はやりの病気

第67回 エキノコックスとサナダ虫 2009/3/21

私がエキノコックスに感染していないかどうか調べてほしいんです・・・

 これは最近ある患者さんから言われた言葉です。太融寺町谷口医院にはたしかにいろんな悩みを持った人が来院されますが、エキノコックスについて心配されている人は初めてでした。

 エキノコックス(エキノコッカスとも呼ばれます)は、サナダ虫などの条虫の仲間で、キツネやイヌなどの糞便内に混じっている虫卵を経口摂取することで感染します。キツネやイヌの糞便を口にすることなど普通はないわけですが、例えば、キツネが川で排便をして、川の水にエキノコックスの卵が混じって、その水を下流で人が飲めば感染することがあります。

 実際、エキノコックスは日本ではキツネの生息する北海道での報告がほとんどです。以前は北海道東部での感染が大半でしたが、近年北海道全域に広がってきており、北海道民にとっては脅威の感染症になりつつあります。そして、最近になって本州での報告もでてきています。こういった背景を受けて、現在では感染症全数把握疾患に指定され、診断した医師は必ず届出をしなければいけないことになっています。

 エキノコックスは、人に感染してから症状が出現するまでに5年から15年程度かかるのが特徴です。ですから、例えば10年前に北海道に旅行して自然のなかで生活をしたことがある・・・、といったケースでは感染の可能性があるかもしれません。実際、冒頭で紹介した患者さんは、数年前の北海道旅行が気になって・・・、というのが心配になった理由でした。

 エキノコックスはたしかに恐い病気で、発症すると外科的手術以外に治療法がありません。口から感染したエキノコックスの卵は成虫となり人の肝臓に住み着きます。そして次第に仲間を増やしていき肝臓のなかに腫瘤(できもの)をつくります。そして治療法は、おなかを開けて、この"できもの"を取り除く以外にはないのです。

 症状としては"できもの"がかなり大きくなってから腹痛や黄疸がでます。かなり大きくなるまではまったくの無症状です。したがって、たまたまCTを撮影して発見された、というような幸運なケースを除けば早期発見されることはまずありません。(私は実際に症例をみたことがあるわけではなくこれらはすべて学生時代の教科書の知識であることをお断りしておきます)

 さて、上にも述べたようにエキノコックスはサナダ虫の仲間なのですが、「サナダ虫」と聞いて何のことかわかるでしょうか。サナダ虫はヒトに寄生する寄生虫なのですが、実は私もヒトのサナダ虫は教科書以外では見たことがありません。私が小学生の頃、担任の先生が、「最近は清潔になってサナダ虫がおなかのなかにいるような人はほとんどいなくなりました」と言っていたのをなんとなく覚えています。ですからおそらく昭和30年代から40年代の半ばくらいまでは、あまり珍しくなかったのではないかと思われます。

 ただ、私が子供の頃は犬のサナダ虫はよく見ました。野良犬の糞のなかに白いひも状のものが混ざっていて大きなものなら見ればすぐに分かります。サナダ虫は寄生虫のなかでも特に大きい(というか長い)のが特徴で、ヒトのサナダ虫では長いものになれば10メートルを超えるそうです。

 ところで、サナダ虫がヒトの体内にいても駆除する必要がないのではないか、という考えがあります。サナダ虫に関して日本で最も有名なのは、現在人間総合科学大学の教授をされている藤田紘一郎先生であることは間違いないでしょう。なにしろ藤田先生は、長い間サナダ虫をご自身の体内で飼われていたくらいですから。しかも、そのサナダ虫にサトミやヒロミなどといった名前をつけられていたのです。

 藤田先生は、サナダ虫は駆除すべき害虫ではなく人間と共存すべき生物である、という考えをお持ちです。実際、異論はあるものの、サナダ虫は積極的に駆除しなくてもよいという考えは広く流布しています。それどころか、ダイエットに取り組む人たちのなかにはサナダ虫を体内で飼うことによって減量しようとする人もいるくらいです。

 藤田先生は、ダイエット目的でサナダ虫を飼われていたわけではありません。サナダ虫に限らず他の細菌やウイルスなどの微生物のなかには元々人と共存すべきものがあることを示したいという思いがあったから体内飼育を始められたそうです。

 サナダ虫はダイエットだけではなく、アトピー性皮膚炎や花粉症などアレルギー疾患をもった人の症状緩和にも有効だと言われることもあります。現在でも東南アジアなどの途上国に行けばサナダ虫を含めて様々な寄生虫と人が共存しています。そして、こういった地域では、アレルギー疾患というものがほとんど存在しないのです。日本でこれだけアトピーや花粉症が急激に増えているのは、環境が清潔になりすぎて微生物と共存しなくなったからではないかと言われる所以です。

 私は、藤田先生に習ってサナダ虫を飼おう!と言っているわけではありません。しかしながら、サナダ虫の体内飼育は極端だとしても、「病原体と人との共存」というのは大変大切なことではないかと考えています。

 例えば、私自身はめったに抗生物質を飲みませんし、患者さんに対しても必要最小限でしか抗生物質の処方はおこないません。抗生物質とは細菌をやっつけることのできる特効薬です。したがって「細菌性」の感染症にしか効きません。患者さんのなかには「風邪をひいたから抗生物質をください」という人がいますが、風邪の大半はウイルス性であり抗生物質が有効な症例は限られています。

 ですから、私が抗生物質を必要最小限にしているのは、本当に必要な「細菌性」の感染症に限定すべきだと考えているからですが、もうひとつ大きな理由があります。それは抗生物質の副作用を避けたいからです。よく薬の副作用というと、発疹やじんましん、肝機能障害、吐き気・めまいなどが取り上げられ、こういった症状が出現しなければ、副作用はない、と考えられます。

 しかし、抗生物質を飲むということは、ターゲットにしている細菌だけでなく、日頃人間と共存している細菌をも殺すことになります。特に腸内に100種類以上、100兆個以上も存在している腸内細菌をも死滅させてしまいます。これら腸内細菌はいわゆる「善玉菌」と呼ばれることもあり、抗生物質を飲むと下痢をするのはこれら善玉菌も死んでしまうからです。腸内のいくらかの善玉菌を殺してしまうのは、抗生物質を飲む以上は避けられない副作用なのです。

 人間も含めて生物界では、他種との共存を通してバランスのとれた世界が成り立っていると言えます。おそらくキツネの体内ではキツネにとっていいことをしているエキノコッカスが、人間の体内に侵入すると大変な症状をもたらすというのは実に興味深いと言えます。

 人間にとって共存することが有益である可能性のあるサナダ虫はどんどん減っているそうです。実際、藤田先生は最近サナダ虫の体内飼育をやめられたそうですが、その理由はサナダ虫(正式には日本海裂頭条虫といいます)が手に入らなくなったからとのことです。

 もしも世界中でサナダ虫が減少するようなことがあれば、アレルギー疾患は世界的に増加するかもしれません・・・。