はやりの病気

第91回 不定愁訴という病 2011/3/20

不定愁訴(ふていしゅうそ)という言葉をご存知でしょうか。

 これは我々医師が医師となり実際に診察を始めると、早かれ遅かれ必ず遭遇する患者さんから聞く訴えであり、そして始めのうちは、どのようにして治療していいかわからずにとまどってしまうものです。

 例をあげたいと思います(注)。

【症例】34歳女性。主婦。1年くらい前より、めまいと頭痛を自覚するようになった。市販の痛み止めを飲んでもそれほど効かないが、家事はなんとかおこなえている。半年くらい前からしびれを自覚するようになった。しびれはそのときによって起こる場所が異なる。2ヶ月くらい前から動悸と胸が圧迫されるような感じをときどき自覚するようになり、最近は息苦しさも感じるようになり受診することとなった。

 この症例に対して、ひとつひとつの訴えに対して検査をしたとしましょう。めまいと頭痛があるから脳のMRIを撮影し、耳鼻科的な平衡機能の検査をおこない、しびれについては頚椎のレントゲンを撮影し、動悸があるから心電図に胸部レントゲン、さらに採血と採尿をおこなったとしましょう。「絶対に」とは言いませんが、このようなケースでは多くの場合、異常所見が見つかりません。このように、患者さんはいろんな訴えを言うのだけれど、検査をしても何も異常がでずに治療が必要でないことが多いものを「不定愁訴」と呼びます。

 不定愁訴の最大の特徴として「症状が多彩である」ということがあげられます。さらにひとつひとつの症状も変化することが多いという特徴があります。例えば、「先週は倦怠感とめまいでしんどくて今週はそれらは少しましになったけど、今度はしびれが出現して、そのしびれは昨日は両腕にでたけど、今日は足にでてきた・・・」、といった感じです。

 入院中の患者さんがこういった不定愁訴を訴えることがしばしばありますから、ほとんどの医師が医師になって比較的早い時期に経験します。そして患者さんは、その症状がいかに苦しいかということを力説します。なんとか患者さんの力になりたいと考えている若い医師(研修医)は悩みます。なにしろ、不定愁訴などというものは医学の教科書にはほとんどでてきませんから臨床経験の浅い医師にとってみれば馴染みがありません。しかし、苦しいと言っている患者さんを放っておくわけにはいきません。かといって検査をしても異常がでず、鎮痛剤を処方することくらいしかできません。そして、多くの場合、どのような薬を処方してもすべての訴えがなくなることはないのです。

 不定愁訴は症状が多彩ですから、患者さんはしばしばドクターショッピングを繰り返します。例えば、動悸がするから循環器内科を受診したけれど異常がないと言われ、次に呼吸器内科を受診した。また異常がないと言われ、耳鼻科、婦人科、脳外科、ペインクリニック、などを受診し、いつのまにか財布のなかは医療機関の診察券だらけになっている、というケースも珍しくありません。

「総合診療」という言葉が次第に知れ渡ってきた数年前から、こういった不定愁訴の患者さんは、総合診療科に集まるようになってきました。例えば、私が大学病院の総合診療科の外来を担当していたとき、1日の患者さんの半数近くが不定愁訴と思われるような日もありました。

 もっとも、患者さんの方は、自分の症状を「不定愁訴」とは思っておらず、「いろんな症状がでてきているから重い病気に違いない。なんとかして正しい診断をつけてもらわなければ・・・」という気持ちを持っています。

 ですから、診察する医師の方が「それは不定愁訴といって治療する必要のないものですから病院に来る必要はありません」などと安易に言ってしまうと、患者さんは納得しませんし、「今度こそ」という思いを抱き、新たな医療機関を探すことになります。私自身は、大学病院の総合診療科でも、太融寺町谷口医院でも、少なくない不定愁訴の患者さんを診てきましたが、患者さんによっては、過去に受診した医療機関の検査データや、これまでの経過を丁寧にワープロで作成したプリントをまとめたファイルを持参することもあります。

