マンスリーレポート

2023年3月 閉院でなく「移転」は可能か?~続編~

 前回のマンスリーレポートでお伝えしたように、「完全閉院」を決め、1月4日にそれを公表したところ、あまりにも多くの患者さんから「それは困ります」と言われ、涙を流され、「やめないでください」と強く訴えかけられるにつれ、私の心は揺らいでいきました。もう一度、物件を探して新たな土地での新規開業を考えるようになりました。

 といっても、これまでの経験から判断して適当な物件がそう簡単に見つかるとは思えません。なにしろ、1年半前に新たな地を探し始めたその当時から去年の年末まで、たくさんのビルから「コロナを診るなら貸せない」と言われ続けてきたのです。首尾よく「貸せますよ」と言われても、高い階なら入居すべきではありません。

 貸主のリスク意識が高くなかったとしても、我々はビル内での感染を防がねばなりません。発熱の患者さんがエレベータに乗って、クリニックが入居している高いフロアに到着するまでに途中の階で止まり他人が乗ってくればリスクが生まれます。よって、クリニックの物件は高くても4階(現在の谷口医院は4階で、エレベータの中で咳をするおそれがある患者さんには階段を利用してもらっています)、できれば3階以下で探すべきです。

 同じフロアに事業所がいくつもあり、トイレが共用という場合も嫌がられます。あるビルからは、露骨に「患者に共用トイレを使わさんといてくれ」と言われました。こんなビルを借りればトラブルが生じるのは目に見えています。

 1階にテナント募集が出ていて、上の階は一般のマンションという物件もいくつかあったのですが、新型コロナウイルスが重症化したり、別の感染性・致死率が高い感染症が蔓延したりすれば、住人から何を言われるか分かりません。

 そうすると残る選択肢は、#1医療モールに入居する、#2ビル一棟まるごと借りる、#3ビル一棟まるごと買う、#4土地を買って建物を建てる、#5比較的小さいビルで入居者全員の理解がある、の5つのなかから考えることになります。

 #3、#4はかなり高くつきますが、この2ヶ月の「やめないでください」という多くの患者さんからの声を聞き、私は、残りの人生を現在診ている患者さんたちに捧げる覚悟を決めました。よって、全財産をなげうって、さらに可能な限りの借り入れをすればなんとかなると考えています。

 偶然にも、そのような決心をした直後、不動産業を営むある患者さんから「近くに売り物件が出ました!」と早朝に電話がかかってきました。地図で場所を確かめると、立地条件は申し分なく、広さも手ごろです。ワンフロアの面積は狭いですが5階まで使えば充分な広さです。値段はけっこうな額ですが、生涯を賭すると腹をくくるなら契約できない金額ではないでしょう。

 その患者さんは仕事が早く、「すぐにでも見に来てください」と言います。偶然にも翌日は当院が休診の木曜日。これは運命かもしれません。期待に胸を膨らませ、「明日行きます!」と即答しました。そして物件を見に行きました。予想よりもきれいで申し分ありません。1階は「発熱外来専用」にできそう。地下にはレントゲンを置いて......、とビジョンが目に浮かびます。クリニックとして充分使えます。

 ところが、この物件には"落とし穴"がありました。「検査済証」がないのです。不動産の検査済証とは、その建築物が建築基準関係の規定に違反していないことを証明する書類のことで、これがなければ医療機関を開業できない、という法律があるわけではないのですが、関係者の話によれば「医療機関が検査済証がない物件を使うのは不適切」だそうで、結局この話はなくなりました。

 この一戸建て物件の話をもらう少し前、1年半前に断られた医療モールに性懲りもなくもう一度お願いしてみました。1年半前のその当時も、医療モール自体は「歓迎します」と言ってくれていたのですが、モールに入っている一部の医療機関が「反対」しているとのことで、当院は拒否されたのです。

 反対の理由は「当院がそこに入ると競合するから」だそうです。当院としては、患者数を増やすつもりはありませんし、まして、今そこに通っている患者さんを「奪おう」などとは毛頭思っていません。というより、谷口医院は2007年のオープン時から「他で診てもらえなかった人」を中心に診ています。宣伝なども一切したことがありません。そもそも医療機関は営利団体でなく、サービス業のように「顧客確保」などは一切考えません。少なくとも私自身は谷口医院での過去16年間、「できるだけ医療機関に来なくていいように」という視点から治療をしてきました。

 そして、1年半が経過した今、やはり入居しているクリニックが反対しているという理由で断られてしまいました。もしも、私が逆の立場なら、「そうか。谷口医院は1年半探してどこも見つからず閉院しかないのか。ならば、うちに入ってもらえばいいではないか」と考えますが、こういうものの見方自体が甘いようです。

