マンスリーレポート

2012年7月号 就活に失敗しても死なないで!

最近、就職活動で失敗したことを苦にして自ら命を絶つ若者が急増しているそうです。警察庁によりますと、2011年は就職活動に失敗した大学生など150人が自殺をしており、これは2007年の2.5倍になるそうです。

 太融寺町谷口医院(以下、谷口医院)にも「就活がうまくいかない・・・」と嘆いている患者さんは少なくありません。谷口医院を受診している若い患者さんは、皮膚疾患やアレルギー疾患が比較的多く、喘息、アトピー性皮膚炎、じんましんなどが代表的な疾患ですが、こういった疾患では、悩みがあると症状が悪化することがしばしばあります。

 就活がうまくいかない、というのは当然強いストレスとなり、疾患の症状がよくならず、皮膚疾患であれば、それが見た目の印象が悪化することにつながりますから、そうなると面接自体がますます強いストレスとなってしまいます。

 谷口医院の患者さんのなかには、就活に失敗して自殺、という人はいませんが(と思いますが)、就活に失敗して精神的にしんどくなってきて、抑うつ状態や不眠に悩まされる、といった人は少なくありません。そして、これは10代、20代の若者だけではなく、30代、40代、なかには50代で仕事が見つからずに精神的に苦しんでいる人もいます。

 就活がいかに大変か、という話を診察室で聞いても、私自身が彼(女)らにできることは何もありません。なかには、日頃の就活の悩みを一気に話されて、「話を聞いてくれてありがとうございました。すっきりしました。明日からまたがんばります」、と言われる人もいますが、もちろんこの患者さんがやる気になったのは、私が医師としてすぐれているからではありません。

 目の前の患者さんの就活を応援したい、という気持ちはありますが、医師としてできることなどほとんど何もありません。あまりに抑うつ状態が強い人や、眠れない人にはそれなりの薬を処方することがありますし、あまりにも緊張が強くて面接がうまくいかないという人(「社会不安障害」という病名がつくことが多い)には、速効性のある不安を和らげる薬を「面接の30分前に飲んでみてください」と言って処方することもありますが、そういった薬を服用した結果、合格したとしても、それは医師が就活の手伝いをした、ということにはなりません。

 就活を成功させるには、結局のところ自分自身ががんばるしかないのですが、私は医師としてではなく、これまでアルバイトも含めれば数多くの「就活」をした者として助言させてもらいたい、と考えています。

 これは「自慢話」と捉えないでほしいのですが、私はアルバイトも含めて就職試験や面接を受けて不合格になったことは一度もありません。しかしこれは私が優秀だからではなく当然のことです。私が関西学院大学社会学部を卒業したのは1991年で、誰もがほとんどどこにでも就職できた、いわゆる「バブル組」です。当時は、就職説明会は一流ホテルの立食パーティが当たり前で、就職が決まれば(他社に目移りしないようにする目的で)入社前に海外旅行に招待する会社や、なかには、新入社員に新車1台プレゼント、などという会社もあったくらいですから、就活で悩むなどという人はほとんど皆無だったのです。

 関西学院大学在学中と大阪市立大学医学部在学中におこなったアルバイトでも面接で落とされたことは一度もありません。しかしこれも当たり前の話で、私がこれまでおこなってきたアルバイトというのは、例えば、ワゴンセールの販売員とか、旅行会社の添乗員とか、あるいは水商売や飲食店のスタッフといった「すぐに辞める人は大勢いるが簡単に採用される仕事」が大半だったからです。

 医師になってからは、アルバイトも含めると10以上の医療機関で働いてきましたが、これだけ医師不足の世の中では、ほとんどの医療機関では不合格になる方がおかしいのです。

 ですから、私がこれまで就活で苦労をしたことがないのは、単に「運がいい」からにすぎません。現在就活で悩んでいる人からは「そんなあんたに何がわかる?」と言われるでしょうし、何を言っても説得力がないことは分かっていますが、それでも、どうしてもひとつだけアドバイスしたいことがあります。それは「成功者の話を聞いてみてください」というものです。

 もちろん私自身の場合は、単に運がよかっただけであり、私は「成功者」とは呼べません。しかし、私は10代の頃から、「成功者の話を聞く」ことが大好きでした。話を聞く、と言っても直接成功者に会いに行くわけではありません。

