はやりの病気

第190回(2019年6月) 誤解だらけの膀胱炎の治療

 太融寺町谷口医院はオープンした2007年から「どのような症状やどのような悩みでもお話ください」と言い続けています。もちろんどんな治療でもできるわけではなく、診断がつかなかったケースや入院や手術などが必要な症例は病院や専門クリニックに紹介しています。どれくらいの患者さんを紹介しているかというと、2018年を例にとると、1年間での総受診者数が15,080人、入院・手術・専門医の診察が必要で紹介したのがそのうち137人、「紹介率」は0.9%となります。

 では99.1%の患者さんにどのような治療をしているのかというと、原則として、どの疾患もガイドラインに従った治療をおこなっています。ガイドラインが存在しない疾患も多々ありますが、その場合も「エビデンスのある標準的な治療」を基本としています。つまり「独自の検査・治療」は原則としておこなっていません。

 ただし「膀胱炎」は例外になると言えるかもしれません。といっても、私は膀胱炎に対して奇をてらった治療をおこなっているわけではなく、私の診断法及び治療法を感染症科の専門医、もしくは感染症に詳しい医師に話すと、ほぼ全員が同意してくれます。あえて喧嘩をふっかけるようなことはしたくありませんが、膀胱炎の治療についてはガイドラインの方が"過剰"なのです。

 実は、このことは毎日新聞の「医療プレミア」で指摘したこと(注1)があり、読者の方からの反響もそれなりにありました。その頃はまだ「医療プレミア」はまだ月に5本までは無料で読めていたのですが、現在は1本読むのも有料化されてしまっています。そこで、今回はそのときに述べたことを簡単にまとめてみたいと思います。

 まず、膀胱炎の前提として、原因のほとんどは細菌感染です。そして、次の2つが細菌感染の治療の原則です。

#1 細菌の種類を特定(または推定)し、重症度を判定する
#2 細菌の種類と重症度から抗菌薬の種類と投与量を決める

 ときどき「膀胱炎になったから抗生剤をください」とか、もっとひどい場合は「膀胱炎です。クラビットを5日分ください」という患者さんがいますが、そもそも膀胱炎かどうかは少なくとも尿を調べないと分かりませんし、細菌性膀胱炎が確定した場合も、上記の原則に従って抗菌薬を検討しなければなりません。

 今私は、「もっとひどい場合」とあえて失礼な言葉を使いましたが、このようなことを言い出す患者さんだけがおかしいのかといえば実はそうではありません。この患者さんの要望は、感染症の原理原則から完全に逸脱していますが、実はガイドラインに似たようなことが書いてあるのです。

 膀胱炎について書かれた日本のガイドラインとしてはいくつかあり、ここでは「医療プレミア」でも引き合いに出した日本化学療法学会のガイドライン標準医療情報センターのガイドライン、さらに日本産科婦人科学会のガイドラインを見てみたいと思います。

 どのガイドラインにも共通しているのは、抗菌薬にニューキノロン系と第3世代セフェム系(注2)が推奨されていることです。これらの2つには共に小さくない問題があります。ここではニューキノロンの問題をみていきます。

 まず、ニューキノロンというのは極めて強力な抗菌薬で安易に使ってはいけないものです。海外では、これらを使い過ぎた結果、薬剤耐性菌が多量に出現したことを反省し、現在はニューキノロンの使用は最重症例に限る方向にあります。英国ではニューキノロンの使用を控えることで耐性菌が減少したという報告もあります。

 米国泌尿器学会の提言では「合併症のない女性の膀胱炎に、安易にニューキノロンを使ってはいけない」とされています。「合併症」というのは、悪性腫瘍や未治療のHIV、重症の糖尿病といった「重症の病気」です。つまり、そういった重症の病気がない日ごろは健康な女性にニューキノロンは簡単に使ってはいけません、と警告しているわけです。

 これを受けて(かどうかは分かりませんが)日本化学療法学会のガイドラインにも「ニューキノロンは安易に使わない」と確かに書かれています。ですが、推奨する具体的な抗菌薬としてニューキノロンが書かれているのです! 問題はまだあります。ニューキノロンはそれだけ"強力な"抗菌薬(注3)ですから費用も高いのです。なかには1日あたり400円以上するものもあります。

