メディカルエッセイ

第142回(2014年11月) 速く歩いてゆっくり食べる(後編)

 前回は、忙しくて運動の時間がとれない人は日頃から速歩きを心がけましょう、ということを述べましたが、早速何人かの患者さんから「始めました」という声を聞きました。

 なかには「活動量計を買いました」という人もいました。活動量計とは1日の活動量(消費キロカロリー)が計測できる小さな器械で、最近急速に市場に登場してきているようです。ある患者さんはキーホルダーに付けてズボンのベルト通しにかけていました。胸ポケットに入れている患者さんもいましたし、腕時計と一体化したものを持っている人もいれば、ブレスレット型のものを付けている人もいました。

 また、ある患者さんからは「先生はMETs(メッツ)のことを言ってるんですよね」と指摘されました。METsというのは身体活動を評価するための指標で、スポーツ医学や循環器科の領域でよく使われるのですが、最近では随分と世間に浸透してきているようです。この患者さんの言うとおり、運動は単に時間だけで評価するのではなく強度も考慮しなければなりません。そしてこれが私が前回述べた「ゆっくりのウォーキングでは効率が悪い」ということでもあります。

 さて今回は食事について述べていきたいと思います。メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」で提唱した、健康を増進させる「10個の習慣」のひとつにEating(食事)があります(注1)。これは、食べる内容と量に注意しましょう、というのが一番言いたいことですが、「食べる早さ」にも注目しましょう、というのが今回のテーマです。

 このサイトで「フレンチ・パラドックス」について何度か取り上げたことがあります(注2)。フレンチ・パラドックスとは、フランス人はあぶらっこい肉料理を好んで食べて、おまけに喫煙率も高いのに、心筋梗塞など心血管系疾患の罹患率が低いことを表した言葉です。この原因として「赤ワイン」が注目されたことがありました。

 現在では「フレンチ・パラドックス」は否定的な意見の方が多いのですが、この言葉はまだ生きているように思えます。疫学調査というのは統計の取り方によって随分変わりますし、研究者の恣意性が入る可能性は否定できません。また心筋梗塞で死亡した例が統計から漏れることはないでしょうが、軽度の狭心症レベルを心血管系疾患に加えるかどうかというのは議論が分かれるところでしょう。つまり、統計の取り方によって、フレンチ・パラドックスが正しくなることも正しくなくなることもありえるということです。

 虚血性心疾患や脳血管障害を他国の基準と同様に把握することは困難ですが、身長と体重なら客観的に評価することが可能です。そこで世界の肥満者の割合を調べてみると興味深い結果がでてきます。ビジネス誌『Forbes』のウェブサイト(注3)に世界各国の肥満者の割合の表が掲載されています。このデータはBMI(体重(kg)÷身長(m)の2乗)が25以上の人の割合を示しています。例えばアメリカは世界第9位で国民の74.1%がBMI25以上であることを示しています。イギリスは第28位で63.8%、オーストラリアは21位で67.4%です。ちなみに日本は第163位で22.6%です。

 さてフランスですが、この表では第128位で40.1%です。フレンチ・パラドックスを否定する人たちも、この数字を見せられるとフランスでは肥満者の割合が相対的に少ないことを認めないわけにはいきません。そしてフランス料理は高脂肪のあぶらっこい料理がメインであり、朝からクロワッサンとカフェオレという高脂肪・高炭水化物の食事を摂るのが日常なのです。

 つまり、フレンチ・パラドックスが正しいかどうかは別にして、フランス人は脂っこいものを好んで食べるのにも関わらず肥満者が少ない、というのは客観的な事実なのです。

 これはなぜなのでしょうか。結論を言えば「ゆっくる食べるから」が答えではないかと私は考えています。私がフランス人と一緒に食事をしたのは会社員時代の経験を入れても数える程しかありませんが、彼(女)らは話をしながらゆっくりと食べる、という印象があります。

 これを映画のシーンで考えてみましょう。アメリカの映画ではオフィス内でハンバーガーを頬張ったり、紙の容器に入った中華料理らしきものをスプーンで食べたりしながら仕事をしている場面がしばしばありますし、立ちながらホットドッグを食べているシーンなどもよくあります。『オーシャンズ11』を見たことがある人はブラッド・ピットが食事をするシーンを思い出してください。この映画ではブラッド・ピットが何かを食べているシーンが繰り返し出てきますがいつも慌てて何かをかきこんでいる感じです。

