メディカルエッセイ

第91回(2010年8月) 医師はどのような患者に対しネガティブな感情を抱くか

 以前、米国ジョンズ・ホプキンス大学の研究者が、医学誌『Journal of General Internal Medicine』2009年11月号で、「肥満患者は医師から丁寧に扱われていない」という研究を発表したことを紹介し、私個人の感想として、その研究結果が信じられない、ということを述べました。(メディカルエッセイ第82回(2009年11月) 「肥満患者が医師に丁寧に扱われていないというのは本当か」 )

 この研究では、患者のBMI(注1)が10増加するごとに、医師の患者に対する敬意が14%減少する、としています。「敬意が14%減少する」というのはよく分かりませんが、例えば身長170cmの人2人(AさんとBさん)が受診したとして、Aさんが57.8kg(BMI 20)、Bさんが86.7kg(BMI 30)とすると、BさんはAさんに比べて医師からの扱いが14%悪くなる、とこの論文では言っているわけです。

 肥満があるからといって、コミュニケーションが取りにくいわけではありませんし、医師や看護師に反抗的というわけでもありません。私には、この研究が言うように「体重で医師が患者を差別する」というようなことが到底あるようには思えないのです。

 この論文が発表されてから5ヶ月後、私の感覚どおり、というか、やはりこの研究を否定する論文が発表されました。医学誌『JAMA』2010年4月7日に、米国ペンシルベニア大学のVirginia W. Chang氏らの研究が報告され、この研究結果は、「医師の肥満患者に対する医療の質は、非肥満患者に対するものと比べて劣らない」、と結論づけられています。(下記注2参照)

 この研究は、メディケア(米国の高齢者向けの公的医療保険)加入の36,122人を対象とした1994~2006年の調査結果と、VHA(米国の退役軍人に対する医療保険)加入の33,550人を対象とした2003~2004年の調査結果を分析しています。

 その結果、肥満患者が非肥満患者に比べて、適切な医療サービスを受けていないとするエビデンス(科学的確証)は認められなかったとされています。むしろ、血液検査のいくつかの項目では、肥満患者の方が積極的に検査されており、ここだけを取り上げればむしろ、肥満患者の方が丁寧に診察されている、と言えるかもしれません。

 そうか、やっぱり私の感じていたことが正しかったんだ、一件落着・・・。といきたいところですが、この2つの論文をきっかけに、「では医師はどのような患者に対しネガティブな感情を抱くか」ということを考えてみました。

 まず、肥満患者に関してもう一度よく考えてみました。おしなべて言うと、私は太っている患者さんはむしろ接しやすいように感じています。特に、「やせたいんです・・・」と真剣に訴える人に対しては、「なんとか応援したい」とポジティブな感情が芽生えます。一緒に運動や食事療法について考えて、次の外来のときに「先生、2キロ痩せましたよ!」などと言われると、「医師をしていてよかった。感動を患者さんと分かち合えた!」と感じます。

 しかし、よくよく考えてみるとこの逆のパターンもあります。例えば、高血圧や高脂血症があり、薬よりも何よりもまずは体重を落とすことを優先すべき状態なのに、「今の体重が自分の標準なんや。なんで医者に、やせろ、なんて言われなあかんのや」、というようなことを実際に言う人もいます。こんなとき、私は安易に薬に頼るべきでないことを説明し、減量のメリットを何度も説明することを試みますが、初めから聞く気がない人にはまったく説得力がありません。この場合はけっこう疲れますし、ネガティブな印象を持ってしまうことは否定できません。しかし、このようなケースは例外的であり、少なくとも太融寺町谷口医院を受診される大半の患者さんは、(実際にできるかどうかは別にして)運動や食事の注意点を説明すると耳を傾けてくれます。

