はやりの病気

第90回 B型肝炎の訴訟と遺伝子型 2011/2/10

ここ数年間「B型肝炎訴訟」という言葉が頻繁に新聞紙上に登場しています。これは、簡単に言えば、過去に集団予防接種時の注射器の使いまわしが原因でB型肝炎ウイルス(以下HBV)に感染したのは国に責任があるとして、感染者が政府に対し和解金の支払いを求めている訴訟のことです。

 訴訟は東京、大阪、福岡などでもおこなわれていますが、政府は2011年1月28日、札幌地裁が示した和解案を受け入れることを発表しました。これで、集団予防接種+HBV感染があれば、誰でも補償の対象になるのか、と思われましたが、政府は補償には3つの条件を付けています。3つの条件とは、次のとおりです。

①集団予防接種を受けたことを証明しなければならない(母子手帳やBCGなどの接種痕)

②母子感染、父子感染を否定しなければならない

③遺伝子型がAeは補償の対象外とする

 ①については、注射の瘢痕が目立たず母子手帳も失くしていればどうするのだ、という問題があります。自治体によっては予防接種台帳が残っているかもしれませんが、数十年前の記録が必ずしも残されているとは限らないでしょう。ですから感染者によってはこの証明に苦労する人がでてくることが予想されます。

 ②は本人と母親もしくは父親の遺伝子型を調べて、同じ遺伝子型であれば補償の対象から外す、と言っています。しかし、同じ遺伝子型というだけで、母子(父子)感染と完全に断定するには無理があるように思われます。遺伝子解析を詳しくおこなえばかなりの確率で母子(父子)感染か否かを特定できると思いますが相当のコストが伴います。(なぜ母子感染だけでなく父子感染が起こりうるのかは後述します)

 ③は遺伝子型がAeと判明した時点で、無条件に補償の対象外とされてしまう、ということです。
②と③について詳しく説明していきたいのですが、まずはHBVの遺伝子型についておさらいしておきましょう。

 HBVはその遺伝子の違いから遺伝子型A~Hの8つに分類されます。どの遺伝子型が多いかについては地域により偏りがあります。少し古いですが2006年の献血者のデータ(注1)によりますと、日本で最も多いのが遺伝子型Cで全体の85%を占めます。次いで遺伝子型Bの12%、そして遺伝子型A,Dと続きそれぞれ1.7%、0.4%となります。遺伝子型E~Hは日本での報告はほとんどありません。

 報告によって数字は異なりますが、日本のHBVの遺伝子型はCとBで大半を占めることは間違いありません。ということは、例えば父親の遺伝子型がCで自分もCであった場合、これだけで「感染は父子感染であり予防接種が原因ではない」と言えるのか、という問題が残ります。現在政府が提示している「同じ遺伝子型であれば補償の対象から外す」というやり方は、かなり乱暴なものであり、予防接種で感染したのにもかかわらず補償から外されてしまう人がでてくるのではないかと私は懸念しています。

 ここで、なぜHBVは父子感染が起こるのかを確認しておきたいと思います。HBVはHCV(C型肝炎ウイルス)やHIVなどと比べると極めて強い感染力を有しています。HCVやHIVなどは濃厚な性交渉や血液の接触がなければ感染しませんが、HBVは感染の状況によっては、血液や精液・腟分泌液だけではなく、唾液、汗、涙などにも含まれていることがあります。このため、家庭内ではごく普通のスキンシップでさえも父親から子供にHBVが感染することがあるのです。しかし、普通のスキンシップと針を刺す予防接種では感染のリスクが大きく異なりますから、そういう意味でも「単に同じ遺伝子型だから補償外」とするやり方に私は納得できないのです。

 次に遺伝子型Aについて重要なポイントを確認しておきたいと思います。

 まず遺伝子型Aは従来日本ではあまりありませんでした。ところが2000年前後から急激に増えだし、2007年には急性B型肝炎を発症した症例の半分以上が遺伝子型Aとなったとの報告があります(注2)。遺伝子型Aの特徴としては、性感染で感染する割合が高いことと、慢性化しやすいということがあげられます。

 従来日本に多かった遺伝子型BとCは、成人してから感染すれば、急性肝炎を発症し一気に劇症肝炎となり命を落とすこともあります。しかし、慢性化することはあまりありません。一方、遺伝子型Aは成人してから感染しても、1~2割程度はウイルスが消えずに慢性化します。この「慢性化しやすい」という特徴が性感染で広がりやすい理由です。 

