マンスリーレポート

2019年11月 医療者と他職種の「正直」はどう違うか

 前回のこのコラムでは「医師と他職種の共通点と相違点」について述べました。今回はその続きとして「医療者と他職種の「正直」の違い」について話したいと思います。このような話をする人は他に見当たりませんから、あまり他の人が考えない、あるいは考えても意味のないことを考えるのが私の"癖"なのかもしれません。

 まずは「正直」という言葉の意味を考えてみましょう。「正直」に似た言葉に「誠実」があります。基本的に「誠実」と「正直」はまったく異なる概念である、というのが私の考えです。分かりやすい例を挙げましょう。浮気をしたときにそれを包み隠さず伝えるのが「正直」で、浮気という裏切り行為を初めからしないのが「誠実」です。ですから、「誠実」は「正直」よりも"上"の概念、あるいは高貴な真実、もっといえばより重要な原則ということになります。「正直になる」よりも「誠実になる」方が人間にとって大切なことなのです。

 「浮気を伝える」というのは極端にネガティブな例であり「正直がよくない」ことを説明するには説得力に欠けるかもしれませんが、「正直がよくない」例は他にも多数あります。例えば、「とても疲れて帰宅したときに妻が高熱で寝込んでいることに気づき、今日は元気がありあまっていてご飯をつくりたい気分だ、と言って妻のためにお粥をつくる」、がそうです。他にも、「子供がまだ幼い時に、その子供の母親が不倫した男と駆け落ちして心中したことを隠して、お母さんは病気で死んだんだよ、と言う」とか「ホームパーティに呼ばれて食事をご馳走になったときに、料理が口に合わなくても美味しいと言う」というのもそうでしょう。私流の解釈として「正直」は「誠実」よりも"下"に位置します。

 仕事の場面で考えてみましょう。仕事においても「正直がよくないこともある」とかつての私は考えていました。私が初めて本格的に仕事をしたのは最初の大学生時代の旅行会社でのアルバイトです。このアルバイトを通して私自身がどれだけ成長できたかということについてはすでに何度か述べました。今回述べるのはそのアルバイトを通して私が「正直でない」行動をとっていたことです。今振り返ってみれば本当にそれでよかったのかという疑問が出てくるのですが、当時の私はそうすべきと思っていました。

 例えば「新人で何の実績もないのに経験者のフリをする」というのがあります。18歳の頃、生まれて初めてバスの添乗をしたときのことです。「初めてです」と正直に言えば、バスのドライバーからも旅行客からもなめられます。そこでベテラン添乗員のフリをするわけです。何を聞かれても自信たっぷりに答えるのです。もちろんこれをしようと思えば経験のある先輩たちから事前に話を聞いて何度もシュミレーションして望まなければなりませんが。

 ある離島のリゾート地で「グラスボート」(底が透明になっている小さな船)のチケットを売る仕事をしていたときのことも紹介しましょう。私自身はグラスボートになど乗ったことがないくせに「ものすごく感動しますよ! 僕が初めて乗ったときは興奮して眠れなかったんです! 昨日来たお客さんは全員チケットを買いましたよ!」などと「正直でないこと=嘘」を言っていました。

 これも過去に述べたように、私はひとつめの大学生時代にディスコでウエイターのアルバイトをしていたこともあります。この世界は経験が短いことがお客さんからなめられることにつながりますから、ベテランのフリをしなければなりません。仕事中にお客さんと話すことの大半は「正直でないこと=ハッタリ」でした。

 ひとつめの大学を卒業して会社員をしていた頃にも「正直でないこと」を何度も口にしていました。輸入品を全国に販売促進する仕事をしていたときは、「アメリカではすごく売れていて間違いなく日本でも流行りますよ」とか「もうリピートの注文がどんどん入っていてもうすぐ品切れになりますよ」とか、根拠のない「出まかせ」を言っていたわけです。

 こうやって過去の私が言ってきた「正直でないこと=嘘・ハッタリ・出まかせ」を振り返ってみると、なんだか自分がとんでもなくひどい人間のように思えてきますが、当時は何の罪悪感もないどころか、仕事というのはそうあるべきだ、と考えていました。実際、私のこのような方針というか"戦略"で失敗したエピソードは特にありません。いつも"成功"していたと言ってもいいと思います。

 では医師になってからはどうかというと、私が初めて本格的にこの問題を考えたのは研修医一年目の麻酔科の研修で、初めて麻酔をかけるときの患者さんへの説明でした。麻酔は安全な医療行為ではありますがアクシデントがないわけではありません。そんな医療行為を研修医1年目の者がおこなう、しかも麻酔をかけるのが初めて、となると患者さんは不安になるに違いありません。しかしこの場面で「嘘」を言うわけにはいきません。「正直に」自分は1年目の研修医であり麻酔をかけるのが初めてであることを伝えました。
 
 形成外科の研修時代、初めての手術をするときも「初めての手術です」と伝えました。その患者さんは「ということは先生(私のこと)は僕のことを一生忘れないですね!」と言いつつも、その直後に「他の先生もついてくれますよね......」と加えていましたからやはり不安に感じられたのでしょう。
 
 医療者が「正直」であるべきか否かという問題を最も真剣に考えなければならないのは「医療ミス」をしたときです。長い間医療行為をしていると誰でも「ミス」はします。絶対にミスをしてはいけないのが医療職という考えもありますが、長年医療行為をしていて一度もミスがないという医療者はいません。では、すべての医療者がミスをすれば直ちにそれを患者さんに伝えているかというとそういうわけではなさそうです。例えば医療事故があれば直ちにカルテを公開すべきですが、あとから書き換えたとか、裁判で新たな事実が分かったといった内容が報道されることがあります。

 私の個人的な意見は「医療者は(他職種とは異なり)常に正直であらねばならない」です。「見つからなければ黙っておいてもいい」という考えには反対です。以前、太融寺町谷口医院の患者さんに薬を誤って処方したことがありました。私のカルテへの薬の入力ミスはたまにあるのですが、ほとんどはそれをチェックする看護師が気づきます。

 ですが、そのときは見逃されており2週間後に患者さんが再診したときに気づきました。処方しようと考えた薬をクリックするときにリストのひとつ下の薬を押してしまい、似た名前の別の薬が処方され、既に飲み終わっていたのです。しかし患者さんの様態はよくなっています。黙っておいた方が余計な不安を与えない、という考えもあるかもしれませんが、私は正直に自分が薬の処方を間違えたことを伝えました。その時は「話してくれて感謝します」と言われましたが、その後この患者さんは受診していません。やはり誤薬が許せない、と考えられたのかもしれません。

 もうひとつ実例を紹介します。今度は当院の看護師の話です。ある日その看護師は注射の量を間違えて投与したことに気づきました。ただし、それは黙っていれば誰にも分からないことで、さらにその量の違いが患者さんに影響を与える可能性はほぼゼロです。医師に伝えず、患者さんに伝えることを考えない看護師もいると思います。私はその看護師からこの報告を受けたときに「このことを患者さんに伝えるべきだと思いますか?」と尋ねました。すると、その看護師は間髪おかずに「はい」と答え、すぐに患者さんに電話をかけて謝罪したのです。黙っておけば誰も気付かないことを上司である私に報告し、直ちに患者さんに電話で知らせるというその看護師の勇気と行動に私がどれだけ感動したか想像できるでしょうか。

 医師になるまでの私の考えが間違っていたのかどうかについては今も答えが出ていませんが、医療者にとっての「正直」は「誠実」と同じくらい重要な原則であることは間違いありません。