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2019年12月28日 テストステロン補充は心臓発作、脳卒中、血栓症のリスク

 ほとんどテレビを見ずSNSもやらない私は世間の"流行"に疎いのですが、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんからの質問で「今、何が流行っているのか」が分かることがあります。ここ1年間で受けた質問で多いのが「男性のテストステロン補充療法は有効か、そして安全か」というもので、なかにはすでに「他院で始めているが大丈夫か」というものもあります。

 テストステロン補充療法は、「中高齢の男性を"元気"にする。気分が晴れやかになり、勃起力も回復する!」という触れ込みで"以前は"海外で随分さかんにおこなわれていましたが、現在は"下火"になっています。米国の医療系ニュースサイト「HealthDay」によると、米国では2001年から2013年までにテストステロン補充療法の処方件数が300%以上増加したものの、FDA(米食品医薬品局)が「危険性」を警告したことがきっかけで、このブームは終息しています。危険性とは、テストステロン補充療法による心筋梗塞や脳卒中のリスク上昇です。

 そのFDAの「警告」は2014年1月31日に発表されました。ただちに全員が中止せよ、と言っているわけではありませんし、結論は避けたような表現をとっていますが、「テストステロン療法受けると脳卒中、心臓発作、および死亡のリスクが30%増加する」という結論の研究を引き合いに出して注意を促しています。

 しかしながら、先述の「HealthDay」によると、2016年の時点で全米でテストステロン補充療法を受けている30歳以上の男性は100万人を超えているそうです。

 テストステロンの危険性は心臓発作や脳卒中だけではありません。「HealthDay」の関連サイトで医師向けのサイト「Physician's Briefing」は、医学誌『JAMA Internal Medicine』2019年11月11日(オンライン版)に掲載された論文「性腺機能低下症のない男性におけるテストステロン補充療法と深部静脈血栓症の関係(Association of Testosterone Therapy With Risk of Venous Thromboembolism Among Men With and Without Hypogonadism)」を紹介し、テストステロン補充療法が深部静脈血栓症(DVT)のリスクであることを伝えています。

 この論文によると、性腺機能低下症がないテストステロン補充療法を受けていた男性が6か月以内にDVTを発症するリスクが2.32倍(性腺機能低下症の診断がついている男性は2.02倍)に上昇していました。

 このリスクは高齢者より中年男性で高いようです。同論文によると、65歳未満の男性ではリスクが2.99倍上昇するのに対し、65歳以上では1.68倍です。

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 テストステロン補充療法の普及について知り合いの泌尿器科医に聞いてみると、(安全性はともかく)効果は確実にあり一度注射するとやめられなくなる患者が多いそうです。危険性を繰り返し伝えても「責任は自分がとるから注射を続けてほしい」という希望も多いのだとか。

 我々は歴史から学ばなければなりません。女性ホルモン補充療法の有効性と安全性が調査された大規模研究WHI(Women's Health Initiative study)では、乳がんのリスクが当初予想されていたよりもはるかに高いことがわかり、当初の研究の終了予定を待たずに中止されたという経緯があります。もちろん、これが女性ホルモンがすべての人に使えないことを意味しているわけではありませんが、充分に慎重にならねばらないのは確実です。

 谷口医院の患者さんからの情報によると、テストステロン補充療法を勧める医師のなかには「テストステロン補充療法の効果は絶大で安全」とさかんに謳い勧め、なかには、自らがこの治療をおこない高齢で元気であることをアピールしている医師もいるとか。実際にこの治療を始めた40代前半の患者さんによると、「危険性の説明はまったくなかった」そうです。ちなみに、現在この患者さんは(私が危険性を説明したからなのか)この治療をやめています。そして、テストステロンレベルを自然に上げるために「運動」を開始し現在調子がいいと言います。