はやりの病気

第127回 A型肝炎に要注意、可能ならワクチンを

 A型肝炎が2014年になり例年を超える勢いで急増しているようです。国立感染症研究所の報告によりますと、2014年第9週までの報告数は102例になり、例年の倍以上のスピードで推移しているそうです。2月21日までの報告を地域別にみてみると、宮城県、大阪府、埼玉県、東京都あたりでの報告が目立ちます。

 もう少し詳しくみてみると、2月21日までの報告では、年齢の中央値は46.5歳、年齢階級でみると50~69歳が41%で最多、次が20~39歳の32%です。性別では男性が59%、女性が41%です。感染した地域は7割が国内で3割が海外です。海外での感染は、カンボジア、タイ、パキスタン、フィリピン、インドネシア、エチオピア、韓国、モロッコなどとされています。

 感染経路については、2月21日までの報告のうち9割以上が経口感染で、そのうち約4割は生カキの摂取が原因と考えられています。残りの約1割は性感染ではないかとみられています(注1)。

 A型肝炎というのはA型肝炎ウイルスによって発症します。アルファベットがついた肝炎ウイルスにはA型からE型があります。B型とC型については、日本にも感染者が多数いること(どちらも100万人以上と推測されています)、慢性化し将来的に肝臓ガンや肝硬変のリスクがあることなどから広く周知されていると思います。D型は日本にはほとんど存在しないこととB型に感染している人にしか感染しないことから一般にはあまり知られていません。E型はブタやシカを生で食べない限りは国内では感染しませんし、海外での感染もA型ほどは多くないためにそれほど有名ではありません。

 一方、A型肝炎は2~3年前から一躍有名になりましたが、このきっかけはおそらく2011年の夏に発生したタイの大洪水でしょう。一般に洪水被害が起こると「水系感染」といって汚染された水からの感染症が流行することがあります。タイはもちろん水道水は飲めずに飲料水はペットボトルなどで飲みますが、料理に使う水をすべてペットボトルでまかなうわけにはいきません。不衛生な水で野菜を洗ったり、そのような水で洗った包丁を使ってフルーツをカットしたりしますから、野菜や果物にA型肝炎ウイルスが付着していた、ということが起こりうるのです。

 もっとも、日頃から感染症に対する注意をしている人であれば、アジア方面に渡航する前にワクチンを接種していました。A型肝炎はワクチンで防げる病気、つまりVPD(注2)なのです。ワクチンは2回もしくは3回接種でほぼ全員に抗体がつき、少なくとも数年間は有効であり、特にアジア方面の海外渡航には必須のワクチンです。そのため、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にも、アジア方面への旅行(短期旅行もバックパッカーなどの長期旅行も)、留学、ボランティア、海外駐在や出張などに行く人たちからの依頼が多く、希望があれば全員に接種していました。

 ところがタイの大洪水をきっかけにA型肝炎ウイルスのワクチンが一気に供給不足となり入手できなくなってしまったのです。これは、つまり、「大洪水が起こるまでは感染症に注意している人たちの需要量とワクチンメーカーの供給量がちょうど釣り合っていた。しかし大洪水をきっかけにタイに進出している日系企業が慌てて駐在員や出張する社員にワクチン接種をおこなったせいで一気に供給量が不足した」ということです。

 このサイトで何度も取り上げているように、日本人は感染症に関しては他国に比べると随分と遅れています。海外駐在員も同様で、さすがにB型肝炎ウイルスのワクチンを接種していない駐在員はほとんどいないと思いますが(ただし中小企業の駐在員や大企業でも現地採用の社員では接種していない人もいまだにけっこういます)、A型肝炎ウイルスのワクチンは接種率がさほど高くなかったのです。

 現在のワクチンの状況はどうかというと、谷口医院は旅行医学をおこなっているということもあり、ある程度は優先的にワクチンを回してもらっています。ただし以前のように希望者全員に接種できるほどは入手できません。そこで社会的に優先順位の高い人、具体的には、中小企業の駐在員・出張者(大企業の場合は社内で産業医に接種してもらうよう助言しています)、フリーのジャーナリストやカメラマン、ボランティア、留学などの目的の人に接種するようにしています。つまり、現時点では、バックパッカーも含めて単なる旅行目的の人には接種できないこともあります。また性感染症の予防目的という人や、カキを生で食べたいから接種したいという人にもお断りすることがあります。

