メディカルエッセイ

第140回(2014年9月) 頑張れマクドナルド!

  私のようにクリニックを開業している医師は法的には公務員ではありませんし、クリニック自体も法的には公的機関ではありません。しかし、保険診療中心のクリニックであればクリニック自体は"公的な"機関と言えるでしょうし、医師というのは"公的な"存在、もっと言えば「全体の奉仕者」あるいは「公僕」とみなされるべきと私は考えています。
 
 公僕として存在すべき医師は、日本医師会の「医の倫理要項」第6条にもあるように、営利を求めてはいけませんし、特定の団体に便宜を図るようなことをおこなってもいけません。特定の製薬会社の薬品を偏って処方してはいけませんし、特定のサプリメントや健康食品、化粧品などをすすめることもできません。マスコミからの問い合わせや取材依頼はしばしば来ますが、「特定の製品や治療法に肩入れするような取材は受けない」というのが太融寺町谷口医院のポリシーです。

 かつて、このサイトの『マンスリーレポート』で「この夏の暑さと塩と味の素」(2013年8月号)というタイトルで「味の素」を絶賛したことがありますが、これは味の素が塩分を制限するのに有効であり、かつ競合品が日本でもアジアでも(私の知る限り)存在しないからです。

 今回はこのように私が決めている「特定の製品を肩入れしない」というルールから逸脱するかもしれませんが、あえてマクドナルドについて取り上げたいと思います。

 2014年8月31日の日経新聞に掲載された「マクドナルド負の連鎖」というタイトルの記事は同社の停滞ぶりを多角的に伝えています。中国の鶏肉の「期限切れ事件」や「豆腐しんじょナゲット」が8割以上の店舗で過剰請求されていた事件などに触れ、既存店売上高が急落し、業績の予想すらできない窮状に陥っていることを報じています。

 この日経新聞の記事は法的、あるいは経済的・経営的な観点から論じられており、また日経以外のマスコミのマクドナルドの報道をみてみても、数年前まで「原田マジック」などと持ち上げられていた原田前社長の経営方法は実はフランチャイズの売却益が出ていただけではないのか、とか、現在のサラ・カサノバ社長兼CEOでは再建は無理ではないか、とか、そういった内容のものが目立ちます。

 今回は、医学的な観点から(と呼べるほどのものではありませんが)、私は日頃接している患者さんにマクドナルドについてどのように話しているか、そしてマクドナルドがこれからどのように社会貢献できるのかについて意見を述べてみたいと思います。

 その前に、私自身にとってマクドナルドとはどのような存在なのか、なぜ、他のバーガーショップではなくマクドナルドが気になるのか、について話したいと思います。

 私がファストフード店でハンバーガーを初めて食べたのは小学校5年生のとき、1979年でした。大阪の近鉄上本町にあるマクドナルドで食べたメニューは、普通のハンバーガーとフライドポテトS、そしてマックシェイクのセットです。このときのことを私は今でもはっきりと覚えています。

 そもそもハンバーグなどというものは、当時の私の家にとっては月に一度食卓に上がるかどうかの贅沢品でした。それをパンにはさんで手で食べるというのが私には衝撃的だったのです。最初の一口を食べたときのあの美味しさは絶筆に尽くしがたいとしか言いようがありません。私にとってはピクルスというものも初めての経験で世の中にこんなに美味しいキュウリがあるのかと驚きました。じゃがいもと言えば、てんぷらにするか味噌汁にいれるかくらいしか知らなかった私はマックフライポテトにも感動しました。マックシェイクにいたっては、じっくりと味わって食べなければならない貴重なアイスクリームをストローで飲んでしまっていいのか、こんな贅沢は許されるのか、と罪悪感を覚えたほどです。

 物心がついたときからマクドナルドは身近にある、という人にはこういった感覚は分らないでしょうし、私のことを大袈裟と思うでしょう。しかし、当時の私たちにはマクドナルドというのは頭をハンマーで殴られるほどのカルチャーショックであり、私の友達などは「妹にも食べさせてあげたい」と言って、ハンバーガーをお土産に持って帰っていたほどです。大阪から当時の私たちの地元(三重県伊賀市)は2時間くらいはかかりますから、家に着く頃にはハンバーガーは冷たくなっています。それでも貴重なお土産になったのです。(ちなみに三重県伊賀市(当時は上野市)にマクドナルドができたのは私が高校を卒業してからです。ファストフード店がない田舎では、学校が終わってから友達とダラダラする場所は友達の家かゲームセンターくらいでした)

