はやりの病気

第223回(2022年3月) GLP-1ダイエットが危険な理由

 「GLP-1ダイエット」が大流行しています。薬剤を使ったダイエットがかつてこれほど流行ったことはおそらくありません。そして、有効性が高く、また安全性も"一応は"高いのです。実際、有効性・安全性に関したエビデンス(医学的確証)も集まってきています。

 しかし、このダイエットを批判する声も次第に強くなってきています。後述するように日本医師会の副会長はかなり厳しい言葉を使ってこのダイエットを非難しています。では、「やせたい」と考えている人は今後このダイエット法を実践してもいいのでしょうか。今回は、GLP-1ダイエットの有効性と危険性をまとめてみたいと思います。

 まずは歴史と作用機序を簡単に振り返っておきます。

 GLP-1は消化管(胃腸)から分泌されるホルモンの名前で、発見されたのは比較的新しく1983年です。炭水化物を摂取すると分泌され、膵臓のランゲルハンス島β細胞に作用してインスリンを分泌。その結果、血糖値が下がります。ですからGLP-1がきちんと分泌されていれば糖尿病を防ぐことができます。

 「GLP-1ダイエット」と呼ばれていますが、この表現は正確ではありません。なぜならGLP-1とは上述したように、ヒトが分泌するホルモンの名前だからです。「GLP-1ダイエット」という言葉のなかの「GLP-1」は正確には「GLP-1受容体作動薬」を指します。つまり、GLP-1と同じように作用する薬の名前が「GLP-1受容体作動薬」であり、元々この薬は「インスリンを分泌する」わけですから糖尿病の薬です。というより、今も糖尿病の薬です。

 しかし、単にインスリンを分泌するだけではなく、GLP-1作動薬には食欲抑制効果があります。さらに、中性脂肪が吸収されるのを防ぐ効果もあります。さらに......、という説明を続けると難しくなってきますから、これ以上の説明はやめておきます。ここまでをまとめると、「GLP-1作動薬は糖尿病の薬でインスリン分泌を促す。食欲も低下するからダイエットにつながる。正確にはこのダイエットは、<GLP-1受容体作動薬を使って食欲低下をもたらせるダイエット>とでも言うべきだが、一般に<GLP-1ダイエット>という名前で呼ばれている」ということになります。ここからは「GLP-1ダイエット」で通します。

 さて、実際にGLP-1ダイエットはどれくらいの人が成功するのでしょうか。これには複数の信頼性の高い研究があります。ここでは比較的最近発表された論文を紹介しておきます。

 医学誌「BMJ Open Diabetes Research & Care」2022年1月号に掲載された論文「GLP-1受容体作動薬を用いた英国の2型糖尿病患者の体重変化、服薬遵守、中止について(Real-world weight change, adherence, and discontinuation among patients with type 2 diabetes initiating glucagon-like peptide-1 receptor agonists in the UK)」です。

 研究の対象者は589人。56.4%が女性で、年齢の中央値は54歳。BMI(体重(kg)の2乗/身長(cm))の中央値は41.2(身長170cmなら119kg)です。GLP-1ダイエットを開始し、1年間が経過した時点で「5%以上の減量」を達成したのは3人に1人(33.4%)、2年が経過した時点では43.5%でした。

 1年続ければ3人に1人以上が、2年続ければ4割以上が「5%以上の減量」に成功、しかも重篤な副作用がほとんどなし、というのですからこれはかつてない有用なダイエット法です。実際、海外ではすでに大勢の肥満の人たちがこの薬の恩恵にあずかり、減量に成功しているのです。

 では、このダイエットの何が問題なのでしょう。1つは「現時点で保険適用がない」ことです。GLP-1受容体作動薬は非常に高価な薬です。例えば自己注射型のビクトーザは標準的な使用量では1回0.9mgを1日1回注射します。注射剤は1本18mgで薬価は10,359円(税抜き)です。ということは1本で20日分、費用は少なくとも15,000円くらいにはなるでしょう。尚、注射型のGLP-1受容体作動薬は、ビクトーザの他に、バイエッタ(1日2回)、リキスミア(1日1回)、トルリシティ(週1回)、ビデュリオン(週1回、2022年2月販売中止)、オゼンピック(週1回)、サクセンダ(1日1回)(日本未発売で輸入品のみ、ビクトーザと同じもの)(いずれも商品名)があります。

