はやりの病気

第156回(2016年8月) 低カリウム血症の意外な理由

 医師国家試験の勉強をしているとき、私が苦手だった病態のひとつが「低カリウム血症」でした。カリウムが低いなら野菜や果物を摂ればいいではないか、という簡単な話ではもちろんなくて、試験では「なぜ低カリウムになっているか」を考えなければなりません。また、実際に医師になってからも、患者さんの低カリウムがみつかることはしばしばあり、この原因を突き止めなければなりませんし、場合によっては緊急入院してもらわなくてはならないこともあります。当たり前ですが、実際の臨床は試験とは違いますから誤診は許されません。

 なぜ私は試験で低カリウム血症が苦手だったのか。最大の理由は、低カリウム血症の原因となる疾患が山ほどあるからです。少し例を挙げると、腎血管性高血圧、原発性アルドステロン症、尿細管アシドーシス、クッシング症候群、褐色細胞腫、甲状腺機能亢進症、抗利尿ホルモン不適合分泌症候群、ファンコーニ症候群、バーター症候群、ギッテルマン症候群、リドル症候群、・・・・。慣れないうちは「低カリウム」と聞いただけで頭がクラクラしたものです。

 低カリウムの原因には薬剤性もあります。つまり、どの薬が低カリウムの原因になりうるか、とういことはあらかじめ知っておかねばならないのです。少し例をあげると、一部の利尿薬、インスリン、一部の降圧薬、テオフィリン(喘息で使う薬)、また漢方薬の主成分のひとつである甘草(かんぞう)でも起こります。

 限られた時間のなかで回答せねばならない試験で低カリウムがでてくると、やれやれ・・・、という気持ちにはなりますが緊張感はありません。怖いのは実際の診察室です。身体がだるい、力がはいらない、手がふるえる、身体がむくむ、体重が減っている、頭痛が止まらない、めまいがする・・・、こういった患者さんが受診すれば、低カリウム血症を一度は疑わねばなりません。

 そして、程度の差はあれ、実際に低カリウムになっていることは珍しくありません。では、国家試験の問題を解くような気持ちで、ひとつひとつの病気を吟味しなければならないのでしょうか。例えば、「ん? ギッテルマン症候群では血圧は上がるんだったっけ? リドル症候群はたしか遺伝性疾患だからこの年齢まで発見されないのはおかしいよな。遺伝は優性遺伝でよかったかな?もしかして劣性遺伝?」なんてことをゆっくりと考えているヒマはありません。診断は正確にしなければなりませんが、苦しんでいる患者さんが目の前にいるわけですから迅速さも大切なのです。

 実際に診察室で診る低カリウム血症は大半が「若い女性」です。「若い」というのはだいたい10代後半から50代前半くらいです。(50代は若くないという意見もあるかもしれませんが、医療の現場で50代は「若い」のです)

 私が医学部の学生で試験対策をしているときは低カリウム血症の鑑別、つまり低カリウムをおこしている元の疾患を探し出すことに苦労しました。今は、まったく別のことで苦労しています。多くの場合(すべてではありません)、若い女性の低カリウム血症の原因は、嘔吐・下痢・多尿のいずれかです。大切なカリウムが嘔吐物、便、尿と一緒に体外に出て行ってしまい、その結果低カリウム血症となるというからくりです。なぜ嘔吐・下痢・多尿が起こっているかについてもだいたい推測が可能で、ほとんどのケースでそれは当たっています。

 大変なのはここからです。まず、最も困るのが、私の「推測」が患者さんに否定されるときです。推測が本当に外れているなら否定されるのは当然ですが、私の「推測」はたいてい当たっています。では、なぜ彼女たちは私の「推測」を否定するのでしょうか。その理由は後で述べます。

 もうひとつ大変なのは、私の「推測」が当たっていることを認めてくれたとしても、その原因をなかなか取り除いてくれない、つまり私の言うことを聞いてくれないことがしばしばあるからです。この理由も後で述べます。

 では若い女性に嘔吐・下痢・多尿はなぜ起こるのでしょうか。もちろんお酒を飲みすぎれば嘔吐しますし、食中毒があれば下痢をしますし、コーヒーや緑茶など利尿効果の高いものを飲めば多尿は起こります。ただし、この程度では重症の低カリウム血症にはなりません。重症の放っておいてはいけない低カリウム血症になるのは、尋常でないほどに嘔吐・下痢・多尿が起こるときで、これらには何らかの"行動"があるはずです。

