開業9年目に向けて(2015年1月)

開業9年目に向けて(2015年1月)

 2015年の1月で太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)は9年目に入ることになります。

 手術やカウンセリングなどのように時間の制約などから中止した診療・治療もありますが、谷口医院の基本的な診療方針は2007年1月の開業以来変化はなく、「どのような方のどのような悩みの相談にも応じる」ことをポリシーとしています。

 ただし谷口医院は都心部に位置していますから、患者さんの層にはいくらかの偏りがあります。年齢層は10代後半から60代くらいまでの働く世代が中心になっており、小学生未満の小児や、高齢者の患者さんはそれほど多くありません。

 職業は様々で、会社員や公務員の方が最多ですが、自営業の方や作家・写真家などフリーで仕事をしている人も多いですし、大学生やフリーター、無職、あるいは就職活動中という人も少なくありません。また、大阪に旅行中・出張中に調子が悪くなったという他府県の人や外国人も珍しくありません。

 疾患でいえば、ここ数年はアレルギー疾患が最も多く、生活習慣病、感染症(急性も慢性も)あたりがその次にくるでしょう。2014年は旅行医学に関する患者さんも大きく増え、ワクチンや感染症の予防薬のみならず、高山病予防や、ダイビングやマラソン大会出場のための健診依頼も増えています。

 谷口医院をかかりつけとする患者さんはコンスタントに増え続けており、実に多くのことを相談されています。当院で診ることのできない疾患については各領域の専門医や大学病院を紹介し受診してもらい、落ち着けば再び当院に戻ってこられます。

 患者さんから信頼してもらえるのはありがたいのですが、谷口医院を信頼してくれる患者さんのことを思う度に痛切に感じることがあります。

 それは「自分自身の人格と能力をもっと高めなければならない」ということです。

 医師になる前の私は、「人格」というのはもともと備わっているもので私のような低俗な人間とはほど遠いもの、と思っていました。しかしそうではないということに医師になってから気付きました。私の周りの医師には高い人格を有している人が多いのですが、そのような人たちは、もちろん持ってうまれたものもあるでしょうが、日頃からさらに人格を高める努力をしています。

 私自身は人格者などと呼べるものではありませんが、それでも少しでも人格を身につけるために日々努力を重ねています。努力を重ねているといっても、それほどたいそうなことをしているわけではありません。自分で決めたことを日々守るようにし、他人との約束はどれほど小さいものでも必ず守るようにし、家族など身近な他人に貢献するように努め、さらに社会に対しできることを考えるようにしている、といったその程度のことです。この程度では、高い人格を持ち合わせた人と比べるのが恥ずかしいレベルではありますが、それでもこういった日々できることのひとつひとつの実践が私のような人間が人格を高めるのには大切なことだと考えています。

 人格と同様、もっと高めなければならないのが「能力」です。医師としての知識と技術をさらに向上させなければなりません。医学というのは日進月歩で進歩しています。つい最近まで新しい治療とされていたものが古くなり、従来考えられていた治療が実はよくなかった、といったことが多々あります。単に論文を読んで学会に出席するだけでなく、日頃診療を通して得られることを大切にし、生じた疑問を解決できるよう努めていきたいと考えています。レントゲンの読影能力や超音波検査の技術も向上させなければなりません。

 患者さんの立場に立つ、というのは基本中の基本ですが、これが果たして今の自分にできているか、と疑問に思うことが最近増えてきました。医師としての経験と知識が増えるにつれて、物の見方が患者側からでなく医師側に偏ってしまっているのではないか、と思うのです。おそらく私が最も患者さんの立場に立てていたのは研修医の頃がピークであり、次第にできなくなってきているのではないか、と感じます。患者さんからもらう手紙やメールがすべてではありませんが、これらが研修医の頃と比べて減っているのは事実です。

 昨年(2014年)8月に私は患者として手術を受けました。頸椎を切断し人工骨を装着する大きな手術(全身麻酔下頸椎後方除圧及び椎弓形成術)です。手術前に左上肢の筋力低下があり、手術をしない限り回復の見込はありませんでした。これからさらに悪化していくかもしれない・・・、という気持ちがどれほど辛いものなのかを知ることができました。術後も元通りになったわけではありませんが、少しずつですが私の筋力は回復してきています。

 手術直後は500mLのペットボトルを左手に持ってリハビリをしていましたが、現在は3kgのダンベルを使っています。手術直後は、左手で傘をさすと100メートルもしないうちに腕が垂れ下がってしまったのですが、現在は2km程度であれば傘をさして歩けます。少しずつであっても症状の回復を実感できることがこんなにも気持ちを明るくさせるのか、ということが分かりました。こういった経験が「患者さんの立場に立つ」ことに役立つのではないかと感じています。

 セルフメディケーションというのはここ数年私が関心を持っているテーマです。健康のことをすべて医療機関に任せるのではなく、患者さんに健康のことに関心を持ってもらうようにし、日頃から病気にならないように予防につとめてもらい、場合によっては薬局で買える薬で対処してもらう、というのがセルフメディケーションの基本的な考え方です。当たり前のことですが、医療機関にはお世話にならないのが一番です。これは患者さんからみれば当然ですが、我々医療者からみた理想も、「受診しなくてもいいように日頃から健康管理をしましょうね」、ということなのです。

 セルフメディケーションともうひとつ、これから取り組んでいきたいことがあります。それは「Choosing Wisely」と呼ばれる数年前からアメリカで広がっているキャンペーンのようなものです。

「Choosing Wisely」とは直訳すると「賢く選ぶ」となりますが、「検査や治療を賢くしましょう。さらに、効率よく治療を受けましょう」、ということです。端的に言えば、「ムダな医療をやめましょう」ということになります。

「Choosing Wisely」についてはいずれ詳しく取り上げたいと思いますが、アメリカの各学会が意見を提出したものが集約されており、ひとつ例を挙げると「発症6週間以内の腰痛にレントゲン撮影は不要」というものがあります。これは、すべての腰痛は6週間が経過するまでレントゲンを撮ってはいけない、という意味ではなく、適応をきちんと絞り込んでレントゲンの必要性を検討しましょう、というものです。これまでの医療の現場は不要なレントゲン撮影があまりにも多かったことから、このような声明が学会から発表されたというわけです。

 谷口医院でも、患者さんが強く希望するから検査を実施した、という症例があります。「その検査は今は重要ではないですよ」、ということを伝えようとすると、「お金を払うって言ってるのに何で検査してくれないの!」と怒り出す人もいます。不安だから検査をしたいという患者さんの気持ちが分からないわけではないのですが、レントゲンの例でいえば、わずかとはいえ無駄な被爆をさせたくないのです。

 おそらく「Choosing Wisely」の動きは今後世界的に広がるのではないかと私はみています。すでにカナダの学会はそのような兆候があるようです。谷口医院では日本の医学会が動き出す前に「Choosing Wisely」のコンセプトを取り入れ、ムダな医療がないかどうかを適宜見直していきたいと考えています。

 以上をまとめると2015年の谷口医院は次のことを具体的な目標としたいと考えています。

・「どのような方のどのような悩みの相談にも応じる」という基本ポリシーを継続し、総合診療(プライマリ・ケア)を実践する。

・医師の私自身が人格と能力を高める努力を怠らない。

・「患者さんの立場に立つ」という基本的なことを改めて意識する。

・患者さんにセルフメディケーションを促していく。

・「Choosing Wisely」の考え方を取り入れてムダな医療がないかの見直しをおこなう


2015年1月1日 サイパン島最北端の岬「バンザイクリフ」にて