はやりの病気

第66回 メンソールの幻想と私の禁煙 2009/2/21

2009年2月16日、神奈川県の松沢知事は、全国初の禁煙条例案を県議会に提案しました。現在の議席で過半数を占める自民・公明両県議団の中に慎重意見が多いこともあり、成立するかどうかは"微妙"なところですが、「ついに禁煙ムーブメントもここまで来たか・・・」と感じます。

 県会議員に慎重意見が多いのは、もしかすると県会議員のなかにも喫煙者がいるからかもしれません。というのも、日本人の喫煙率は、全体では減少傾向にあるとはいえ(JTの調査によれば13年連続で過去最低更新)、男性だけでみれば今でも約4割は喫煙者だからです。とはいえ、今後も喫煙率は減少していくでしょうから、禁煙条例が各地で成立していくのは時間の問題ではないか、と私はみています。

 太融寺町谷口医院にも、禁煙治療希望の患者さんはコンスタントに来られます。他の病気とは異なり、禁煙(病名で言えば「ニコチン依存症」)は、病気(ニコチン依存症は"病気"です)が治ればクリニックには来なくなります。したがって、どれくらいの患者さんが禁煙に成功したのかを正確に把握するのは困難なのですが、私の印象で言えばほとんどの人が成功しているようです。実際、「禁煙外来を始めたけど挫折してしまって・・・」という患者さんはほとんどいません。(来なくなっただけ、という人もいるでしょうが・・・)

 太融寺町谷口医院は、もちろん禁煙治療だけをしているのではなく、様々な病気の人が来られます。この季節は風邪と花粉症が多いのですが、以前禁煙外来を2~3回程度続けていた人が、こういった症状で来られることがあります。そのときに、「禁煙はどうなりましたか」と聞くと、ほとんどの人は「成功しました!」と答えてくれます。

 禁煙外来をしていると「成功した理由」を聞くのが楽しみになります。多くの人は、「薬がよく効いて、そのうち薬をやめてもタバコをほしくなくなりました」と答えますが、なかには、「先生も何度も禁煙に失敗した経験があると聞いたことが励みになって成功しました」と言われることもあります。ユニークなところでは、「あのとき先生にムカついたことが勝因です!」と言われたこともあります。

 私は禁煙を開始する人に対して必ず「動機」を聞きます。禁煙に成功しやすいのは「自分(や家族)が病気をしたから」、「子供(や孫)にタバコやめてって言われたから」、とかいったものが多く、禁煙の目的がはっきりしていればいるほど成功しやすい、ということが言えます。ところがこの患者さんの禁煙の動機は、「タバコはもう流行らないと思うから」というものでした。

 私はこの言葉を聞いたときに、「そんな理由ではうまくいかないと思いますよ」と言って、「禁煙開始はもう少しはっきりした理由ができてからでいいんじゃないですか」とまで言いました。ところが、この患者さんは、どうしても禁煙を開始したい、と言ったために禁煙補助薬の処方をおこないました。

 およそ半年後に別の理由でクリニックを受診したこの患者さんは診察室に入るなり私に先のセリフを言ったのです。この人は、私が「うまくいかないと思う」と言ったことに対して相当"ムカついた"ようで、私を見返すことを目標にして禁煙に成功したというのです。

 私としては、ムカつかせたことを反省すると同時に、禁煙に成功した患者さんがひとり増えたことに嬉しさも感じましたが、やはりこのケースは例外と考えるべきだと思っています。禁煙には「確固とした動機」が必要なのです。

 ですから、禁煙治療希望で受診された患者さんに対しては、初診時に「本当にやめる気があるのか。禁煙補助薬は確かによく効くが確固とした動機と強い意志がなければそのうちに失敗する。禁煙を成功させるためにカウンセリングも含めて医師としてできる限りのことをするが禁煙の主役はあなた以外にはない」、ということを言います。その結果、「今はちょっと無理かな・・・という気がします」という人には、「強い意志ができたらまた来てください」と言います。

 以前、ある医師に「谷口医院の禁煙成功率は9割以上だと思う」という話をすると、「なんでそんなに高いの?」と聞かれたことがありますが、この理由は、「初めから本当にやる気のある人だけを選別しているから」であって、私の医師としての臨床能力が高いわけではありません。