 さて、今回政府が発表した補償の対象外とした条件は「遺伝子型がAe」というものです。遺伝子型AはAaとAeに分類されます。Aaはアジア・アフリカ型とも言われ、日本でも少数ながら以前から存在していたタイプで、Aeは従来ヨーロッパに存在していたもので、主に性感染症として2000年前後から一気に日本に入ってきたと言われています。

 補償の条件として政府が遺伝子型を持ち出してくることに私は抵抗があり、それは先に述べた、同じ遺伝子型というだけで母子(父子)感染と断定するのは乱暴すぎる、というのも理由ですが、もうひとつ、遺伝子型を調べる検査代は誰が負担するのか、という問題もあるからです。遺伝子型を調べる検査は保険適用がありませんから、全額自費で検査をしなければなりません(注3)。しかもかなりの高額になります。HBVに感染し苦しんでいる人に対してそんな負担をさせることはおかしくないでしょうか。

 繰り返しますがHBVはHCVやHIVと異なり感染力が極めて強いのが特徴です。今、政府がすべきなのは、補償の対象を少なくすることに躍起になるのではなく、感染者を早期発見し治療を促すこと、そして新たな感染者を生じさせないことです。

 もっとも、政府も感染者の早期発見については重要視しているようで、厚生労働省は2011年2月10日、肝炎対策の基本指針として、「すべての国民に対し肝炎ウイルス検査を受けるよう働きかけることを柱とする」ことを発表しています。

 しかし、現時点では東京と大阪を含む大都市でさえ、HBVの検査を無料で受けることはできません。HBVよりもはるかに感染力の弱いHIVは無料で検査が受けられるのに、です。政府は企業の健康診断にHBVを含めることも推奨していますが、これは企業内で感染者が見つかった場合、(解雇など)不当な差別を受けないか、あるいは秘密が守られるか、という問題が残ります。

 政府が直ちにおこなうべきことは3つあります。

 まず1つめは、集団予防接種で感染した可能性のある人全員に補償をおこなうことです。高いお金をかけて遺伝子型の検索をしたり、裁判で時間とお金を浪費したりするのではなく、可能性のある人には相当の補償をおこない、次の犠牲者を出さないことに目を向けるべきです。

 2つめは、誰もが無料で、さらに希望者には(HIVと同じように)匿名で保健所などでの検査が受けられるようにして、陽性者には医療機関を受診するよう助言をおこなうことです。HBVの治療はHIVと同様、格段に進歩していますから、決して「不治の病」ではありません。

 そしてもう1つは、希望すれば誰でもワクチンを無料接種できるようにすることです。現在WHO(世界保健機関)に加盟している192ヶ国中171ヶ国が生後すぐにすべての子供にワクチンを接種しています。日本はなぜか、ワクチンをうたない残りの21ヶ国に入っているのです。また、成人のワクチン接種率も日本は恐ろしいくらいに低いのです。ワクチンを接種していなかったために、性感染などでHBVに感染し生死をさまよった、あるいはその後の人生が大きく変わってしまった、という人がどれだけ多いかを、国民が、そして政府が知るべきです。

 私が提案するこれら3つのことをおこなえば、それなりにお金がかかるのは事実ですが、HBVは慢性化してしまえば、かなり長期にわたりかなり高価な薬剤が必要になります。さらに肝硬変や肝臓ガンに進行すればさらに莫大な医療費が発生します。直ちにこれら3つの方針をとれば、長期的にみれば結果として医療費削減にもつながるのです。


注1:国立感染症研究所感染症情報センター(IDSC)のウェブサイト内にある「献血者におけるHBV陽性率の動向とB型肝炎感染初期例のHBV遺伝子型頻度」(http://idsc.nih.go.jp/iasr/27/319/dj3193.html)から引用しています。

注2:2008年度国立病院機構共同臨床研究にある「B型急性肝炎における遺伝子型別の頻度と年次推移」を参考にしています。

注3:いくらくらいかかるかは医療機関によって異なりますが数万円くらいはするのではないかと思われます。医療機関によっては、患者負担ゼロでおこなっているところもあり、太融寺町谷口医院もこれまで研究費から捻出し患者負担はゼロにしています。(しかし感染者が増加しており今後も患者負担ゼロでおこなえるかどうかは未定です)

参考:
NPO法人GINAウェブサイトより 「本当に怖いB型肝炎」
はやりの病気第43回(2007年3月)「B型肝炎にはワクチンを!」
はやりの病気第8回(2005年5月) 「B型肝炎」
医療ニュース2007年8月22日 「父子間でのB型肝炎ウイルス感染が全体の1割!」
肝炎ワクチンの接種をしよう

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