はやりの病気

第152回(2016年4月) 大腸がん予防の「6つの習慣」とアスピリン

 国民の2人に1人ががんに罹患し、3人に1人ががんで死亡する時代と言われ久しくなります。がんを臓器別にみてみると、2013年のデータでは、男性は罹患者数が最も多いのが大腸がん、2位は胃がん、以下前立腺がん、肺がんと続きます。女性は最多が乳がん、2位は大腸がん、以下肺がん、胃がんです。男女合わせた全体では大腸がんが1位です。前年までは大腸がんは胃がんに次いで2位であり、2013年になって初めて、男性、男女合わせた全体で最多になりました。

 胃がんはヘリコバクター・ピロリ菌を除菌することで大部分を予防することができます。乳がんは、定期検診の有効性が認められており、厚労省も40歳以上に勧めています。しかし乳がんの検診というのは早期発見して死亡を防ぐことが目的であり、発症自体を防ぐ予防法は確立していません。(アンジェリーナ・ジョリーのように遺伝的素因がある場合は「発症前の乳房切除」という選択肢もありますがこれは例外でしょう)

 大腸がんの場合は、早期発見する方法としては定期的な大腸ファイバー(大腸カメラ)という方法がありますが検査自体が大変です。便潜血反応をみる検査は簡単にできますから40歳以上になればおこなうよう厚労省も推薦しています。しかし、完全に早期発見できるわけではありませんし、発症の「予防」になるわけではありません。

 がんについては「早期発見」が重要ですが、できれば発症そのものを防ぎたいものです。AICR(米国がん研究協会、American Institute for Cancer Research)は、2016年3月1日、「6つの習慣を実践することにより大腸がんの半数を減らすことができる」というタイトルの発表をおこないました(注1)。その「6つの習慣」とは以下の通りです。

1. 健康体重を維持し、腹部の脂肪量をコントロールする

腹部の脂肪は、体重にかかわらず(たとえやせていたとしても)大腸がんのリスクになることが判っています。

2. 定期的に運動をおこなう

家の掃除でもランニングでも、日常でおこなえる運動にはさまざまなものがあります。重要なのは「定期的に」です。

3.食物繊維を積極的に摂る

1日あたり食物繊維10グラム(豆であれば1カップ弱)を摂れば、大腸がんのリスクが10%低下します。

4.赤肉の摂取量を減らし、加工肉を避ける

ホットドッグ、ベーコン、ソーセージなどの加工肉を避けます。加工肉による大腸がんのリスクは赤肉の2倍にもなると言われています(これについては後述します)。

5.アルコールを控えめにする

「男性なら1日グラス2杯、女性なら1杯が目安」と書かれていますが、アルコールが何を指しているのかがよく判りません。ただ、別のところに「ワインなら5オンス」と書かれており、これはワイングラス1杯程度です。つまり、男性ならワイングラス2杯(ビールならだいたい中瓶1本、日本酒なら1合程度です)、女性はこの半分くらいが適量ということになります。

6.ニンニクをたっぷり摂る

ニンニクの豊富な食事は大腸がんリスクを低下させます。シチュー、炒め物、焼き肉などにはニンニクを加えることが推薦されています。

 がんを含む生活習慣に起因する疾患(=感染症以外のほとんどの疾患、というのが私の考えです)を防ぐには、「10の習慣」が有効であり、私は「3つのEnjoy、3つのStop、4つのデータに注意して」と覚えることを提唱しています。(詳しくはメディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」を参照ください) 「10の習慣」は下記の通りです。

3つのEnjoy
①Exercise(運動は楽しくおこないましょう)
②Eating(食事は身体にいいものを楽しんで食べましょう)
③Early-morning waking up(毎朝早起きして1日を充実したものにし、夜はぐっすりと眠りましょう)

3つのStop
④Smoking(タバコはすぐにやめましょう)
⑤Stress(ストレスは上手にコントロールしましょう)
⑥Sitting too much(喫煙に匹敵するほど危険です)

4つのデータ
⑦血圧
⑧コレステロール
⑨体重(BMI)
⑩血糖

 AICRが発表した「大腸癌を防ぐ6つの習慣」と比較すると、共通しているのは①と②だけですが、他の8つ(③~⑩)も大腸ガンのリスク低下になります。AICRの発表で注目に値するのは4番目の「赤肉・加工肉」と6番目の「ニンニク」です。

 2015年10月29日、WHO(世界保健機関)は「加工肉が大腸癌のリスクとなる」という発表(注2)をおこない世界中で物議を醸しました。特にソーセージやハムが国の文化ともいえるドイツでは、WHO発表の直後から反対の声明が次々にあがりました。日本のマスコミも取り上げました。マスコミの取材に答えたほとんどの医師は、「現在の日本人の摂取量であれば問題ないであろう」という意見でした。しかし、可能であれば加工肉よりも新鮮な肉を摂取すべきなのもまた事実です。