 A型肝炎という病気やウイルスには馴染みがないという人が多いかもしれませんが、これは現在の日本が清潔になっていて感染の危険性が大きく減少しているからです。戦後間もない頃の不衛生な環境では感染者が珍しくありませんでした。日本は上水道は比較的早くから整備されており水道水がそのまま飲めるありがたい国ですが(水道水をそのまま飲める国というのはそれほど多くないのです)、糞尿を野菜栽培の肥料として使っていたこともありA型肝炎は稀な疾患ではなかったのです。

 実際、現在70代以上の人の採血をすると抗体ができている(つまり感染して治癒している)ということがけっこうあります。実はA型肝炎には不顕性感染(感染したことに気付かずに治っている)ことがあり、特に小児期では不顕性感染が8割以上と言われています。一方、成人の場合は不顕性感染が10~25%程度であろうと言われています。

 A型肝炎ウイルスに罹患し発症すると、発熱や倦怠感などに苦しめられます。初めから確定診断にいたることは少なく、風邪などと誤診されることが多いといえます。症状が継続するために採血をおこなうと肝機能が悪化しておりそこからA型肝炎が疑われて検査をおこない確定にいたる、という流れです。ただ、A型肝炎はB型肝炎やC型肝炎と同様、潜伏期間が長く(1ヶ月以上になることもあります)、問診から感染のエピソードを探りにくいことがあります。B型やC型であればタトゥーやボディピアス(これらは忘れないでしょう)や性交渉(これも忘れないのが普通でしょう)を思い出してもらうのにそれほど苦労しませんが、A型の場合は1ヶ月前に食べたものを思い出してもらうのは簡単ではありません。

 A型肝炎を発症すると通常は入院になります。倦怠感と発熱がしばらく続き日常生活が困難になるからです。入院してもたいした治療はないのですが点滴をつなぎっぱなしにして水分を補うことをします。重症化(劇症化)はB型肝炎などと比べると頻度は低いのですがないわけではありません。今年(2014年)の報告では劇症化はないようですが、劇症肝炎になると命を失うこともあります。

 ところでカキといえば、A型肝炎よりもむしろノロウイルスの方が有名です。ノロウイルスによる下痢症が昨年(2013年)末から急激に増えました。ノロウイルスは感染力が非常に強く、例えば、感染者が嘔吐した絨毯を拭いた後掃除機をかけてウイルスが空気中に散乱しそれを吸って感染、といったこともあります。またアルコールでは死滅せずに特別な対策が必要です。ここ数年間は毎年ノロウイルスが原因と思われる下痢が冬になると増えますが、生カキを食べて、というのはそれほど聞きませんでした。ところが、今シーズン(2013年11月頃から2014年3月にかけて)は、生カキを食べて、と答える人が私の印象で言えば異様に多いのです。

 そして、もう少し踏み込んで言えば、生カキを食べる人が増えた結果としてA型肝炎に罹患する人が増えているのではないか、という印象がぬぐえないのです。ちなみに、我々医療従事者は(全員とは言い切れないかもしれませんが)生カキは食べません。A型肝炎ウイルスのワクチンは接種していますが、ノロウイルスにはワクチンもなく防ぐ術がないからです。そして医療者がノロウイルスに感染したとなると、感染力の強さを考えると仕事は休まなければなりませんし、生カキを食べて下痢で休んだなどということは医療の世界では「恥」以外の何物でもありません。

 もちろん生カキというのは美味しいものですから(実は私も大好物で、引退後に思いっきり食べることを夢見ています)、一般の人は医療者ほど敏感になる必要はありません。ノロウイルス感染のリスクを抱えて食する、という考えがあってもいいと思います。それに小児や高齢者や免疫不全の状態でなければ、感染して数日間は下痢と嘔吐に苦しめられても水分摂取さえ持続できれば命にかかわる状態にはなりません。

 ただしA型肝炎はそういうわけにいきません。稀とはいえ劇症化もありますし、劇症化に至らなくても入院治療が必要になります。A型肝炎ワクチンは(値段は安くありませんが)副作用もほとんどなく極めて有効なワクチンです。海外渡航、生カキの摂取を考えている人は積極的に検討すべきでしょう。


注1:A型肝炎は不衛生な水や食べ物から感染することが多いのですが、性的接触を介して他人の肛門からの感染もあります。詳しくは下記コラムを参照ください。

NPO法人GINAウェブサイト
Dr.谷口のセイフティ・セックス講座(2010年4-5月)



注2:VPDについては下記コラムを参照ください。
第119回(2013年7月)「VPDを再考する」