はやりの病気

第186回(2019年2月)子供を襲う重症感染症エンテロウイルスD68の謎

  前回の「はやりの病気」ではWHOが「2019年の世界の10の脅威」(Ten threats to global health in 2019)を発表したという話をしました。その10項目を簡単に振り返っておくと次のようになります。

#1 大気汚染と地球温暖化
#2 非感染性疾患(主に生活習慣病)
#3 インフルエンザ
#4 脆弱な環境(干ばつ、食糧不足など)
#5 薬剤耐性
#6 エボラウイルスなど高致死性の感染症
#7 脆弱な公衆衛生
#8 ワクチンへの抵抗
#9 デング熱
#10 HIV

 今回は、まずCDC(米国疾病対策センター)が発表した「2018年の健康上の脅威」について紹介したいと思います。

#1 麻薬などの薬物過剰摂取
#2 食中毒(2018年、米国ではロメインレタスの大腸菌感染が注目されました)
#3 AFM(急性弛緩性脊髄炎)
#4 エボラ出血熱
#5 C型肝炎ウイルス
#6 性感染症
#7 自殺
#8 生活習慣病 
#9 他国の公衆衛生
#10 薬剤耐性
#11 結核

 WHO、CDCの両者を比べると、まず感染症の多さが目立ちます。WHOでは10項目のうち6項目が、CDCでは11項目のうち7項目が感染症です。興味深いことに、両者に共通して挙げられているのはエボラウイルスと薬剤耐性の2つだけです。

 そろそろ本題に入りましょう。今回お話するのはCDCが3番目に挙げているAFM(急性弛緩性脊髄炎)です(ここからは単に「AFM」とします)。

 この疾患、メディアではあまり取り上げられませんし、頻度としてはさほど多いわけでもないのですが、いまだに原因もはっきりとわかっておらず治療法もないために非状に厄介な疾患です。そして、これについては過去の「はやりの病気」第150回(2016年2月)「エンテロウイルスの脅威」で一度紹介しています。

 まず、簡単にこの疾患をまとめておきます。

 2014年夏、米国で突然エンテロウイルスD68(以下「EV-D68」)による重症呼吸器疾患の報告が相次ぎました。その後手足が動かなくなるような神経症状が生じる例が多く、これらはAFM、または急性弛緩性麻痺(AFP、以下「AFP」とします)と診断されました。2015年1月15日までに、呼吸器疾患を発症してEV-D68が検出された患者は49州で1,153人(AFM/AFPを発症していない患者も含めて)となり、うち14人が死亡しました。

 米国での流行開始からおよそ1年後の2015年8月、日本でも麻痺症状(手足が動かなくなるなどの神経症状)を有するEV-D68の報告が突然急増しだしました。厚生労働省は、2015年10月21日、「急性弛緩性麻痺(AFP)を認める症例の実態把握について(協力依頼)」という事務連絡を発令し、全国の小児科医療機関に依頼をおこないました。

 日米とも突然患者数が増えだし、しかも治療法がない重症化する疾患です。これ以上増加するようなことがあれば両国とも国中がパニックになることが予想されました。ところが、その後感染者の報告は減少していきました。

 ところが、です。いったんおさまりかけていたEV-D68によるAMFが2018年に日米両国で再び増加しだしたのです。

 ここでいったん言葉を整理しておきます。AFMのMは「脊髄炎(myelitis)」で脊髄の炎症を指しますが、麻痺症状も呈します。つまりAFMはAFPの一部(AFM<AFP)です。AFMはEV-D68によるものだけでなくポリオウイルスやD68でないエンテロウイルス(例えばエンテロウイルスA71)なども含みます。AFPに含まれるがAFMでない疾患にはボツリヌス症やギラン・バレー症候群があります。この時点ですでにかなりややこしいですが、さらに話は複雑になります。一応診断基準はあるのですが、「脊髄の炎症」を証明するのは簡単ではなく、AFMに入れていいかどうか判断に困るAFPもあります。それから、これは私の印象ですが、米国の方が日本よりも積極的にAFMの診断をつけているように思えます。もっとややこしい話をすると、EV-D68による麻痺症状は通常の麻痺のように左右対称とならないケースが多いことが報告されています。片側の麻痺だと乳幼児の場合は診断が困難になり、重症例もありますが軽症もありますから、診断がついていないケースも日米ともそれなりにあるのではないかと私はみています。そして、症状と状況からEV-D68感染が疑われるのに、いくら調べてもこのウイルスが検出されないケースもそれなりにあります。

 複雑すぎて書いている私が混乱しそうになるほどです......。こういうときは思い切って簡略化しましょう。重要なのは、1)EV-D68が原因の可能性のある麻痺症状を呈する重篤な感染症が小児の間で3~4年ぶりに流行した、2)治療法はなく重症化する例がある、という2つです。

 どれくらい増えているかを確認しておきましょう。CDCのサイトによると、2018年1年間で215例のAFMが確定されています。症状から疑われた例は合計371例あったようです。それまでのAFM確定例は、2014年120例、2015年17例、2016年39例、2016年16例です。つまり、大きく話題になった2014年の3倍以上のケースが2018年に報告されているのです。

 日本はどうでしょうか。日本では届出がAFMではなくAFPとなっているために、単純に米国とは比較できないのですが、流行が始まった2015年が115例で、2018年はそれを上回る136例(12月16日まで)が報告されています。

 では、CDCが2018年の健康上の「脅威」として取り上げたこの疾患を防ぐ方法はないのでしょうか。すべての症例でEV-D68が検出されたわけではありませんから、依然原因も"不明"と言わざるをえません。ということは、当然ワクチンはありません。ではどうすればいいのでしょうか。

 CDCが公表している一般向けの案内から抜粋してポイントを紹介しておきます。

 まず、AMFを発症した患者の90%は麻痺症状が起こる前に風邪の症状を呈しています。ということは、一般的な「風邪の予防」が大切ということになります。実際CDCは、通常の風邪と同様、手洗い、不潔な手で顔を触らない、風邪症状を有している他人に近づかない、といった一般の対処法を推薦しています。

 次に神経症状が出現すれば直ちに医療機関を受診することが必要です。具体的には、手足を動かしにくい(片側でも)、眼球が動かない、まぶたが落ちてくる、飲み込みにくい、声を出しにくい、などです。治療のガイドラインはなく画一した治療法はありませんが、(小児)神経内科専門医により個別に対応した治療をおこなうことになります。理学療法や作業療法といったリハビリが有効なこともあります。

 日米ともAMFが流行りだすのは夏です。インフルエンザの流行が去った後も、手洗いが重症なことは変わりません。

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参考:毎日新聞「医療プレミア」実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-
手足口病のウイルスが世界の脅威へ エンテロウイルスの謎【前編】(2016年2月28日)
日本でも次第に増大するリスク エンテロウイルスの謎【後編】(2016年3月6日)