はやりの病気

第234回(2023年2月) アルコール飲料は「百害あって一利なし」か

 「アルコールは大量に飲みすぎると身体を害するけれど、少量ならむしろ健康増進に役立つ」と昔から言われてきました。実際、それを示した研究もいくつかあります。

 しかし、ここ数年、「どうもそれは違うのではないか。飲酒は百薬の長どころか、百害あって一利なしではないか」という意見が増えてきています。そこで今回は比較的新しくて信ぴょう性が高いと思われるいくつかの研究を紹介し、いったい飲酒は身体に良いのか悪いのかを改めて考えてみたいと思います。

 まず、日本人を対象に「飲酒が身体によい」と結論付けられた代表的な研究を紹介しましょう。2004年に医学誌「British Journal of Cancer」に発表された「総がんリスクに対する飲酒の影響:日本における大規模集団研究(Impact of alcohol drinking on total cancer risk: data from a large-scale population-based cohort study in Japan)」です。

 この研究の結論は「男性では機会飲酒者(occasional drinkers)のがんの発生率が最も低い」とされています。論文をきちんと読むと、機会飲酒者のがんの発生リスクを1.00とすればまったく飲まない人のリスクは1.10。つまり、「まったく飲まない人はときどき飲む人に比べて発がんリスクが1割高い」となります。これだけを言われればちょっとくらいは飲んだ方が身体に良さそうです。ビール酒造組合のウェブサイトにもこの論文が紹介されています。

 では、もう少し詳しくこの論文をみてみましょう。機会飲酒者に対して定期的飲酒者(regular drinkers)のデータを紹介します。機会飲酒者のリスクをゼロとすると定期的飲酒者の週あたりのアルコールの量とがん発生率は次のようになっています。

               発がんリスク      缶ビール350mL換算
アルコール1~149g/週      1.18         10本/週
アルコール150~299g/週     1.17         10~21本/週
アルコール300~449g/週     1.43         21~32本/週
アルコール450g以上/週       1.61         32本以上

 これをみれば、ビールのロング缶(500mL)を1日1本程度飲めば、機会飲酒者に比べて18%発がんリスクが上昇することが分かります。ところで、ロング缶(または中瓶)1本と聞けば、なんとなく「少量」という気がしないでしょうか。ところが、この量でもリスクがこれだけ上昇しているのです。ということは「酒は百薬の長」が事実だったとしても、その「量」は「350mLの缶ビール1日1本以下」となるわけです。

 このように論文を読むと、上述したビール酒造組合のウェブサイトに書かれていることがひっかかります。このサイトは、「一日にビールに換算して、350mL缶で2、3本程度のお酒を飲む人が、最も心臓血管疾患のリスクが低い」と書いて、その次にこの日本人を対象としたがんのリスクの研究の論文を紹介しているのです。

 素直に読めば、ビール1日350mL缶2、3本が日本人のがんのリスクを下げるかのような印象をもってしまいます。余程注意深く読まなければ「缶ビール毎日3本くらいがちょうどいい」と錯覚してしまいます。同組合がわざと誤解させるようにウェブサイトを構成している、と感じるのは私だけではないでしょう。

 尚、日本人を対象としたこの研究では女性のデータはありません。また、「ビール(及び他のアルコール飲料)にどの程度のアルコール(g)が含まれているか」は厚労省のサイトが参考になります。

 冒頭で述べたように、最近アルコールは少量でも有害であるとする研究が増えています。2023年1月18日のNew York Timesは最近(2023年1月)に新たに発表されたカナダのガイドラインを取り上げています。

 このガイドラインの5ページは少々衝撃的です。イラストをみれば一目瞭然で「お酒はまったく飲まないのが一番いい」のです。缶ビール1本でも健康上有害だというのです。

 ではカナダ政府が気を衒ったことを言い始めただけで世界の潮流は依然「少量なら健康に良い」なのでしょうか。"残念ながら"そうではありません。2023年1月4日、WHO(世界保健機関)は「我々の健康にとって安全なレベルのアルコール消費はない(No level of alcohol consumption is safe for our health)」という声明を発表しました。上述のカナダのガイドラインもWHOのこの発表の影響を受けてのものだと推測されます。WHOの主張をまとめてみます。