 では、我々医師は不定愁訴の患者さんと遭遇したときにどのようにしているのでしょうか。まず、患者さんの訴えから単なる不定愁訴と感じても、安易に決め付けてはいけません。数はそれほど多くありませんが、太融寺町谷口医院の例でみても、「一見、不定愁訴に思われる症例が実は放っておいてはいけない病気であった」というケースがあります。

 例えば、「長引く倦怠感と下痢、発汗が半年前から続いているがこの前の健康診断では異常がないと言われた」と言って受診した30代の男性が結核であったという症例、「4ヶ月前からだるさと微熱としびれがでたり消えたりする」と言って受診した20代の男性がHIVであった症例、「動悸と不眠で困っていて2つの病院にいったけど、どちらも安定剤しか処方してくれなかった」と言う訴えの20代女性が甲状腺機能亢進症であった症例、「むくみとイライラがあり前の病院では生理周期にともなう正常のものと言われたけど納得できない」と言って受診した20代女性が全身性エリテマトーデスという膠原病であった症例、などがありました。これらの症例では、「安易に不定愁訴と決め付けてはいけない」ということを改めて考えさせられました。

 あと注意しておかなければならないのは、女性の不定愁訴のなかには、更年期障害や月経前緊張症候群(PMS)という観点から治療をすべきものがあるということです。私の場合、月経前緊張症候群の患者さんは比較的多数の症例を診ていますが(下記コラムも参照ください)、更年期障害を疑ってそれが重症であれば、更年期障害に力を入れている婦人科クリニックを受診してもらうことがあります。更年期障害に対しておこなう「ホルモン補充療法」は専門医がおこなうべきだからです。

 もうひとつ、比較的早い段階で紹介受診してもらうのは「慢性疲労症候群」を疑ったときです。程度にもよりますが、疲労感が強く仕事を辞めざるを得なくなり日常生活に困難をきたしているような場合は、専門医に紹介することも検討します。

 さて、結核やHIV、甲状腺疾患、更年期障害、慢性疲労症候群などを除外したあとにどうすべきか、ですが、患者さんの話をよく聞くと、強いストレスが影響していたり、精神的な問題があったりする場合がしばしばあり、こういう場合、精神科の受診をすすめることがあり、患者さんが同意すれば紹介状を書きます。

 精神科受診に同意されない場合、あるいは精神科受診までは必要のないような場合は、私が診ることになりますが、患者さんの自宅があまりにも遠い場合は近くのクリニックを受診するよう助言します。不定愁訴の患者さんはすでにドクターショッピングを繰り返していることが多く、電車で何時間もかけて来られるケースがしばしばあります。一度や二度の来院で症状が完全になくなることは期待できず、たいていは何ヶ月もかかることになりますから、自宅が遠いと通院が続かないのです。

 なかなか治療のとっかかりがつかみにくい不定愁訴ですが、それでも何度も通院してもらい、話を聞き、場合によっては漢方薬などで治療を続けると、よくなっていくケースもまあまああります。(再び悪化することもありますが・・・)

 不定愁訴という病は、検査をしても異常がでずに、薬を使っても一気に治ることはほとんどないために、医療者からは歓迎されないことが多いのですが、患者さんの側からみれば苦しんでいるのは事実なわけですから、たとえ劇的な治療効果が出なかったとしても、医療者は根気強く取り組んでいかなければならない疾患ではないかと私は考えています。


参考:はやりの病気第25回(2006年2月)「生理前の様々な苦痛-月経前緊張症候群-」

注:ここでとりあげた症例は、私が診察した複数の患者さんをヒントにしてつくりあげたフィクションです。もしもあなたに、登場人物と似たような境遇の知り合いがいたとしても、それは単なる偶然であるということを銘記しておきたいと思います。

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