 GLP-1受容体作動薬には飲み薬も1つだけあります。リベルサス(商品名)という内服薬で、標準的な使い方は1日1錠(7mg)で、薬価は1錠334.2円(税抜き)です。自費で購入するには最低でも1錠500円くらいにはなるでしょう。

 つまり、注射にしても内服にしても最低でも月に15,000円くらいはかかるのです。ただ、「この程度の値段ならやってみたい」と考える人も少なくないでしょう。今までどんな方法でも成功しなかったダイエットが、月に15,000円でかなり高い効果が期待できて、安全性も問題ないのなら始めたいという人は大勢いるに違いありません。

 では、費用を納得して始めることの何が問題なのでしょうか。

 2022年3月2日、日本医師会の今村聡副会長が記者会見を行い、GLP-1ダイエットを実施している医療機関が増加していることを問題視しました。同副会長は「医の倫理に反する」という言葉を使い、さらに「医師が医療機関の名の下に、このような状態に関与していることは同じ医師として大変遺憾に感じている」と憤りを隠さなかったと報道されています。

 実は、今村副会長は2020年6月にも同じような記者会見を開き、これは医師会のウェブサイトにも掲載されています。このときにもやはり「医の倫理に反する」と同じ表現を使っています。

 「医の倫理に反する」というこの言葉、かなりきつい表現です。これを言われた側は、「もうお前は医師じゃない」と宣告されたようなものです。では、なぜ医師会の副会長がこれほどまで尋常でない言葉を使って非難するのでしょうか。それは、一部の医療機関が金儲け主義に走っているからです。いまや美容外科のクリニックはほぼ例外なくGLP-1ダイエットに手を出しているといっていいでしょう。さらに、一部の糖尿病専門医も手を出しているようで(と、太融寺町谷口医院の患者さんが話していました。大阪にあるようです)、今村副会長の面目は丸つぶれです。

 しかし、「医療機関が金儲けをしようがやせたい患者も幸せになれるのならそれでいいではないか」という意見もあります。もしもあなたがこのように感じたとすれば、実際の患者さん(というよりは"被害者"と呼んだ方がいいでしょう)を見れば必ず考えが変わります。

 谷口医院に花粉症の治療目的でやってきたある初診の患者さん(30代女性)が美容クリニックでGLP-1ダイエットの処方を受けていることが分かりました。しかし、この女性、肥満どころか異常なほどやせています。ピンときたために詳しく問診してみると、案の定でした。この女性、重度の摂食障害(拒食症)があり、もともと標準体重よりも少ないのです。そこにGLP-1ダイエットを始めたために病的なやせ方をしています。ですが、本人はそれでもまだ太っていると思い込み、さらなる減量を目指すためにGLP-1ダイエットはやめられないと言います。

 今に始まったことではありませんが、一部の美容クリニックはもう無茶苦茶です。「医の倫理」など考えたこともないに違いありません。

 医師会副会長が憤りを隠さずに表明したように現状を放置していいはずがありません。ではどうすればいいか。答えは簡単です。まず肥満を病気と認めて(これはすでに認められています)、GLP-1ダイエットは、例えばBMI30以上を対象とし、そして保険適用とし、保険適用外の自費診療を禁止するのです。禁止にする法律をつくることはできなくても、患者を登録制として、登録がなければ製薬会社が販売しない方針をとれば事実上の禁止にすることはできます。個人輸入という抜け道は残りますが、税関での審査を厳しくすればある程度は解決します。

 「医の倫理」などとうに失われている現実に目を向けなければなりません。規則を厳しくすることでしか薬のまともな処方ひとつできないのが現在の日本の医師の実情というわけです。