 大学生になってからの私はマクドナルドに入り浸りでした。多いときは週に5回は利用していました。朝マックを食べて夕食もマクドナルドで、という日もありましたし、夜中の店舗のメンテナンスのアルバイトをしていた当時の友人から廃棄処分にするハンバーガーを分けてもらってもいました。(このようなことは今の時代に発覚すれば大変なことになるでしょうが1980年代当時はあまり問題視されていなかったと思います)

 念のために言っておくと、私はマクドナルドを盲目的に崇拝しているわけではありませんし、他のバーガーショップよりマクドナルドが優れていると言っているわけでもありません。私が沖縄を訪れるときはマクドナルドよりもむしろ「A&W」をよく利用しますし、大阪にいるときも他のバーガーショップにもよく行きます。

 それでも私にとってのマクドナルドというのは、初めて食べたときの衝撃が今でも脳裏に焼き付いていますし、学生の頃(関西学院大学時代)に最も頻繁に利用した食べ物屋ですから、いくらかの思い入れがあるのは事実です。新聞の見出しに「マクドナルド」という文字があれば必ず目を通しますし、これからも少なくとも月に一度くらいは食べに行くつもりです。

 さて、私のマクドナルド回想記はこれくらいにして、少しは医学的な観点から述べてみたいと思います。同社には申し訳ないですが、私は患者さんに食事指導をするときに「マクドナルドは利用回数を減らしましょう」と話すことが増えてきています。ファストフードが健康によくないという研究が増えてきていますし(注1)、研究を待たなくても生活習慣病や肥満を気にしている人がマクドナルドのメニューが良くないのは自明です。

 他のバーガーショップに比べてもマクドナルドが良くないのは「マックフライポテトM」の量が多すぎる、ということです。これにハンバーガーのパンを食べるわけですから、カロリー過剰摂取になるだけでなく炭水化物の過剰摂取も明らかです。特に糖質制限を考えている人などからすれば、マクドナルドのポテトを含んだセットメニューは絶対NGと考えるべきでしょう。ならばSサイズのポテトを選べばいいではないか、となりますが、ほとんどのハンバーガーのセットにつくポテトはだいたいMサイズになっています。ポテトの代わりにサラダも選べますが、サラダは1種類だけであり、ポテトMに比べると魅力に乏しい気が(私は)します。

 余計なお世話だ、と思われるでしょうが、これからのマクドナルドに求められるのは「健康になるためのファストフード」と私は考えています。もっと言えば「健康のためにマクドナルドへ!」というキャッチコピーをつけるくらいになってほしいのです。現在は輸送技術が随分と発達しており、新鮮な野菜や果物を産地直送で届けるサービスなども普及してきています。もしもマクドナルドに行けば新鮮な野菜や果物がふんだんに食べることができて健康になれる、となればどうでしょう。ハンバーガーはカロリーと炭水化物の量を考慮したものとして、セットメニューのポテトを今のSサイズの半分くらいにし、新鮮な野菜や果物を加えられないでしょうか。

 さらにウェブサイトではマクドナルドを利用して健康になる食事療法を紹介し、糖質制限や塩分制限をおこなっている人のためのメニューも紹介するのです。健康教室を開いてもおもしろいでしょう。はっきり言えば、現在のマクドナルドは「ジャンクフードの代表」というイメージがあります。これを根底から覆して「健康食の代表」にするのです・・・。

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 このコラムの下書きを書き終えた日、私はたまたま大阪駅近くのマクドナルドに行く機会がありました。よく訓練された従業員がてきぱきと顧客を案内し丁寧な対応をしてくれるおかげで私も含めてみんなが満足している様子でした。憧れの「ビッグマック」(学生の頃は手が出ない高級品でした)を食べた私はその美味しさに満足し店を後にしました。店内は満員でしたが、次から次へと新しいお客さんが押し寄せ長い行列をつくっていました。

 どうやら私がマクドナルドの先行きを心配するのは「余計なお世話」だったようです。ですが、1人のマクドナルドファンとして、マクドナルドが「健康食の代表」と呼ばれる日がいつか来ることを願っています・・・。


注1:例えば、週2回のファストフード店の利用で、糖尿病発症リスク、心筋梗塞による死亡のリスクが、それぞれ27%、56%上昇するという研究があります。この論文のタイトルは「Western-Style Fast Food Intake and Cardiometabolic Risk in an Eastern Country」で、下記のURLで全文を読むことができます。
http://circ.ahajournals.org/content/126/2/182.full?sid=309d67ec-0597-48b8-8be8-686391b53d96


参考:
医療ニュース2013年6月7日「近所にファストフード店が多いと肥満リスク増大」
メディカルエッセイ第126回(2013年7月)「我々はベジタリアンの道を進むべきか」 
メディカルエッセイ第114回(2012年7月)「糖質制限食の行方」