はやりの病気

第33回 そろそろ本格的な禁煙を!② 2006/06/01

時計の針が午前二時を指した。

 これで僕が彼女と別れてからちょうど六十日が経過したことになる。

 ベッドに入ってもう一時間以上もたつというのに、今日もまったく眠れそうにない。

 もう一週間以上もほとんど眠れない日々が続いている。明け方にうとうととすることがあっても、いつも同じ夢で起こされる。彼女と再会し、彼女に手を伸ばそうとするのだけれど、すぐそこにいるはずの彼女に触れることはできない・・・、そんな夢だ。

 なぜ、彼女と別れることを選んだんだろう。最近考えるのはこのことばかりだ。以前から別れなければならないと思っていて、別れを決意するまでに何か月も考えたのだ。考えて考えて考え抜いた結果、僕は別れを決意した。

 けれども、本当に別れなければならなかったのだろうか、と今になって思う。たしかに僕の周囲の人間は、僕と彼女が付き合っていることに反対した。「あんなやつと付き合っていて損をするのはお前だ」、皆が皆、同じことを言っていた。

 だけど、いったい彼女の何がいけないというのだろう。実際、彼女ほどクールなやつはいないんだ。少なくとも僕にとっては。クールなだけじゃない。ときには優しくて、ときには暖かくて、ときには僕を癒してくれる、そんな彼女だったんだ。

 それに、彼女は何も悪いことをしていない。悪いのはいつも僕の方だ。

一度僕の勝手な理由で彼女と別れたとき、僕は一週間で彼女の元に戻ったんだけど、そんな身勝手な僕に対して、彼女は怒るどころか、不満のひとつも言わずに僕を受け止めてくれたんだ。

 僕は一度浮気をしたことがある。いつも同じ彼女だと、その彼女が一番だということが分かっていても、たまには他にも試してみたくなる。男の性(さが)ってやつかもしれない。だけど、そんなだらしのない僕を彼女は許してくれた。そして彼女の元に戻ったとき、彼女はいつも以上に僕に安らぎを与えてくれたんだ。そのとき僕は浮気を後悔したと同時に決意もした。もう二度と彼女を離さないって。

 彼女ほど素敵なやつはいない、と僕は思う。今ではすっかり見なくなったけど、以前はよく雑誌なんかにも登場していたんだ。それも二ページまるまる彼女が載っていたこともあったんだ。それくらいクールな彼女なんだ。あの当時は彼女が最高にクールだってこと、誰もが認めてたはずだ。

 僕と彼女の出会いはとても素敵だったんだ。真夏の沖縄のビーチ、今でもあのときのことをよく覚えている。遅れて沖縄にやってきた僕の友達が彼女を連れてきてたんだ。初めて彼女をみたときのあの胸のときめきは、今でも忘れられない。

 とにかく僕は彼女に一目ぼれだった。出会った瞬間から彼女に夢中になったんだ。

 それ以来、どこに行くにも彼女と一緒だった。男友達と飲みにいくときも、僕は必ず彼女を連れて行った。旅行にいくときも、実家に帰るときも彼女と一緒だったし、仕事で出張に行くときも、こっそり彼女を連れて行ったりもしていたんだ。

 また分からなくなってきた。どうして僕は彼女と別れることを決意したんだろう。いったい僕は彼女の何が気に入らないと言うんだ。

 今回僕が別れを決意したときも、彼女は何も言わず、僕の気持ちを分かってくれた。十年間以上も一緒にいて、僕が突然別れを切り出し、彼女の元から去って行ったとき、彼女は何も言わずにそんな僕を許してくれた。少しは彼女にすがってほしい、という気持ちもなかったわけではないけれど、僕がどんなわがままを言っても分かってくれる、それが彼女なんだ。
 
 時計の針が午前3時を指した。

 彼女に会いにいこうか・・・。ちょうど昨日もこの時間に同じことを考えた。昨日は、彼女が恋しくてたまらなくなり、服を着替えて外に出たんだ。車に乗り込みエンジンをかけ、無我夢中で車を飛ばした。けれど、最後の最後で僕は理性を取り戻した。ダメだ・・・、彼女との別れは何度も考えて出した結論のはずなんだ。

 何度も何度も考えて出した結論なんだ。だから、彼女と別れた直後はとても辛かったけど、何度も考えたことを思い出してその辛さに耐えたんだ。

 けれども、三日がたち、一週間が経過し、ちょうど一か月を超えた頃から、再び僕の決心が揺らぎだした。まるで僕の理性が人間の根源にある魂に飲み込まれていくようだった。頭のなかで何度も彼女と別れた理由を反芻するんだけど、そんなものはすぐに感情の波にさらわれていくんだ。

 理性がなくなり、まともに物事を考えられなくなると、僕は自分でも不可解な行動を取るようになってきた。十日ほど前には家のモノに当り散らして窓ガラスを二枚も割ってしまった。彼女の香りがきっとまだこの部屋に残っているはずだと思って、おしいれをひっくりかえしたり、キッチンの下に潜りこんだりもした。もうひとりの自分が、バカなことはやめておけ、って言うんだけど、頭の中が彼女のことでいっぱいになると、そんな理性的な忠告には耳を傾けられなくなるんだ。

 時計の針は午前三時四十五分。もう一週間以上もほとんど寝ていないというのに、今夜も眠れそうにない。

 僕は知っている。彼女と再会さえすれば、ほんのわずかな時間だけでも彼女と会えれば、僕の身体はリズムを取り戻し元気になれるんだ。
 
 もしも彼女が昔みたいに、僕の枕元にいてくれればどんなに幸せだろう・・・

 僕はこれから彼女なしで生きていけるんだろうか・・・

 彼女のいない人生なんて僕にとってどれだけの意味があるというのだろうか・・・

 ふと気がつけば僕は車を飛ばしていた。

 昨日は着替えて飛び出したけれど、今日は着替えすらしていない。寝巻き姿のまま、髪もボサボサのままだ。六十日ぶりに彼女と会うというのにこんな格好だなんて、僕はほんとに勝手な男だ。それに時刻は午前四時である。おそらく世界中で、もっとも寝ている人の割合が多い時間だろう。そんな時間に、小汚い格好で何の連絡もなしに、一方的な理由で、それも六十日ぶりに会いにいくなんて、よく考えるとこれほど非常識な行動もないだろう。

 けど、僕は知っている。こんな僕でも彼女は受け入れてくれるってことを。まるで何事もなかったかのように、また前みたいに僕に安らぎを与えてくれる。それが彼女なんだ。
 
 六十日ぶりに再会した彼女は以前とまったく変わっていなかった。クールな香り、麗しいボディライン、そしてまろやかな肌触り、あの頃となにひとつ変わっていない。

 やっぱり僕には彼女が必要なんだ!

 今度こそ離さない・・・。こんな身勝手な僕を許しておくれ・・・。

 僕は何度も彼女に謝った。

 そして、ゆっくりと彼女に口づけた。

 彼女の香りが僕の鼻腔を支配した。

 ああ、この香りだ! この香りを僕は六十日間求め続けていたんだ。初めて出会った沖縄のビーチが頭をよぎり、これまでに彼女と過ごしてきた日々が次々と頭のなかを駆け巡った。

 ごめんよ、本当にごめん、もう二度と離さないからね・・・

 僕は彼女に何度も何度も同じ言葉を繰り返した。

 そして、ゆっくりと「彼女」に火をつけた。

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