれは当然で、患者サイドとしてはこういった情報を知る術がないからです。

 医療機関から疑問の声が出なかったのはそれなりの理由があるからです。その理由とは「妊娠している患者さんの診察には時間がかかるから」です。もちろん、症例によってまちまちですが、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の例でいえば、妊娠に無関係の女性に比べて、妊娠時には2~3倍くらいの時間がかかることもあります。

 まず体調の変化やもともとの持病が悪化していないかといったことを聞かねばなりませんし、処方する薬が妊娠に影響するかどうか、するとすればどの程度かといったことを理解してもらわねばなりません。さらに、たいていは妊娠中の注意点についての質問を受けます。感染症対策を聞かれることもしばしばあり、特にインフルエンザワクチンの有用性、危険性については毎年何人もの妊娠している女性から質問を受けます。

 ここ数年間、妊娠中にかかってはいけない感染症として風疹がよく取り上げられ、たしかに妊娠前には風疹の説明をすることが多いのですが(ただし風疹だけが重要なのではない)、むしろ妊娠してからは、リンゴ病(伝染性紅斑)、サイトメガロウイルス感染症、トキソプラズマ感染症などについて尋ねられることが多いといえます。トキソプラズマについては「ネコに気を付ける」ことは把握されている場合が多いのですが、肉のタタキなどについてきちんと理解していない人が珍しくありません(参照:はやりの病気第174回(2018年2月)「トキソプラズマ・前編~猫と妊娠とエイズ~」)。

 妊娠中に初めて出現する疾患や症状もあります。蛋白尿や高血圧は産科での定期健診でもチェックされていますが(それでも谷口医院で診療することも多い)、皮疹(湿疹が多い)や便秘などは産科でなく、たいていはこれまでと同様谷口医院で相談されることになります。

 妊娠以外のことで受診されたときに「妊娠しているかもしれません」と言われることもあります。この場合、最終月経や性行為について質問し必要あれば妊娠反応を確認することになります。なぜなら、もしも妊娠していた場合には使えない薬が多数あるからです。そして、妊娠していた場合、診察にはそれなりに時間がかかります。特に、「3日前に風邪薬を飲んでしまった...」といった場合にはかなり時間をとって説明しなければなりません。

 また、患者さんは気づいていなくても妊娠していることがあります。便秘や腹部膨満感の原因が妊娠であった、ということがあり、その場合は妊娠していることを理解してもらい、これからどうするのか(こういう場合「望まない妊娠」であることが多い)について相当長い時間をとって話し合わねばなりません。

 このように妊娠している女性の診察には、場合によってはかなり時間がかかるのは事実です。ですから妊婦加算はそれなりに合理的なものではあります。

 一方、妊婦加算が「合理的でない」理由もあります。

 まず、妊娠している女性に時間がかかるのは上に述べた通りですが、実は「"妊娠前"の女性」の方がむしろ時間がかかることが多いのも事実です。

 「妊娠前の女性で時間がかかる場合」を3つにわけてみましょう。

 1つめは「(避妊をやめて)妊娠を検討している」です。この場合、先述したように、感染症の説明は必須です。ワクチンの説明と接種(風疹以外にも重要なものがいくつかあります)にはそれなりに時間がかかりますが、ワクチンで防げない感染症の説明にはもっと時間をとられます。食事にはどのような注意が必要か、サプリメント(特に葉酸と鉄)はどうすればいいのか、といったことも説明が必要になります。

 2つめは「妊娠を希望しているがなかなかできない」です。なかには40代半ばで相談されることもあります。こういうケースは「不妊治療を実施している医療機関を受診してください」が結論になるわけですが、「不妊治療にはどんなものがあるか」から始まり「危険性は?」「費用は?」「成功する確率は?」「補助制度は?」など、聞かれることも多く、「お勧めのクリニックを紹介してください」と言われることもあります。

 3つめは「望まない妊娠をしてしまったかもしれない」で、これもそれなりに時間がかかります。月経周期から考えてまず妊娠はまずないだろうと思われる場合も、「100%間違いないですか」と問われると、返答に迷うこともあります。「では産婦人科を紹介しましょうか」と言うと躊躇しだす女性も多く、たいていは「いつも診てもらっている医師に大丈夫と言ってもらいたい」というのがホンネのことがあります。

 もちろん、状況によってはすぐに緊急避妊が必要なことがあり、この場合は一刻も早い方がいいわけですから谷口医院で対応します。もっとも、緊急避妊が必要になるときは保険適用にならず診察代も自費になり、妊婦加算とは関係のない話ですが。

 緊急避妊を実施するにしてもしないにしても、薬を処方して終わり、というわけにはいきません。谷口医院の経験上、緊急避妊で受診する人は初回でない、つまり何度も繰り返していることが多いのです。この場合、(嫌がられず説得力のある方法を模索しながら)「同じことを避けるにはどうすればいいか」、という話をせねばなりませんが、それ以前に「緊急避妊に頼ってはいけない」ことから始めなければなりません。「キケンかもしれないことがあってもアフターピルがあれば安心!」と考えている女性が多いことに驚かされます。

 なかにはレイプの被害ということもあります。この場合「セカンドレイプ」にならないようにひとつひとつの言葉を慎重に選ばなければなりません。

 話を戻しましょう。妊婦の診察に時間がかかるのは事実であり「妊婦加算」にはある程度の合理性はあると思います。ですが、ときに"妊娠前"の方がはるかに時間のかかる場合もあります。もっと言えば、不定愁訴や精神疾患にもそれなりに時間がかかりますし、がんの告知をするときも短時間で終わらせるわけにはいきません。

 ならば「不定愁訴加算」「がん告知加算」なども設けるべきでは?という考えもでてきます。また、加算を算定するクリニックとしないクリニックがあれば患者さんは混乱するでしょうし不公平になります。これらを考えると、すべての医療機関で「~加算」をすべて廃止し「どんなことを相談しても診察代は同じ」がいいのではないか、というのが私の考えです。