 私が最初に成功者たちの話を聞いたのは高校1年生のときに読んだ「大学合格体験記」でした。成績はまったくダメで、志望校の関西学院大学はE判定しかでなかった私が現役で合格できたのは数多くの合格体験記を読んでいたからに他なりません。合格体験記には、周囲から到底不可能と考えられていたけれども難関大学に合格した、というサクセスストーリーが集められています。こういった話を高1のときから読んでいた私は、いつのまにか「奇跡の合格は当然のこと」と認識するようになっていたのです(注1)。

 以前このコラム(下記参照)でも述べたことがありますが、私は自伝を読むのが好きです。私の毎朝の楽しみは日経新聞の最後のページに毎日連載されている「私の履歴書」を読むことで、これがたまらなく面白いのです。最近のものでいえば、2012年5月は桂三枝さん、6月は物理学者の米沢富美子先生でした。桂三枝さんは、若い頃からアイドルのような存在でしたから順調に人生が展開したのかと思いきや、苦労した浪人生活や、長期間精神状態が良好でなかった時期(それもけっこう長期間)もあり、そういった苦難の克服や落語に対する努力の話は感動を覚えます。米沢先生は、生まれながらの天才ですが、泳げないのに水泳部に入部して長距離の泳ぎに成功したこと、ガンを克服したこと、多忙極まる中で母親として立派に子育てをされたこと、物理学界という男性社会のなかで研究成果をあげいくつもの組織を作り上げたこと、などのエピソードを読めば勇気を与えられます。

 テレビ番組「カンブリア宮殿」2012年6月28日は稲盛和夫氏がゲストでした。私は20年以上前から稲盛氏のファンなのですが、この日も大きな感動を与えてくれました。京セラの全社員がいつも読んでいる「京セラ・フィロソフィ」は有名ですが、JALでも「JAL・フィロソフィ」を製作し全社員に配布されたそうです。JALの全社員は「JAL・フィロソフィ」をバイブルとし、社員が一丸となり、わずか2年でいったん倒産したJALが黒字になったのです。稲盛氏がJALの会長に就任されてから、空港でのJAL職員も機内の客室乗務員も態度が変化した、と感じている人も少なくないのではないでしょうか。

 夢を語ることがカッコ悪い、あるいは、どうせ夢なんかみてもかないっこないんだから<終わりなき日常>にまったり生きる方がいい、などと言われることがありますが、私はそうは思いません。些細なことでもかまわないから何歳になっても夢を語るべきではないか・・、と、そのように考えています。そのように考えていたところ、日本・中国の双方で活躍されている加藤嘉一氏が、「ダイヤモンド・オンライン」の連載コラム『だったら、お前がやれ!』のなかで<夢>について取り上げていました。加藤氏は、東京の繁華街で道行く人を呼び止めて「あなたの夢は何ですか」とインタビューをして、それを記事にまとめています。この様子はビデオでも見ることができてなかなか興味深いと思います(注2)。

 加藤氏については以前このコラムで紹介したことがありますが(下記参照)、まだ20代だというのに考え方が大変魅力的です。その加藤氏なら、就活で悩んでいる若者に対し、「近くばかり見ているな。外を見ろ。自殺なんか考える前に中国に行き、生きることに必死になっている同世代を見てみろ。そしてそんな状況のなかで自分を磨け!」とアドバイスされることでしょう。

 就活に失敗し続け心が病んでいるときにこのような言葉を聞いても、「自分とは別世界だ・・・」と感じる人もいるかもしれません。しかし、そのような人でも、成功者の話を聞くことはできます。例えば、100社で不合格となったけれど101回目の就活で成功した、という人もいるかもしれませんし、加藤氏のように中国の大学に行って成功した人、アルバイトから正社員になった人(吉野家の安部修仁現社長と次の社長の河村泰貴氏、ブックオフの橋本真由美社長はいずれもアルバイトから社長にまでなっています!)などの体験談は、現在就活に苦労している人たちにも勇気を与えてくれるに違いありません。

 問題は、そのような体験談を誰がどうやって集めるか、ですが、どなたか「就活成功体験記」のサイトを製作・運営してくれないでしょうか・・・。きっと大勢の方に感謝されると思うのですが・・・。 だったらお前がやれ! 加藤氏にはそう言われるかもしれません・・・。


注1 もう絶版になっていると思いますが、私自身も「すべてE判定から関西学院大学に現役合格」という体験を、エール出版社の合格体験記に載せたことがあります。

注2:加藤嘉一氏の「だったら、お前がやれ!」は下記のURLで読むことができます。
http://diamond.jp/category/s-omaegayare

参考:マンスリーレポート
2010年11月号 「自伝から得る勇気」
2010年6月号 「「朝活ブーム」がブームでなくなる日はくるか」 (加藤嘉一氏について触れています)