 詳細は省略しますが、1年半にわたり物件を探してよく分かったことのひとつが、医療モールでなくても「近くに医療機関がくると患者を奪われるからという理由で嫌がる医師」がそれなりにいることです。私なら近くに医療機関ができれば、何科のクリニックであっても「協力できる」と考え歓迎するのですが......。

 以前、ある医師とこの話をしたとき、「では、あなたはあなたと同じ総合診療のクリニックが近くにできてもいいのですか?」と尋ねられたことがあります。もちろん私の答えは「歓迎する」です。そもそも世間は絶対的な医師不足です。2020年は「発熱がありコロナかもしれないのにどこも診てくれない」、2021年は「コロナ後遺症なのにどこも診てくれない」、2022年は「ワクチンで後遺症がでたのにどこも診てくれない」という患者さんがどれだけいたか......。

 医療者のなかには「すでに医師は過剰、クリニックも過剰」と考える者がいますが、実際は「いいかかりつけ医が見つからずに困っている」という人はものすごくたくさんいます。「そういう人の力になりたい」といえば格好をつけたような表現に聞こえますが、私はそういう思いに抗うことができず、大学病院に籍を置きながら2007年に開業に踏み切りました。当時は医師になってまだ5年目の終わりごろでしたから、開業するには随分と早い段階でした。ですが、「どこに行っていいか分からない」「どこを受診してもイヤな思いしかなかった」という人の力になりたいという思いが私を支配して離れないのです。

 その思いをはっきりと感じたのが、研修医1年目の夏、タイのエイズホスピスにボランティアに行ったときでした。HIV陽性というだけで医療機関から受診拒否されて行き場をなくした人たちをみていると、「こんなこと絶対に許してはいけない!」という強い気持ちが心底から湧いてきました。その後も私のこの思いは変わっておらず、「医療機関から拒否された」「医師から見放された」という人たちを(おせっかいかもしれませんが)どうしても放っておけないのです。

 さて、現時点の最新情報。まだ、新しい移転先は決まっておらず、今も新しい物件を見に行っている段階ですが、「ここならやっていけるだろう」というところがチラホラ見つかっています。「どこからどうみても完璧」というところはないのですが、それでも「充分にクリニックとしてオープンできるだろう」、という物件は複数見つかりました。

 もちろん契約するまでは安心できません。2006年のコラム「天国から地獄へ」で述べたように、太融寺町谷口医院の場所を見つける前に、西区北堀江の四ツ橋筋に面した申し分のない物件をみつけ、ビルのオーナーと仮契約書まで交わしていたのに、最終的に入れなかったというとても苦い経験があります。このときも、そのビルの別のフロアに入っている医療機関から反対されて、その医師が「谷口の入居を許すな!」とビルのオーナーを説き伏せて仮契約書が破棄されてしまったのです。

 なぜ、医師は他人をこんなにも拒否するのでしょう。競合するからという理由で(私は「競合」ではなく「協力」を考えているのに)他の医師が近くで診療することを拒否し、コロナが流行れば発熱患者の診察を拒否し、後遺症もワクチン後遺症も診ないという医師があまりにも多いこの現実......。「医師はすでに過剰で患者を集める工夫をしなければならない」と考えている医師がいう「患者」とは「その医師にとって都合のいい患者」に他なりません。

 なんとか新しい開業場所をみつけ、これまでの診療を続けていくつもりです。次回のマンスリーレポートでは具体的なお知らせをしたいと考えています。メルマガではその都度最新情報をお伝えしていきます。

 しかし、それまでに振動による針刺し事故を起こしてしまえば一巻の終わりです。本日も耐えられない大きな振動が生じたため、数分間診察の中断を余儀なくされました。なんとか、6月末までは針刺し事故を起こさないようにするために、署名へのご協力をお願い致します。

 尚、大勢の方から質問をいただいている「振動問題の真犯人は誰か?」については今も分かりません。「谷口医院を追い出したいと考えるビルがボクシングジムを家賃無料で入居させ振動を起こさせている」と考える人が少なくないのですが、その確証はありません。「今も1階ホールの表札にジムの名前が入っていない。谷口医院が出て行けばジムもすぐに撤退するからだ。これが証拠だ」という意見がありますが、これだけでは証拠としては少し弱いように思えます。

 また、「第三者がビルとジムの双方に大金を払って振動を起こさせている」という説については、容疑者もその動機も皆目見当がつきません。谷口医院に、あるいは私に、そこまで恨みを持った人間や組織の存在は考えにくいのです。

 しかし、真相は依然不明なものの、当院のスタッフのみならず患者さんからも蛇蝎のごとく嫌われ続けながら振動による嫌がらせを一向にやめないこのボクシングジムに相当の「理由」があるのは間違いないでしょう。