 ひとつひとつをみていきましょう。まず、「嘔吐」の原因は摂食障害(拒食症)です。摂食障害の場合、患者さんは吐いていること自体は比較的簡単に認めますが、それを病気だと認識していません。うつ病を併発し、いかにも病んでいる、という感じの女性もいますが、その逆に、快活で自己主張もはっきりしている優等生タイプも少なくないのです。実際に学校の成績がよい学生や、働く世代であれば若いのに役職がついているような人もいます。嘔吐を繰り返していることは認めてもそれが病気であるとは思っていませんから、治療をしましょうと言っても聞いてくれませんし、精神科受診を勧めても拒否されることが多いといえます。それに、精神科受診すればすべて解決するわけではなく、また精神科医からみても摂食障害は難治性疾患であり、実際、病院によっては「摂食障害は紹介しないでほしい」と言われることもあります。

「下痢」は下剤(便秘薬)を使っているからです。しかも大量に。このケースは、初めは便秘解消目的で下剤を使っているのですが、そのうちにたくさん食べても吸収される前に、下剤を使って便として出してしまえば太らないだろうと考えるようになるのです。この人たちにも病識はありません。むしろ、「吐くのは問題だけど便をするならOK」と考えていることも多々あります。

「多尿」は利尿薬の乱用です。利尿薬は薬局で買えませんからクリニックや病院を複数受診し入手しているか、あるいは最近はネットでも簡単に買えます。日本の医療機関で他人に処方されたものをその人から購入するのは違法ですが、個人輸入で海外製を購入するのは合法です。国内製品ならば医師の処方がないと使用できない薬品が、海外製品であればクリックひとつで購入できてしまうというのはどう考えてもおかしいと思うのですが、これが現実です。ある海外輸入のサイトをみてみると、「芸能人やモデルに人気の〇〇〇〇〇は、全身のむくみなどを取り除く利尿剤です」と書かれていました。

 むくみの原因は様々で、たしかに、定期的に利尿薬を使った方がいい場合もあります。しかし、その場合は、適切なタイミングで採血をおこない、カリウムが下がっていないかどうか、また他の副作用が出ていないかどうかをチェックします。カリウムが低下傾向にあれば、カリウムを下げないタイプの利尿薬に変更、または併用することもあります。自分の判断で利尿薬を内服するのは絶対にやめなければなりません。

 嘔吐・下痢・多尿にあてはまりませんが、ここ数年で多いのが、やはり海外製のやせ薬による低カリウム血症です。一番多いのは甲状腺ホルモンが含まれているケースで、これは人為的に甲状腺機能亢進症をつくりだしているわけですから、低カリウムが起こるのは当然です。ただ、この人たちが医療機関を訪れるのは低カリウムがあるからではなく、嘔気、めまい、頭痛、動悸などに耐えられなくなるからです。

 ここまでくればもうお分かりだと思います。若い女性の低カリウム血症の大半は「やせ願望」から起こっている異常行動が原因です。興味深いことに、私の経験で言えば、彼女らは実際にはそれほど太っていないどころか、すでにやせている女性も少なくありません。にもかかわらず、もっとやせたいと考えているのです。こういったやせかたが危険であることを説明すると、分かってもらえることもありますが、なかなか理解してもらえないこともよくあります。最も困るのが下剤や利尿薬を使っていることを認めてくれない場合です。患者さんが認めないのになぜ断定できるんだ、という声もあるでしょうが、例えば入院すればすぐに回復し、退院するとすぐに低カリウムになるという人は、「物証」はありませんが、まず間違いなく医療者に嘘をついて病院外で何かをしています。低カリウムはときに大変危険です。致死的な不整脈をおこしており、直ちに集中治療室(ICU)に入院せねばならないこともあります。

 医師国家試験の低カリウムは原因をつきとめるのが大変です。しかし、実際の医療現場で苦労するのは患者さんに理解してもらい行動を改めてもらうことです。私が医師国家試験の問題を作成するなら、低カリウムの原因を考えさせる問題はほどほどにしておき、どうすればいきすぎたダイエット信仰を考え直してもらえるかを問うてみたいと思います。


参考:
はやりの病気第38回(2006年10月)「本当に恐ろしい拒食症」