 太融寺町谷口医院の診断と治療の話をしましょう。治療の話で言えば1日あたり数十円ですみます。これはペニシリン系、もしくは第一世代セフェム系を中心としているからです。もちろん安いという理由だけでこれらを処方しているわけではありません。先述した#1のように正確に診断することが不可欠です。

 そして、正確に診断するにはグラム染色をおこなえばいいのです。これにより細菌が大腸菌を代表とするグラム陰性桿菌なのか、ブドウ球菌などのグラム陽性球菌かが分かります。グラム染色の費用は3割負担で660円ほどです。しかも10分程度で結果が出ますし(当院を受診されたことのある方はお分かりだと思いますが)細菌と炎症細胞の様子をモニタで見てもらうことができます。

 つまり、単純な膀胱炎なら、グラム染色で原因の細菌と炎症の程度が簡単に分かり、そこから適切な抗菌薬の種類と量が簡単に推測できるわけです。これでほぼ100%治ります。発熱や背部痛などがあり重症化している場合はニューキノロンや点滴の抗菌薬を用いることもありますが、基本的には下腹部痛や残尿感だけならニューキノロンは不要です。要するに、日本のガイドラインが"過剰"なのです。私が考える膀胱炎の治療の1つめの「誤解」が「日本のガイドラインに従わねばならない」です。

 ちなみに、このグラム染色という方法は風邪(急性上気道炎)のときの抗菌薬の必要性を検討するときにも極めて有用ですし、怪我で皮膚に傷ができたときにもどのような細菌が感染したかを知る上で極めて便利です。私は医師になってから、このグラム染色の有用性を主張し続けています。ほとんどすべての医師が「それは有用だ」と同意はしてくれますが、残念ながらどこの医療機関でも実施しているわけではありません。その最大の理由はちょっと手間がかかる(といっても10分程度ですが)割に、保険点数が少ない(だから安い)からではないかと疑いたくなってきます。

 2つめの膀胱炎の治療に対する「誤解」は「薬局に相談する」です。私は常々、困ったことがあればいつでも相談してくださいと言っていますが、それと同時に、セルフメディケーションも勧めています。つまり、病院でなく薬局で相談するということも推奨しているのです。しかし、こと膀胱炎に関してはそのせいで重症化してしまうことがよくあります。巷には「ボーコ・・・」といったいかにも膀胱炎に効きそうな市販薬がありますが、これらは抗菌薬ではありません。こういった薬を飲んで医療機関受診が遅れて膀胱炎が重症化してしまうケースは決して少なくありません。この点は薬剤師に対し文句を言いたいところです。

 では今回のまとめです。

・膀胱炎のほとんどは細菌感染であり抗菌薬で治療する。したがって、薬局でなくかかりつけ医に相談する。(これを読んでいるあなたが薬局勤務の薬剤師なら、よほどの自信をもって細菌性が否定できなければ直ちに医療機関受診を勧めてください)

・膀胱炎が疑われれば、まずは細菌の種類と量を調べなければならない。

・細菌の種類と量を調べるには尿のグラム染色が最も有用。すぐに分かり、費用も安い。

・細菌の種類と量が分かれば適切な抗菌薬の種類と量が決められる。発熱や背部痛がなければほぼ100%安い抗菌薬で治療することができる。

・単純な膀胱炎で、日本のガイドラインで推奨されているニューキノロン(及び第3世代セフェム)が必要になることはほとんどない。

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注1:3週連続で下記のコラムを書いています。
2017年9月10日「日米でこんなに違う 膀胱炎の治療方針」
2017年9月17日「膀胱炎は"研修医レベル"の治療でOK?!」
2017年9月24日「膀胱炎治療にサプリや漢方がNGの理由」

注2:以前から「なぜ海外ではほとんど用いられない第3世代セフェムの内服抗菌薬が日本では多用されるのか」は多くの識者が指摘しています。私は「医療プレミア」(「第3世代セフェムはなぜ「乱発」されるのか」)で書いたことがあります。はっきり言うと、第3世代セフェムの内服抗菌薬はほとんど用がなくて、最近では一切の処方をやめる医療機関が増えてきています。

注3:ニューキノロン系の抗菌薬の代表が、クラビット、タリビット、シプロキサン、オゼックス、グレースビット、スオード、アベロックス、ジェニナックなど(すべて先発の商品名)です。