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2022年4月10日 日本人の薬物乱用頭痛の実態

 「あなたは薬物乱用頭痛です」などと言うと、たいていの患者さんは驚くか、ムッとするために私自身はあまりこの言葉を使わないのですが、「薬物乱用頭痛」はかなり多い頭痛です。

 この病気に誤解が多いのは「薬物乱用」という表現が入っているからで、あたかも「違法薬物のユーザー」と言われたような印象を持ってしまうからでしょう。薬物乱用頭痛の「薬物」とは違法薬物ではなく、処方された鎮痛薬や市販の鎮痛薬を飲み過ぎたことによって生じる頭痛のことです。

 ただし、麻薬(オピオイド)の摂取のし過ぎでも起こり得るので、その場合はたしかに「違法薬物による薬物乱用頭痛」ということになります。とはいえ、日本では大麻や覚醒剤に比べると麻薬はほとんど出回っていませんから、日本人では麻薬という違法薬物による薬物乱用頭痛は極めて稀だと思います。

 このように誤解が多いために、私は以前から薬物乱用頭痛でなく「鎮痛薬乱用頭痛」と呼ぶことを(勝手に)提唱しているのですが、誰も話を聞いてくれないので、診察室では「痛み止めを飲み過ぎて起こる頭痛」と、そのままの病名を告知しています。最近は英語のMedication Overuse Headacheの頭文字をとった「MOH」が使われることもありますが、まだまだ人口に膾炙しているとはいえません。とはいえ、病名を決めないと話が前に進まないので、ここからはMOHとします。

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんで言えば、最も多い頭痛は「初診時の訴えが頭痛の人」のランキングで言えば片頭痛が第1位です。一方、患者さん全体でいえば筋緊張性頭痛が第1位となります。これは、筋緊張性頭痛は軽症であることから、わざわざこの目的で受診する人が少ないからで、何度か(別のことで)受診している間に頭痛の相談もされるようになります。

 さて、MOH(ここからは薬物乱用頭痛とは呼びません)について。谷口医院の患者さん全体では1位の筋緊張性頭痛、2位の片頭痛に次いで第3位です。けっこう多いのです。男女比は2:8くらいで圧倒的に女性が多いのが特徴、年齢は10代から80代まで様々です。

 医学誌「Neurological Sciences」2022年1月19日号に「糸魚川市における薬物乱用頭痛の有病率に関するアンケート調査(Questionnaire-based survey on the prevalence of medication-overuse headache in Japanese one city - Itoigawa study)」という論文が掲載されました。新潟県糸魚川市でMOHに関するアンケート調査が実施されたのです。

 対象者は糸魚川市の15~64歳の住民5,865人。MOHの定義としては、「1ヵ月当たり15回以上の頭痛及び過去3ヵ月間で1ヵ月当たり10日または15日以上の鎮痛薬の使用」とされました。

 結果は次の通りです。

・MOHの有病率は2.32%(136人/5,865人)
・女性が80.8%
・年齢層で最多が40~44歳で5.28%
・乱用されていたのは市販(OTC)の鎮痛薬及び処方薬で、処方薬はロキソプロフェンとアセトアミノフェンが多かった。
・頭痛の予防薬を使用していたのは7.35%のみだった。

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 8割が女性というのは、谷口医院での実態とピッタリ一致します。論文からは市販の鎮痛薬の名称が分からないのですが、谷口医院の患者さんで言えば圧倒的に多いのが「イブ」「リングルアイビー」「バファリンルナ」、そして、悪名高き「ナロンエース」など、イブプロフェンを主成分とする鎮痛薬です。

 MOHでよくある誤解を2つ紹介しておきます。1つは「アセトアミノフェンは副作用が少ない」という誤解です。たしかに、カロナールを代表とするアセトアミノフェンは妊娠中の女性にも、新生児にも使うことがあり、さらに胃腸や腎臓への副作用が少ないことからイブプロフェンやロキソプロフェンに比べると安全な鎮痛薬といえます。ですが、MOHは比較的簡単に起こりえます。

 もう1つは「トリプタン製剤ならMOHが起こらない」という誤解です。ときどき「MOHが怖いからトリプタン製剤を使いたい」と言う人がいますが、トリプタン製剤でもMOHは起こります。ただ、トリプタン製剤は月あたりの処方量が保険診療のルール上制限されているために、入手しようと思っても(ドクターショッピングをしない限りは)困難で、実際にはあまり多くありません。

 MOHを疑ったときは、というより鎮痛薬の使用が増えてきているのなら早めにかかりつけ医に相談しましょう。場合によっては予防薬の検討が必要かもしれません。

 最後に、日本人の頭痛に関する最も重要な問題を改めて強調しておきます。それは「ブロモバレリル尿素には絶対に手を出してはいけない」ということです。(麻薬を除けば)すべての鎮痛薬で最も依存しやすいのがこの劇薬です。処方薬でこんな危険な薬剤は存在しませんが、薬局では簡単に手に入ります。その代表が「ナロンエース」なのです。

参考:
日経メディカル:谷口恭の「梅田のGPがどうしても伝えたいこと」2020年6月30日
「悪名高いOTC鎮痛薬、販売継続の謎」
メディカルエッセイ第97回(2011年2月)「鎮痛剤を上手に使う方法」