はやりの病気

第119回 VPDを再考する 2013/7/22

 VPDという言葉を聞いて、その意味がすぐに分かる人はまだそれほど多くないかもしれません。しかし、それでも今から10年前に比べれば随分と社会に浸透してきているのではないでしょうか。

 VPDとは、Vaccine Preventable Diseasesの略で、日本語にすると「ワクチンで防げる病気」となります。このサイトで以前から何度も指摘しているように、日本は「ワクチン後進国」であり、世界からは奇異な眼で見られています。見られている、というよりは「世界に迷惑をかけている」と言った方が適切かもしれません。

 例えば、2007年に修学旅行でカナダへ行った日本人の高校生が麻疹(はしか)を発症し、学生と教師160人がホテルへ隔離された、という事件がありましたし、同じ2007年には米国でも似たような事件がありました。米国に遠征試合に出掛けた日本の少年野球の12歳の男子が麻疹の感染源になっていたことを米国CDC(疾病対策センター)が発表しています。

 また、最近では2013年6月、米国CDCが、日本(及びポーランド)では風疹が流行しており、妊婦や妊娠の可能性のある女性は日本へ渡航する場合は事前に医師への相談が必要という事実上の渡航制限をおこなっています(注1)。また、ヨーロッパでも、欧州疾病対策センター(ECDC)が、6月27日発行の報告書で、日本の風疹流行をトップ扱いで紹介し、やはり事実上の渡航制限をおこないました。

 このように、世界的にみて日本がワクチン後進国であるのは事実ですが、それでもVPDという言葉が少しずつ普及し、ワクチンを積極的に接種する人が多少は増えてきているのもまた事実です。これは、現場の医師がきちんと説明するようになってきたからであり、また『KNOW・VPD!』(注2)のようにすぐれたウェブサイトができたからだと思います。

 一方、マスコミや市民団体の力も大きな影響を与えています。子宮頸がんのワクチンがその代表です。子宮頸がんのワクチンはメーカーだけでなく市民団体も活動をおこない、タレントがテレビCMでPRもおこない、世論が動いた結果、ついに定期接種にまで組み入れられることになりました。

 しかし、その子宮頸がんのワクチンについて、2013年6月、厚生労働省は「子宮頸がん予防ワクチンの接種を受ける皆さまへ」というタイトルの注意勧告を出しました。PDFで2ページのこの勧告(注3)には、赤の背景に白色の大きな字で「現在、子宮頸がん予防ワクチンの接種を積極的にはお勧めしていません」と記載されています。

 積極的に勧めていない、という日本語が分かる人はそう多くないでしょう。もしも私が接種対象者の父兄なら、「接種すべきなのかすべきでないのかはっきりしてくれ!」と言いたくなります。

 そもそも子宮頸がんのワクチンは、ヒブ(Hib)ワクチン、(小児用)肺炎球菌ワクチンと並んで2013年4月1日から「定期接種」に組み入れられたばかりのワクチンです。それが3ヶ月もしないうちに「積極的に勧めていない」とはどういうことなのでしょうか。

 これはつまり、ワクチンの副作用として、失神がおこったり、長期間続く痛みが残ったり、といった報告が増えてきており、それを重要事項と認識した厚労省が、「そんな副作用があるかもしれないことをあらかじめ言っておきますね。だから副作用がでても文句を言わないでね」と言いたいのがホンネなわけです。

 これに対し、子宮頸がんのワクチン接種を積極的に推奨している人たちは、「世界では多くの国で公的接種となっている」「WHO(世界保健機関)も接種を推奨している」「失神や痛みはワクチンのせいではなく、小さな女の子にうつからその痛みやショックで生じた副作用だ」などと言って、ワクチン接種の必要性を引き続き訴えています。

 ここで私の考えを述べておくと、結論としては「子宮頸がんのワクチンは、そんなに急いで接種しなくてもいいんじゃないの?」というものです。

 そもそも子宮頸がん予防ワクチンのターゲットであるHPV(ヒトパピローマウイルス)は性交渉でしか感染しないものです(注4)。風疹や麻疹(はしか)、水痘(みずぼうそう)やおたふく風邪は、"普通に"生活していても感染者に近づくだけで感染します。しかし、HPV(のハイリスク型)は、性交渉をしない限りはうつりません。

 ではなぜ、HPVワクチンは中学1年生になれば接種しなければならないことになっているのでしょうか。(推奨年齢は小学6年生~高校1年生とされていますが、定期接種になってからは原則中学1年生になっています) HPVは性交渉を介して感染するわけですから、初めて性交渉を行う前にワクチン接種をしておけば感染を防げると考えられるからです。

 しかし、この理屈に疑問を感じる人も少なくないのではないでしょうか。私は以前ある患者さん(40代女性、娘が中学生)から「うちの娘はそんなこと(性交渉)を中学の間にするなんてことはありません。高校を卒業してからじゃ遅いんですか?」という質問を受けたことがあります。

 これはもっともな意見でしょう。現実的には、親が「うちの子に限って・・・」と思っていたのに中学生で性交渉の経験がある、なんてことはよくあります。しかし、だからといって、「あなたの娘さんは中学生の間に性交渉を開始する可能性がありますからワクチンは中学生になったら打ってください。成人してから接種するのは勝手ですが、今じゃないと無料で打てませんよ。成人してから自費で打つとおよそ5万円もかかりますよ。今打った方がいいでしょ」、と言うのは問題です。もちろん行政は実際にこのような乱暴な言葉を使っているわけではありませんが、「中学1年生で打てば無料、成人してからだと有料、さあ、どちらにしますか?」、と言っていることに変わりはありません。