 一方、フランス映画ではどうでしょうか。家でゆっくりとディナーを楽しんだり、カフェで長時間くつろいだりするシーンはよくありますが、オフィスで慌てて何かを食べているシーンは思いつきません。オードリー・ヘップバーンの名作『シャレード』では、ニセ刑事がオードリー・ヘップバーンをオフィスに招いてサンドイッチを食べるシーンがありますが、これも緊迫した状況だというのにワインを飲みながら食事をしています。

 映画のシーンで医学を論じるのはあまりにも非科学的ですから、ここからは最近の研究を紹介したいと思います。

 1つめは医学誌『BMJ Open』2014年9月5日号(オンライン版)に掲載された論文で日本の研究です(注4)。2011年に日本国内の健康管理センターの健康診断を受け、心筋梗塞など冠動脈心疾患や脳卒中にかかったことがない56,865人(男性41,820人、女性15,045人)について、食べる速度とメタボリックシンドロームの関係について分析したところ、食べる速度が早いとメタボリックシンドロームになりやすいことが判ったそうです。

 2つめも日本の研究で、医学誌『Obesity』2014年7月10日号(オンライン版)に掲載されています(注5)。この研究では岡山大学の学生が対象とされています。対象者は元々肥満がなかった(BMI25未満)学生1,314人で、入学から3年間の追跡調査がおこなわれています。その結果、元々肥満でなかった学生が早食いを続けるうちに肥満していくことが判ったそうです。「早食いだ」と答えた人は、そうでない人より4.4倍も肥満しやすいという結果となり、性別では男性は女性の2.8倍肥満しやすいことがわかったそうです。

 幼少児期の家族との団らんが肥満を予防する、という研究もあります。医学誌『Pediatrics』2014年10月13日号(オンライン版)に論文が掲載されています(注6)。研究によりますと、暖かさ(warmth)、家族での団らん(group enjoyment)、親の積極的な関わり(parental positive reinforcement)などが小児肥満の予防になるそうです。

 この研究では、合計120の家庭の食事風景をiPADで録画してもらい、食事に費やす時間、食事の内容、家族同士の交流などが分析されています。その結果、肥満児の家庭では、食卓に明るい雰囲気が少なく、秩序がない傾向だったそうです。また標準体重児の食事時間が平均18.2分なのに対し、肥満児では13.5分と短くなっていたようです。

 なぜ早食いは肥満につながるのでしょうか。いろんな理由があるでしょうが、最も大きいのはいわゆる「満腹中枢」の作動開始時間でしょう。よく言われるように、食事を開始してしばらくすると、脳が「これくらいにしておきなさい」という指令を出しますがこの指令塔が満腹中枢というわけです。満腹中枢は、胃を支配している神経や血糖値からの情報を総合的に判断し、食事開始後およそ20~30分後に指令を出すと言われています。

 つまり、満腹中枢が指令を出すまでの間は食欲はそのまま続いているわけで、20~30分の間に大量に食べることができてしまうのです。こう考えるとフランス料理というのは実に理にかなっています。ワインと会話を楽しみながら「前菜」をゆっくり食べると、食べ終わる頃には満腹中枢が働き始めるのです。メインディッシュの高脂肪の肉や魚は食べ過ぎることなく適量に抑えられ、食後のデザートを食べても肥満につながりにくい、というわけです。

 とはいえ、何かと慌ただしい日本人の多くはフランスの家庭のようにゆっくりと前菜を楽しむ余裕はないでしょう。しかし、「ゆっくり食べる」ことが肥満を抑制し健康増進につながるということは覚えておくべきでしょう。


注1:このコラムは下記を参照ください
メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」

注2:例えば下記医療ニュースを参照ください。
医療ニュース2014年7月7日「「赤ワインが健康に良い」は、もはや幻想・・・」

注3:『Forbes』のこのサイトは下記を参照ください。
http://www.forbes.com/2007/02/07/worlds-fattest-countries-forbeslife-cx_ls_0208worldfat.html

注4:この論文のタイトルは「Self-reported eating rate and metabolic syndrome in Japanese people: cross-sectional study」で、下記URIで概要を読むことができます。
http://bmjopen.bmj.com/content/4/9/e005241.abstract?sid=f10f5de6-55c4-4fd1-b10c-a5408a3925da

注5:この論文のタイトルは「Relationships between eating quickly and weight gain in Japanese university students: A longitudinal study」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/oby.20842/abstract;jsessionid=CA99332C6C7E60AFB6700A3CF19DC102.f03t04

注6:この論文のタイトルは「Childhood Obesity and Interpersonal Dynamics During Family Meals」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://pediatrics.aappublications.org/content/134/5/923.abstract?sid=652cabe4-27eb-4c4d-b1f4-1b6
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