はやりの病気

第216回(2021年8月) 抗体医薬の登場で片頭痛の歴史が変るか?

 「抗体医薬」という言葉を聞く機会が増えていると思います。もともとは「がん」の領域で広がってきた言葉です。がん細胞の表面に現れた蛋白質(抗原)をピンポイントで狙い撃ちできるのが抗体医薬の特徴です。

 「抗体」という言葉自体からは、感染症、あるいはアレルギーの領域で出てくる「抗原・抗体反応」を思い浮かべる人の方が多いかもしれません(参考:メディカルエッセイ第69回(2008年10月)「「抗体」っていいもの?悪いもの?」)。「抗体」はいろんな場面で出てきますから、とてもややこしいわけですが、「基本」をおさえておけば苦手意識を持つ必要はありません。

 その「基本」とは「「抗体」と言われれば常に「抗原」が存在する」ということです。がんの抗体(医薬)であれば、がん細胞の表面の蛋白質が抗原になります。現在、「ロナプリーブ」と呼ばれる新型コロナウイルスの治療薬が注目されています。これも抗体医薬で、コロナウイルスの表面の蛋白質(抗原)を標的にしています。

 アレルギーでいえば、例えばスギ花粉の表面の蛋白質(抗原)に対して、あなたが「抗体」を作り出せば、抗原(スギ花粉)に結合(抗原抗体反応)し、様々な症状が出現します。関節リウマチや膠原病であれば、自分自身の一部を抗原とみなし抗体が形成され、抗原が抗体と結合(抗原抗体反応)することにより炎症が生じ、痛みが現れます。

 このように抗体には「いい抗体」も「悪い抗体」も、また「良くも悪くもない抗体」(例えばHIV抗体)などもあります。そして、今回お伝えするのが、片頭痛も抗体医薬で治療する時代がついに到来?という話です。

 片頭痛に有効な抗体とはどのようなもので、抗原はどこにあるのかを考えていくに際し、まず片頭痛のメカニズムをおさらいしておきましょう。

 片頭痛が起こる仕組みは「三叉神経・血管説」で説明されます。これは脳内にある三叉神経と呼ばれる神経がCGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)と呼ばれる物質を放出し、そのCGRPが、脳内に分布する血管の壁を構成する平滑筋細胞と呼ばれる細胞に取り込まれると、血管が拡張し、そのせいで血管内の蛋白質が血管外に漏れ出て、これが刺激となり神経に「炎症」が起こり痛みが誘発されるというわけです。

 ちょっとややこしいですね。今度は逆からみていきましょう。炎症というのは何やら「腫れている」という雰囲気を想像できると思います。この「腫れ」の原因が脳内を走行する血管から漏れ出た蛋白質による刺激です。血管から蛋白質が漏れ出すには血管が拡張する必要があり、そのためには、血管の壁(平滑筋と呼ばれる筋肉)が緩まなければなりません。血管壁を緩める合図となるのが、CGRPと呼ばれるペプチド(蛋白質のようなもの)です。そして、このCGRPは三叉神経の末端から放出され血管に向かってやって来て、血管を構成する平滑筋細胞の表面に存在するCGRP受容体に結合するというわけです。

 ということは、そもそもCGRPが三叉神経の末端から分泌されなければ片頭痛は起こらない、ということになります。そして、CGRPが分泌されるには、三叉神経の外に存在しているセロトニンと呼ばれる物質が、三叉神経の表面に存在する「セロトニン受容体」に結合する必要があります。もう一度まとめ直すと次のようになります。

・三叉神経の外に存在しているセロトニンが、三叉神経の表面にあるセロトニン受容体に結合する
  ↓
・すると、三叉神経の内部にあったCGRPと呼ばれる物質が外に放出される
  ↓
・CGRPは脳内の血管に近づいていき、血管の壁を構成する平滑筋の表面に存在するCGRP受容体に結合する
  ↓
・すると血管壁が緩んで血管が拡張する
  ↓
・血管内の一部の蛋白質が漏れ出てそれが刺激となり脳内に炎症が起こる

 なぜ抗体医薬が片頭痛に効くかを説明する前に、もうひとつ復習しておくべきことがあります。それは片頭痛の特効薬として使われる「トリプタン製剤」です。製品名でいえば、スマトリプタン(イミグラン)、リザトリプタン(マクサルト)、エレトリプタン(レルパックス)、ナラトリプタン(アマージ)などです。

 これらトリプタン製剤はセロトニンより先回りしてセロトニン受容体に結合することにより、セロトニンがセロトニン受容体にくっつけなくなり、そのためCGRPの分泌が阻止されるのです。トリプタン製剤は飲むタイミングが遅いと効果は半減します。これは、すでに多量のCGRPが放出されてからでは遅いからです。頭痛を感じたときにすぐに飲むのがトリプタン製剤の効果を最大限に引き出すコツです。

 ここでようやく抗体医薬の登場です。今年(2021年)になり、一気に次の3種もの抗体医薬が発売されました。

#1 ガルカネズマブ(商品名エムガルティ):1回約45,000円、月に1回の注射
#2 フレマネズマブ(商品名アジョビ):1回41,356円、月に1回の注射、または3倍量を3か月に1回注射
#3 エレヌマブ(商品名アイモビーグ):1回41,356円、月に1回の注射

 このうち#1のガルカネズマブと#2のガルカネズマブはCGRPに直接結合します。CGRPが抗原となり、抗原・抗体反応が起こるというわけです。一方、#3のエレヌマブはCGRPそのものではなく、血管平滑筋細胞の表面に存在するCGRP受容体に結合します。#1と#2は、CGRPとくっつくことでCGRPの形がかわり、CGRP受容体に結合できなくなります。#3はCGRPに先回りしてCGRP受容体にくっついて、CGRPを寄せ付けないというメカニズムです。

 さて、問題は費用です。上に述べたように、注射の費用だけで3割負担で月に13,000円ほどがかかります。これらを毎月(あるいは3か月に1回)注射することにより完全な予防ができればいいのですが、実際はどうなのでしょうか。治験ではいい成績が出ていますし、副作用もさほどないようですが100%完全に効くわけではありません。

 既存の片頭痛予防薬はどうでしょうか。比較的よく使われる予防薬はバルプロ酸(デパケン)、インデラル(プロプラノロール)、アミトリプチリン(トリプタノール)などです。これらも100%完全に効くわけではなく、なかには効果が乏しい人もいます。ですが、内服をきちんと続けていればほぼ100%防げる人も大勢います。

 当院の経験でいえば、既存の内服の片頭痛予防薬が効く人というのは、毎日同じ時間に飲める人です。ついでに言えば、毎日同じ時刻に起きて(これが最も大切!)、できるだけ同じ時刻に就寝することを心がけ、昼寝も極力しない(これも大切!)という生活習慣を確立できた人が大きく改善しています。

 新しい薬は発売後に何が起こるか分かりません。当院の患者さんのなかで、既存の予防薬に満足できない人は、抗体医薬の投与目的で専門病院への紹介を検討しますが(当院では今回紹介した抗体医薬を扱う予定はありません)、まずは生活習慣をもう一度見直し、既存の予防薬を適正に使用することが重要です。

 まちがっても、「規則正しい生活ができず同じ時刻に薬を飲めないから」、という理由で高価な抗体医薬に頼るべきではありません。