 子宮頸がんについてポイントを整理すると次のようになります。

・原因のウイルス(HPV)は性交渉を介して感染する
・ワクチン接種をしても子宮頸がん全体の7割程度を防げるだけで、接種していても子宮頸がんになることもある
・ワクチン接種をしてもしなくても定期的な子宮頸がんの検査は必要
・定期的に検査を受けていれば子宮頸がんは早期発見できて完全に治すことができる

 私自身はHPVのワクチンは医学史に残る大変すぐれたワクチンだと思いますし、多くの人が接種すべきだと考えています。しかし、中学生の女子がどうしても接種しなければならないのか、と問われれば、そうではないでしょ、と言いたくなります。

 その理由として、ひとつめには、先に例にあげたお母さんのように「娘に性交渉をさせない」という考え方があってもいいと思いますし、もっと言えば、保護者ではなく中学生の女子自身が自分で判断すべき、と私は考えています。これに対して、「中学生に性に関する適切な判断ができない」という反論はあるでしょう。しかし、女子中学生の立場からすると、「あたしは高校生になるまで(高校を卒業するまで)好きな人ができてもプラトニックラブを通すつもりなのに、なんで中学1年でそんなワクチンをうたないといけないの? あたしがいい加減なやつだとでもいいたいわけ?」となるのではないでしょうか。

 では、どうすべきかというと、中学1年生(あるいは小学生の間でもいいと思います)になると、「性交渉と性感染症、子宮頸がんについてきちんと学校で授業をして正しい知識を持ってもらう。HPVワクチンについては接種するかどうかを自分で考えてもらう」、とするのがいいでしょう。そして、原則としてワクチンは、いくつになっても(その人が性交渉を開始するようになるまで待って)無料で接種できるようにすべきです。ワクチン積極推奨派の人たちは、失神や痛みを「まだ幼い少女だから注射そのものの痛みが原因で・・」と言いますが、それならば接種する年齢を上げればいいわけです。

 もうひとつ、私が子宮頸がんのワクチンを「そんなに急いで打たなくても・・・」と感じる理由があります。それは、「他に急ぐものがあるでしょ」というものです。

 風疹が2回接種する必要があることはかなり周知されてきましたが、麻疹については2007年のブームが去ってから関心が薄くなっているように思われます。また日本では水痘(みずぼうそう)のワクチンが未だに定期接種に組み入れられておらず、任意接種のままです。(ちなみに水痘ワクチンは日本人が開発しています) みずぼうそうはたいしたことがないと思っている人もいますが、重症化することもあり毎年10人程度は死亡しています。成人してから罹患すると、死に至ることはないにしても瘢痕がかなり長期に渡り残ることがあります。

 おたふく風邪のワクチンもいまだに任意接種のままです。おたふく風邪も軽症と思われていますが、重症化すると生涯治らない重症の難聴になることがあります。

 B型肝炎ウイルスのワクチンについてはこのサイトで何度も述べていますのでここでは繰り返しませんが、集団発生(注5)もあり、年間数百人もが感染後数ヶ月で劇症肝炎で死亡しています。また、太融寺町谷口医院で最近発覚するB型肝炎ウイルスには慢性化するタイプのものが多く、こうなれば極めて長期間(あるいは生涯にわたり)高価な薬を飲まなければなりません。

 一方、ロタウイルスのワクチンは任意接種ではありますが、なぜか最近とても有名になりワクチンが足りなくなることもあるようです。費用は2回接種のタイプでも3回接種のタイプでも合計3万円近くもするのに、です。

 誤解のないように言っておくと、私はHPVワクチンやロタウイルスワクチンを「打つ必要がない」と言っているわけではありません。その逆に「積極的に接種すべき」と考えています。しかし、どのワクチンが優先順位が高いか、ということと、いつ接種すべきか、についてはよく考えなければなりません。

 VPDという言葉がもっと普及し、そして行政が決める「定期接種」「任意接種」ではなく、本当に必要なのはどのワクチンで、優先順位はどのように捉えるべきか、多くの人にこのことを考えてもらいたいというのが私の願いです。

 

注1:New York Timesが「Rubella Epidemics in Japan and Poland」というタイトルで報道しています。下記URLを参照ください。

http://www.nytimes.com/2013/06/25/health/rubella-epidemics-in-japan-and-poland.html?_r=1&


注2:『Know・VPD!』については下記を参照ください。

http://www.know-vpd.jp/index.php


注3:厚生労働省のこの注意勧告は下記URLで閲覧することができます。
 
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000034kbt-att/2r98520000034kne.pdf


注4:ただし、だからといって子宮頸がんを「性病」のように捉えるのは適切ではありません。これについては以前述べたことがあるのでここでは言及しません。興味のある方はNPO法人GINAのホームページ「子宮頚ガンとHPVワクチン」(
http://www.npo-gina.org/tuite/#a39)を参照ください。


注5:B型肝炎ウイルス(HBV)の集団感染は、格闘技系のクラブ活動での集団発生がありますし、最も有名なものとして、2002年4月に発生した「佐賀保育所HBV集団発生事件」があります。この事件は、園児19名、職員6名の合計25名がHBVに集団感染したもので、感染源は元職員であったことが推定されています。詳しくは、佐賀県の下記ホームページを参照ください。

http://kansen.pref.saga.jp/kisya/kisya/hb/houkoku160805.htm



参考:
はやりの病気第97回(2011年9月)「新しいHPVワクチンと尖圭コンジローマ」
はやりの病気第77回(2010年1月)「子宮頚ガンのワクチンはどこまで普及するか」
メディカルエッセイ第89回(2010年6月)「日本は「ワクチン後進国」の汚名を返上できるか」
NPO法人GINAウェブサイトより「悩ましき尖圭コンジローマ」