メディカルエッセイ

第131回(2013年12月) 不可解な公表された医師の収入

 2014年度の診療報酬改定率について実質マイナスになることが報道されています。「診療報酬」というのは、診察代がいくらで、胸部レントゲン1枚がいくらで......、など診察にかかる費用のことで、これが高くなれば患者さんの負担が増えて、医療機関の収入も高くなります。

 消費税の増額が決まっているわけですから、我々医療機関としては多少なりとも診療報酬を上げてもらわないと経営的に苦しくなるわけですが、そのあたりは考慮してもらえないようで、マスコミも医療機関の立場からはあまり報道していません。

 少し例をあげると、例えばレントゲン1枚撮影するのにもフィルムの他、現像液なども必要ですし、電気代にも消費税が反映されることになるでしょう。医療機関では医師が曝露されたX線の量を定期的に計測する必要があり、この計測費用も値上がりするでしょうし、メンテナンスの費用も消費税増額分が加味されるでしょう。レントゲン1枚あたりの診療報酬が上げられないのなら利益は小さくなります。だからといって(当たり前ですが)撮影する必要のないレントゲンをとることはできません。

 では私自身は、「診療報酬を実質下げる」という政府の方針に反対しているのかというと、そうではなく、医療機関を倒産させない範囲でなら下げてもらってかまわない、というか、被災者の支援やエネルギー問題など他にお金がかかることがいろいろとあるでしょうから、全体のバランスをみて必要なところに使ってほしいと考えています。

 マスコミの報道をみていると日本は好景気に突入したような印象を持ってしまいますが、実態はどうなのでしょうか。たしかに株価が上がり円は下がっています(自国の通貨価値が下がってなぜ喜ばなければならないのか、私にはいまだに理解できないのですが......)。高級品が売れ、九州の豪華列車「ななつ星」は 3泊4日で55万円だった価格を77万円に値上げすることを決めたそうです。

 しかし、私には景気が上向いているという実感がありません。患者さんから話を聞いていると、相変わらず「仕事が見つからない」という人は多いですし、「今日はお金がないから2千円までで治療してください」などという人も依然少なくありません。

 「豪華列車に乗る予定です」とか「高級時計を買いました」といった人は健康であり、そもそも医療機関を受診しないということもあるのでしょうが、私の周りには公私ともども景気のいい人はほとんどいません。

 さて、そろそろ本題に入りましょう。政府が「診療報酬の下げ」について発表をおこなう前に「第19回医療経済実態調査(医療機関等調査)報告(平成25年11月6日公表)の概要」というものが公表されました。

 実は私は2年前にも同じことを指摘したのですが、政府は「診療報酬を下げますよ」と言う前に、必ず医師の年収を発表します。なぜこのタイミングで公表するのか。「医師はこれだけ儲けているんだから診療報酬を下げるのは当然でしょ」と政府が世間に訴えたいからではないか、と私はみています。

 しかし政府が算出している医師の収入にはトリックがあります。2年前のコラム「「開業医は儲かる」のカラクリで、厚生労働省が公表した「開業医の月収は231万円」がいかに誤解を招くだけの"デマ"なのかということを述べました。ここでは繰り返しませんが、ポイントを述べておくと、開業医の約7割は医療法人としておらず個人事業の形態であり、個人事業の収入から税金と借り入れ金の返済と損金計上できない経費を引くと、手取りは利益("月収")の5分の1程度になる、ということです。

 私のこの指摘を意識して......、というわけではもちろんありませんが、今年は政府がもう少し手の込んだ数字を公表しました。医師の年収を一般病院と診療所に分け、さらに一般診療所のなかで医療法人を別にしているのです。詳しくは上記報告書を参照してもらいたいのですが、下記に数字を引用してみます。

◆一般病院
・病院長
  医療法人立:3,098万円
  国立:1,964万円
  公立:2,070万円
・医師
  医療法人立:1,590万円
  国立:1,491万円
  公立:1,517万円