・アルコールは少なくとも7種類のがんの原因となる。
注:WHOのこのサイトには7つの詳細を書いていませんが、これは口腔咽頭がん、喉頭がん、食道がん、肝臓がん、大腸がん、直腸がん、乳がんの7つで、2016年に医学誌「Addiction」に掲載された論文が示しています。

・欧州地域におけるすべてのアルコールに起因するがんの半分は「軽度」および「中等度」のアルコール消費が原因。具体的には、ワインなら週に750mLのボトル2本未満、缶ビールなら500mLを1日1本。

・そもそもアルコールは「グループ1」の発がん物質。グループ1にカテゴライズされている他の代表的な物質は、アスベスト、放射線、タバコ。

 なんとも衝撃的な発表です。他の論文もみてみましょう。医学誌「Nature Communications」2022年3月4日号に掲載された論文「英国人におけるアルコール消費量と灰白質および白質量との関連(Associations between alcohol consumption and gray and white matter volumes in the UK Biobank)」によると、「1日平均1~2単位のアルコールでも脳が委縮」します。これは英国のバイオバンクと呼ばれるデータベースに登録されている36,678人の健康な中高年を対象とした調査で、英国のアルコール1単位は(米国やカナダと異なり)8gですからまさにワイン1杯、もしくはビールコップ1杯程度です。

 アルコールが引き起こすのはがん、心疾患、脳委縮などだけではありません。科学誌「Science News」2022年11月4日の記事「米国のアルコールによる死亡率は、パンデミックの最初の年に急激に上昇した(The U.S.'s alcohol-induced death rate rose sharply in the pandemic's first year)」に、分かりやすいグラフが掲載されています。米国では過去20年にわたりアルコールによる死亡者が増加しており、2019年から2020年にかけては人口100,000人あたり10.4人から13.1人へと26%も上昇しています。増加した最大の原因は新型コロナウイルスですが、問題はウイルスそのものではなくストレス下で飲酒に走る人があまりにも多いことです。

 アルコールが自殺者を増やすというデータもあります。医学誌「Journal of Addictive Diseases」2020年3月14日号に掲載された論文「アルコール使用と自殺のリスク:系統的レビューとメタ分析(Alcohol use and risk of suicide: a systematic review and Meta-analysis)」によると、アルコール摂取により自殺のリスクが全体で65%(男性56%、女性40%)上昇します。

 死亡だけではありません。日本人を対象とした研究ではアルコール消費が白内障のリスクを上昇させます。

 こうして新しい研究をたどってみると、どうやらアルコールは「百害あって一利なし」と考えるべきなのかもしれません。ただし、アルコールが健康に良いとする研究もないわけではありません。医学誌「Pain」2022年2月号に掲載された論文「片頭痛とアルコール、コーヒー、および喫煙の関係(Alcohol, coffee consumption, and smoking in relation to migraine: a bidirectional Mendelian randomization study)」によると、アルコール摂取で片頭痛のリスクが46%下がります。ただし、当院の経験でいえば、片頭痛の患者さんの何割かは飲酒で悪化しています。

 もうひとつアルコールが健康にいいとする研究を紹介しましょう。日本人を対象とした研究で医学誌「BMC Geriatrics」2022年2月28日号に掲載された論文「飲酒で高齢者の認知機能が上昇する(Alcohol drinking patterns have a positive association with cognitive function among older people: a cross-sectional study)」です。この研究によれば、「ワインの機会飲酒をしている75歳以上の日本人は認知機能が向上」します。驚くべき結果です。

 飲酒が健康に良いとする
このような研究もあるものの、WHOの発表やカナダのガイドラインなどを見る限り、アルコール摂取は従来考えられていたような「百薬の長」とはもはや呼べなさそうです。これからのアルコールとの付き合い方、見直した方がいいかもしれません。