 ニンニクががんの予防になることは以前から指摘されていましたが、今回AICRがはっきりと言及したことは注目に値します。私の印象でいえば、あまりニンニクの有効性を主張している日本人の医師や公衆衛生学者は多くないように思えます。これは、日本料理がニンニクをほとんど使わないからではないかと私は思っています。

 日本料理は以前は健康食の代表と言われていましたが、最近は地中海料理にその座を奪われています。地中海料理が健康にいいのは、新鮮な魚貝類(これは日本料理と共通しています)、新鮮な野菜、ピーナッツ類、オリーブオイル、そしてニンニクをたっぷりと使うからです。

 ニンニクの欠点は翌日に残るあの「臭い」でしょう。臭いに敏感な日本人にはニンニク料理はなじまないかもしれません。しかし、大腸がんの予防になることがもっと注目されれば、ニンニク料理に社会が寛容になるのではないでしょうか。個人的にはそれに期待して、思いっきりニンニクが食べられる日を待ちたいと思っています。(ニンニクをオリーブオイルで炒めたときのあの香りは私を幸せな気持ちにさせますが、そのように感じるのは私だけではないでしょう)

 ところで、今回のAICRの「6つの習慣」には入れられていませんが、大腸がんの予防にアスピリンが有効なのでは、ということがしばしば指摘されます。大腸がんを発症した人がアスピリンを毎日服用すると「再発の予防」になることが分かっているからです(注3)。では、発症したことのない人が毎日アスピリンを服用することで大腸がんを予防できるのかどうか、ということが気になります。

 最近、これを検証した研究が報告されました。医学誌『JAMA oncology』2016年3月3日号(オンライン版)に掲載された論文(注4)によりますと、アスピリンを定期的に内服することにより大腸がんのリスクが19%低下するという結果が出ています。研究の対象者は合計135,965人(男性47,881人、女性88,084人)で、32年間の追跡期間中、男性7,571人、女性20,414人ががん(すべてのがん)を発症しています。乳がん、前立腺がん、肺がんなどではアスピリンの予防効果が認められませんでしたが、消化器系、特に大腸がんの予防効果が有意に認められています。

 しかしながら、今のところ、私の知る限り、大腸がんに罹患したことのない人に対して、アスピリンを予防目的で積極的に勧めている医師はおらず、私自身も勧めるつもりはありません。アスピリンは解熱鎮痛効果のみならず、脳・心血管系疾患の再発予防がある(血を固まりにくくする)ことは以前から知られており、そのような目的で使用することには問題がありませんが、一方で鎮痛薬というのはアスピリンも含めて依存性がありますし、消化器系のがんを予防するのが事実だとしても、消化管の粘膜の出血のリスクがあるのもまた事実です。

 私自身としては、大腸がんの予防には、AICRが唱える「6つの習慣」、さらに私自身が以前から提唱している「10の習慣」を実践し、さらに早期発見に努めるというのが最善であると考えています。


注1:この発表のタイトルは「6 Steps to Prevent Half of Colorectal Cancer Cases」で、下記のURLで全文を読むことができます。

http://www.aicr.org/press/press-releases/2016/6_Steps_to_Prevent_Half_of_US_Colorectal_Cancer_Cases.html

注2:この発表は下記URLで読むことができます。タイトルは「Links between processed meat and colorectal cancer」です。

http://www.who.int/mediacentre/news/statements/2015/processed-meat-cancer/en/

注3:これは欧米では以前から指摘されていたことで、日本人にも当てはまるのかどうかはデータがありませんでした。しかし、日本人の患者約300人を対象とした研究が国立がん研究センターなどのチームでおこなわれ、日本人にもアスピリンによる大腸がんの再発予防効果があるという結果がでました。医学誌『Gut』2014年1月31日号(オンライン版)に掲載されています。タイトルは「The preventive effects of low-dose enteric-coated aspirin tablets on the development of colorectal tumours in Asian patients: a randomised trial 」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://gut.bmj.com/content/63/11/1755.abstract?sid=883f283e-f1ed-47f3-b10a-f5d3b9f89e0a

また、糖尿病治療薬のメトホルミンを大腸がんの外科手術後に服用すると再発予防効果があるとする横浜市立大学の研究が最近発表されました。医学誌『The Lancet oncology』2016年3月2日号(オンライン版)に掲載されています。論文のタイトルは「Metformin for chemoprevention of metachronous colorectal adenoma or polyps in post-polypectomy patients without diabetes: a multicentre double-blind, placebo-controlled, randomised phase 3 trial」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.thelancet.com/journals/lanonc/article/PIIS1470-2045%2815%2900565-3/abstract

注4:この論文のタイトルは「Population-wide Impact of Long-term Use of Aspirin and the Risk for Cancer」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://oncology.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=2497878&resultClick=3