◆一般診療所
・院長
  医療法人:2,787万円
・医師
  医療法人:1,336万円
  個人:1,345万円

 さて、みなさんはこの数字をみてどう思われるでしょうか。まず、病院の病院長であれば2~3千万円の年収というのは妥当でしょうか。意見が分かれるところでしょうが、数百人から数千人の職員のトップであればこれくらいの年収はおかしくはないのでは、と私は感じます。医療機関は営利団体ではありませんし、医師は利益を追求してはいけない職業ですが、数百人から数千人のリーダーと考えれば妥当ではないかと私は思います。

 一方で、一般診療所の医療法人の院長が2,787万円というのはどう考えるべきでしょう。私には一般診療所のこの3つの分類の意味がよく分かりません。医療法人の院長(2,787万円)と医療法人の医師(1,336万円)を区別しているということは、ここでの医療法人の院長というのは、19床以下の入院施設を完備した医療機関の院長という意味なのでしょうか。法律上は「病院」とは20床以上(つまり20人以上が入院できる施設)で、「診療所」とは19床以下の施設です。ならば、多くの職員のリーダーである医療法人の院長であれば、ある程度たくさんもらって妥当かなとも思います。しかし、2,787万円というのは多すぎます。

 他にも分からないことがあります。無床の(つまり入院施設のない)医療法人の診療所の医師がひとりであればその医師も「院長」となります。太融寺町谷口医院も医師は私ひとりですから私も一応は「院長」ということになります。私の年収は、上記の「医療法人の医師」とだいたい同じですから、私のような医師は「医療法人の院長」ではなく「医療法人の医師」に入れられているということなのでしょうか。

 また、「個人の医師」(1,345万円)とはどのような医師なのでしょう。これが2年前のコラムで私が問題にした「医療法人にしていない開業医」のことなのでしょうか。だとすると、2年前は月収231万円(年収2,772万円)で今年が1,345万円なら、2年間で半減したことになりあまりにも不自然です。

 政府の発表を少し穿って解釈すれば、このような分かりにくい分類をわざとすることにより、医療法人の院長の収入が高すぎるというイメージを植え付け、「病院はともかく、診療所の院長はもらいすぎでしょ。だから診療報酬は下げましょうね」と国民に暗示をかけようとしているようにみえます。一般の人は、19人以下の入院施設がある医療機関も診療所とは呼ばずに病院とみなすのが普通でしょう。政府はその盲点をついてこのような発表をしたように思えてなりません。

 さて、では医師の収入と診療報酬はどうあるべきなのでしょうか。そもそも医師は営利を追求してはいけない職業だからすべての医師の収入を同じにする、というのもひとつの考えですがこれはあまりにも非現実的でしょう。ならばどうすべきか。これは私個人の考えであり、以前にも述べたことですが、「保険診療を担っているすべての医師の収入の上限と下限を決める」、という方法がいいと思います。

 診療報酬を下げることに私は賛成だと述べましたが、下がりすぎて従業員の給与が払えなくなればそうも言っていられません。ですから、医師の年収の上限を1,200万円くらいにする代わりに下限を500万円くらいにし、さらに、従業員のある程度の収入を保証してもらえれば、安心して日々診療に没頭することができます。

 最近は「プア充」なる言葉が流行していて、年収200万円くらいで満足しているプア充推進派の人たちからは、「下限が500万円なんてバカじゃないの。そんなに必要ないでしょ」と言われるかもしれませんが、学会参加や教科書の購入などの勉強代で何かとお金がいるのが医師なのです。

 保険診療に携わる医療者の年収の上限と下限を決めるというこの方法、医療費を安定させるのに最適だと私は思うのですがみなさんはどう思われますか。しかし、こういったことを議論する前に、政府には分かりやすいきちんとした情報を提供してもらいたいと思います。


参考:
メディカルエッセイ第117回(2012年10月)「医師の勤務時間・年収の実態」
メディカルエッセイ第106回(2011年11月)「「開業医は儲かる」のカラクリ」