マンスリーレポート

2021年11月 「人に好かれる」よりも大切なこと

 「承認欲求」の話を書くと質問・相談のメールが増えます。それだけ世間の関心が高いテーマなのでしょう。私が一貫して主張しているのは「承認欲求など捨ててしまえばいい」ということです。こう書けば反論もたくさん届くわけですが、この世のすべての人から承認を得ることなどできるはずもなく、また求める必要もないわけです。

 では、私自身は「すべての人から嫌われてもいいのか?」と問われれば、そうは言っておらず、「自分にとって大切な人からはやはりその人からみて大切な人間になりたい」わけです。しかし、では「その大切な人のためにお前は何でもするのか?」と問われれば、そういうわけではありません。「それが身近な人や大切な人であったとしても他人に振り回されるべきではない」と考えています。

 ちょっと抽象的な話になってきましたからここで例を挙げましょう。

 それは私が医学部の学生の頃、あるイベント運営会社でアルバイトをしていたときの話です。

 そのアルバイトを始めて数か月がたったある日、その会社の社長から直接電話がかかってきました。

 「おう、谷口か。お前、かげで俺の悪口言うてるらしいな。俺はお前が思てるような人間やないんや。俺はな......」

 声のトーンがいつもの社長のそれとは異なっています。そして、延々「言い訳」のような話が続きました。もちろん、私はこの社長の悪口など言っていません。話をよく聞くと、社長は前日にアルバイトの女性と飲みに行き、そこでスタッフの話題となって、私が社長の悪口を言っていることになっていたようです。しかし、その悪口の内容がどうもおかしいのです。被害妄想的というか、それって悪口?、と言えるようなものでした。しかし、こういうときは理屈で反論してもいいことは一つもありません。「社長、僕は社長の悪口を言っていません。明日からまたよろしくお願いします」と言って電話を切りました。

 数日後、社長と飲みに行ったというそのアルバイトの女性と話す機会がありました。社長からの電話の話をすると、案の定「私は谷口君が社長の悪口を言ったなんて言っていない。なんであの社長、そんなふうに受け取るのかな......」とのことでした。

 この社長、学生時代に起業(今で言うスタートアップ)し、しっかりと利益を上げて大勢のアルバイトを雇用し人望もあります。話もおもしろく、人を惹きつける魅力があります。何もしなくても人が寄って来るようなタイプだと私は思っていました。それだけに、「自分が悪く言われているのではないか」と過剰な心配をしていることが奇妙に思えました。

 尊敬していた社長だっただけに、私としては「他人が何を言おうが自分は自分」という態度でいてほしかったのです。私が悪口を言ったというのは完全に誤解ですが、たとえ本当に悪口を言ったとしても「谷口が何を言おうが放っておけ」くらいの態度をとってほしかった......、と今も思っています。

 続いて当院の患者さんの話をしましょう。ただし、プライバシー保護の観点から詳細にはアレンジを加えていることをお断りしておきます。

 その女性は現在28歳。派遣会社経由でコールセンターに努めています。関西の私立大学を卒業した後、いったん大企業に入りましたが、1年もしないうちに退職し、その後は転々としています。幼少時から勉強はよくでき、いつも優秀な成績をおさめており、学生の頃はどんなアルバイトをしても仕事ができていつも重宝されていました。おまけに人あたりも良く、さらに容姿も端麗。周囲からは「理想の女性」とみられています。

 そんな彼女がなぜ仕事を続けられないのか。この答えは彼女自身が分かっていました。それは「男性」です。彼女は「恋愛依存症」なのです。恋愛依存症という正式な病名はありませんが、交際相手に依存してしまい、世の中の何もかもがその男性を中心に回り始め、やがて日常生活にも影響が出てきます。こうなると、その男性が電話に出なかっただけでパニックになり、それだけで会社に行けなくなるのです。

 この女性、たしかにメンタルが脆弱なところがあるのですが、うつ病や不安症と呼べるほどではありません。谷口医院を受診したきっかけは不眠と抑うつ感でしたが、薬は使うべきでないと私は判断しました。問診を繰り返しているうちに、どうやらパートナーとの関係がうまくいっているときは何もかもが調子よくなり、そうでないときに症状が出てくることが分かりました。

 しかし、24時間相手のことを考えて日に何度も電話で愛を語り合うようなハネムーン期はたいてい数か月で変化を迎えます。情熱が冷めたわけではなくても、数時間電話に出られないことくらいあるでしょう。しかし、彼女にとっては、それが「まるで世界を失ったかのような感覚」になってしまいます。毎日何十回の電話やLINEがなければ愛を確認できないのです。

 さて、この女性は「異常」でしょうか。私は女性からこの話を聞いたとき、以前あるタイ人女性と交わした会話を思い出しました。当時の私はタイ語を勉強していて、教材として使っていたあるタイポップスの歌詞のなかに「何十回と電話しているのになぜあなたは出てくれないの?」という歌詞がありました。私は、そのタイ女性に「何十回も電話されると冷めるよね」ということを言うと、その場の空気が白けてしまいました。そのタイ人から「これが女心なの。あなたは冷たい人ね」と言われてしまいました......。

 その後、韓国人女性と交際したことがあるという日本人男性にこの話をすると、まさにこのことを経験したと言われました。交際時にはその韓国女性から毎日何十回と電話がかかってきたというのです。電話に出なければ激怒されたそうです。また、韓国人男性と付き合ったことのあるという日本人女性に聞いてみたときに、やはり同じことを経験したと教えてくれました。韓国では好きな相手への愛情を示すために日に何十回も電話することが珍しくないようです。

 では、仕事が長続きしない先述の女性は韓国やタイなどアジアに行けばうまくやっていけるのでしょうか。私の答えは「NO」です。

 話をタイ人女性との会話に戻します。「冷たい人ね」と言われた後、私が「電話に出ない男との関係はどうなるの?」と尋ねてみると、「また新しい男を探す」という答えが返ってきました。要するに、電話にも出てくれないような男にはさっさと見切りをつけて新しい男を探せばいい、と考えているのです。

 恋愛依存の女性とタイ女性(や韓国人)の違いはどこにあるか分かるでしょうか。それは、タイ女性は男性に依存していないことです。一時的に依存したとしても「この男は信用できない」と思えばさっさと捨ててしまう強かさを持っています。

 他方、谷口医院の患者さんは、すでにその男性が女性にとってのすべてになってしまっていて「男性が自分の思い通りにならない=世界を失うこと」なのです。もちろん、タイ女性のなかにも恋愛依存症の女性はいます。(元)交際相手のペニスを切断、という事件がタイのローカル紙にときどき報道されますが、タイ人にとっては「またか」という感じで新鮮味がないようです。そういえば、日本人女性にも阿部定という、愛した男性を殺害し切断したペニスを持ったまま逃亡していた女性がいましたが......。

 今回の話をまとめましょう。まず繰り返しますが、赤の他人からの承認欲求は初めから持たないのが一番です。一方、あなたにとって大切な人からの承認を求めるのは当然ですが、行き過ぎた承認欲求はときにあなたの人生を狂わせます。あなたにとって大切な人がどのような言動をとろうが、あなた自身が<変わらざる自身>を持ち続けることが大切なのです。