 さて、肥満以外にはどのようなケースがあるでしょうか。

 メディカルエッセイ第82回でも述べましたが、患者さんの症状とは関係のない特性で否定的な感情を持つことはありませんし、あってはならないと私は考えています。例えば、過去に犯罪歴があるとか、性的マイノリティだとか、国籍が異なるとか、そういったことでは一切の差別があってはならないのです。

 私が瞬間的にネガティブな感情を持ってしまうことがあるのは、「お金を払うんだから言うこと聞いてよ」、という態度の人です。言い換えれば「医療をサービス業と誤解している人」です。これについては、以前詳しく述べたことがあるので(メディカルエッセイ第68回2008年9月 「「医療はサービス業」という誤解」 )、ここでは繰り返しませんが、典型的な例を挙げると、

・お金を払うんだから、薬を処方してくれてもいいでしょ・・・
・お金を払うんだから、点滴をしてくれてもいいでしょ・・・
・お金を払うんだから、希望する検査をしてくれてもいいでしょ・・・

といったものです。

 つい最近も、ある検査をしてほしいという患者さんが来られました。問診の結果、その患者さんはその検査をする必要がないと私は判断しました。私は、なぜその検査が必要でないのかを説明し、少なくとも保険診療ではできない旨を伝えましたが、患者さんは納得されなかったようで、「検査してくれないならもういいです!」と怒って帰っていきました。私の説明にまずいところがあったとは思いますが、初めから「金を出すんだから希望の検査をしてくれ」という理屈は医療の性質に合わない、ということを理解してもらうのに苦労することがしばしばあります。

 もっとひどい(と我々医師は感じます)ケースもあります。これは私が経験した事例ではなく、ある医師から聞いた話です。

 あるクリニックに20代の女性患者さんが来院しました。その患者さんは、他覚的にはそれほど強い症状がないのですがいくつかの重篤な病気の可能性を考えていたそうです。そこで医師は問診と診察をおこない、それほど心配する必要はないこと、少なくとも現時点では検査や投薬も不要であることを伝えました。なかなか患者さんは納得しませんでしたが、20分以上時間をかけてようやく理解されたそうです。しかし、診察室を出て行くときに残した言葉が、「検査も薬もないんだから今日は無料ですよね」、だったそうです・・・。

 たしかに、サービス業であれば、商品の説明を聞くだけなら無料であることが普通だとは思いますが、医療はサービス業ではありません。そもそも、我々医師の仕事というのは、「いかに検査や投薬を減らすか」、ということに重きを置いているのです。ときどき、勘違いしているマスコミが、「病院の利益のために不必要な検査をおこなっている」、などと書き立てますが、こんなことはあり得ません。(不必要な手術をおこない死亡させたことが発覚した奈良県大和郡山市のY病院のような例も実際にありますが、これは例外中の例外です)

 また、サービス業であれば、通常クーリングオフという制度があります。商品を購入したものの、期待していたものと異なった場合、一定期間内であれば返品できるという制度です。医療行為の場合、もちろんこのようなシステムはないわけで、分かりやすい例を挙げれば、手術が成功しなかった場合でも治療費が値引きされるわけではありません。

 このように医療行為というのは、医師から話を聞くだけでもお金がかかり、病気が治らなかったとしても治ったときと同じ費用がかかります。つまり、サービス業とはまったく異なるのです。しかし、この違いは確かに医療者以外には分かりにくいかもしれません。

 次回はこのあたりをもう少し掘り下げてみたいと思います。

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注1:BMIとはボディ・マス・インデックスの略で、体重(キログラム)を身長(メートル)の2乗で割った数字です。体重88キログラム、身長2メートルの人なら、88÷2の2乗=88÷4=22となります。一般的には22~25くらいが標準とされています。

注2:この論文のタイトルは、「Quality of Care Among Obese Patients」で、下記のURLで概要を読むことができます。

http://jama.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=185629

参考:メディカルエッセイ
第82回(2009年11月) 「肥満患者が医師に丁寧に扱われていないというのは本当か」
第68回(2008年9月) 「「医療はサービス業」という誤解」