 ところで、次の言葉を聞いてあなたはどのようなものが思い浮かぶでしょうか。

 突き抜ける青空、エメラルドグリーンの透き通る海、どこまでも続く白い砂浜・・・。

 これは私のタバコに対するイメージです。「なんでタバコなの?!」と感じる人もいるでしょうが、このような"さわやかな夏"のイメージは私の頭のなかではタバコに一致するのです。

 その理由はCMです。今は規制がありますからタバコのCMというものはほとんど見かけませんが、1980年代にはゴールデンタイムでさえタバコのCMが流れていましたし、ファッション誌を含めて様々な雑誌には見開きでカラーのきれいな写真を使った宣伝がなされていました。

 私が特に"単純"なだけかもしれませんが、CMによって私の頭の中では「タバコ=さわやかな夏」という図式ができあがってしまいました。そのため、私はタバコ1本で、リゾート地でくつろいでいるところを想像することができます。そして、タバコ以外にこれほど簡単にリラックスできるものはないのです。

 ところで、これほどタバコ1本でリラックスできるのは本当にニコチンの作用だけなのか・・、という疑問が以前から私にあったのですが、最近その答えとなるかもしれない研究が発表されました。

 その研究では、「メンソールのタバコは、メンソールを含まないタバコよりもはるかに禁煙が難しい」と結論されています。

 『The International Journal of Clinical Practice』という医学誌のオンライン版に掲載された論文でこの研究が報告されています。米国のあるタバコ中毒クリニックを受診した約1,700人を対象に調査したところ、メンソールを吸う喫煙者は、メンソール以外のタバコの喫煙者に比べ、禁煙成功率は半分にしかならなかったようです。また、研究から、「メンソールのタバコを吸う喫煙者は、1日あたりの本数が少ない場合でも禁煙しにくい」ことが明らかとなっています。

 私は1988年から、あるメンソールのタバコをほとんど"浮気"することなく愛していました。そしてそのメンソールのタバコのCMが"さわやかな夏"をイメージするものだったのです。私は何度も禁煙を試みましたが失敗を重ねることになり、ようやく成功したのは太融寺町谷口医院(当時はすてらめいとクリニック)を開院してからという遅さです。

 禁煙に失敗し続けていた私が不思議に感じていたのは、「タバコの本数は多くないし、それほど強くないタバコしか吸っていない。意志は確かに強い方ではないけどもなぜ他人は禁煙に成功して自分は失敗ばかりなんだろう・・・」ということです。最近、この論文を読んでようやく謎が解けたような気がします。

 つまり、私がタバコから離れられなかったのは、ニコチンだけでなくメンソールにも依存していて、メンソールの清涼感が"さわやかな夏"のイメージと重なっていたこともあり、「1本でリゾート地でくつろげるほどのリラックス感」という幻想ができあがっていたのです。

 私にとっての禁煙の最終的な動機は「禁煙外来を始めることになってしまったから」というものです。「なってしまった」というのは、私はクリニックを開院したときにはまだ完全に禁煙できていなかったために、禁煙外来はおこなうつもりはありませんでした。ところが、ある先輩医師から禁煙外来に必要なCOモニターを開業祝いとしていただくことになりました。高価な器械をいただいた以上、禁煙外来を始めざる得なくなってしまったというわけです。これはかなり強い"動機"になりました。このような状況はかなり特殊であり、"動機"を与えてもらったという意味で私は相当幸運であったといえます。

 このように私はかなり特殊な動機で成功できていますが、もう一度禁煙をやり直すとすれば、まずメンソールのタバコからメンソールが含まれていないタバコに変更してみようかなと思います。

 メンソールの身体的な依存性もありますが、それよりも、私の場合、メンソールの清涼感と完全にリンクしてしまっているあの夏のイメージを取り除くことが目的です。

 禁煙成功者にはそれぞれのドラマがあります。あなたがもし喫煙者ならそろそろ新しいドラマをつくってみてはいかがですか。


参考:
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1742-1241.2008.01969.x/abstract
禁煙外来