マンスリーレポート

2016年11月 Choosing Wiselyが日本を救う!

 ちょうど2年くらい前から私が日々の診療のなかで力を注いでいるのがchoosing wiselyです。過去のコラム(注1)にも書いたように、choosing wiselyの概念を普及させることによって、不要な医療行為がなくなり、患者さんの負担が減り、医師はストレスを減らすことができ、おまけに医療費も低下するという「いいことづくし」になります。

 2016年11月5日、大阪で開催されたあるセミナーでchoosing wiselyのセッションがあり、私も講師としてお呼びがかかったために参加してきました。このセミナーは医師を対象としたものですが、私が主張したことは一般の方にも知っていただきたいことです。そこで、今回はそのセッションで私が話した内容を簡単に紹介したいと思います。

 まず、choosing wiselyの言葉の意味について。直訳すれば「賢く選択」ですが、これでは何のことかよく分かりません。私個人の意見としては「不要な医療をやめる」くらいが一番いいのではないかと思っています。

 choosing wiselyは元々、ABIM(アメリカ内科学委員会、American Board of Internal Medicine)が、いくつもの学会に働きかけ「不要な医療行為」を挙げてもらい、それをリストにしたものです。これが世界中の医師に評価されたのですが、ここで"不自然さ"を感じないでしょうか。なぜなら、「不要な医療行為」をおこなわないのは、当たり前のことだからです。

 先日のセッションで私が主張したことの1つがこの点です。「不要な医療」をやめるのは当然のことであり、今さら強調することではありません。つまり、医師からみたときのchoosing wiselyの原理原則は医師にとって「自明の理」であり、choosing wiselyが有用なのは、具体的な医療行為のリストを参照することで、自分自身の医療に誤りがないかを確認することに他なりません。

 choosing wiselyの原理原則が自明であることを確認するために、私は医師にとっての3つのミッションを引き合いに出しました。1つめは、「ヒポクラテスの誓い」の一部です。そこには「自身の能力と判断に従って、患者に利すると思う治療法を選択し、害と知る治療法を決して選択しない」とあります。軽微な頭部外傷でのCT撮影は「被爆」という害がありますし、ベンゾジアゼピン系睡眠薬の安易な処方には「依存性」という害があります。

 2つめは、日本医師会の『医の倫理綱領』にある「医師は医業にあたって営利を目的としない」です。医業が営利行為でないのは当たり前なのですが、choosing wiselyの議論になると、医療機関が儲からなくなるから普及しないのでは?、という声が上がることがあります。しかし、初めから医療機関は営利を目的としていない、ということを確認しておくべきかと考えてこれを述べました。

 3つめは、ドイツの医学者フーフェランドが著した『Enchiridion Medicum』を緒方洪庵翻が翻訳した『扶氏医戒之略』の一部です。緒方洪庵は、医者に対する戒めを適塾の生徒たちへの教えとし、「医療費はできるだけ少なくすることに注意するべきである」「世間のすべての人から好意をもってみられるよう心がける必要がある。賭けごと、大酒、好色、利益に欲深いというようなことは言語道断である」と説いています(現代語訳は馬場茂明著「聴診器」より)。改めて主張すべきことではないかもしれませんが、再認識してほしいという意味で紹介しました。

 ついで、私は患者さんからの言葉で医師の「心が折れる」瞬間を紹介し、これらはchoosing wiselyを普及させることで解消できるということを述べました。具体的にみていきましょう。

医師: 「このじんましんは、非アレルギー性のものであり、血液検査は不要です」
患者A: 「いいから検査してください! 患者の希望を聞くのが医者の仕事でしょ!!」

医師: 「あなたの風邪はまず間違いなくウイルス感染であり、抗菌薬は不要です」
患者B: 「えっ、お金払うのあたしですよね・・・」

医師:「それはベンゾジアゼピンといってとても依存性の強い薬です。簡単に処方できる薬ではありません」
患者C:「もういいです! 友達にわけてもらいます!」

医師: 「その症状に点滴は不要です」
患者D: 「金払うって言うてるやろ! 前の病院はしてくれたぞ!!」

 米国版のchoosing wisely(注2)では、患者A,B,Cのことについては、すべて記載があります(注3)。例えば、患者Aについて言えば、「じんましんで血液検査を安易にすべきでない」といったことが書かれています。もしも、患者A,B,Cが、choosing wiselyの概念を知っていて、医療機関を受診する前に、ウェブサイトでこれらを調べていれば、「自分が希望する検査や治療は安易にはおこなうべきではないんだ」ということを理解してもらえる可能性があります。そうすれば不要な受診を避けられたかもしれません。

 あるいは、受診してからでも、診察室でchoosing wiselyのウェブサイトを見てもらえば、希望している検査や投薬が不要であることを納得してもらえるかもしれません。ですから、choosing wiselyの日本版のリストを早急に構築すべきではないか、と私は考えています。

 しかし「日本版リスト」は単に「米国版」の翻訳であってはなりません。例えば、患者Cで取り上げた若年者のベンゾジアゼピン依存症は、日本の方が深刻度が高く、米国のchoosing wiselyで取り上げられているのは高齢者に対する注意だけです。また、患者Dの点滴の問題については、米国のchoosing wiselyについてはまったく記載がありません。過去にも紹介しましたが日本には「点滴神話」というものがあり、科学的な有効性(エビデンス)が認められていないのにもかかわらず、点滴すれば早く治る、と思っている人が大勢いるのです。

 単なる翻訳ではこういった日本の実情が反映されませんから、日本の医療事情をよく吟味したうえで「日本版」のchoosing wiselyをつくらなければならない、というのが私の考えです。

 2016年10月15日、日本版choosing wiselyのキックオフセミナーが東京で開催されました。残念ながら私は参加できなかったのですが、このセミナーにはChoosing Wisely Canada代表でトロント大学教授のWendy Levinson氏が講演をされました。大盛況だったようで、choosing wiselyに関心を持つ医師が大勢いることが証明されたといっていいと思います。

 現時点では、このchoosing wiselyという概念が一般の方(患者さん)に充分に普及しているとは言えません。しかし、これを理解することで、医療機関の不要な受診がなくなり、被爆する機会が減り、針を刺すという痛い思いをすることが減り、不要な薬を処方されることもなくなり、時間とお金を節約することができます。我々医師も、先にあげたような「心が折れる」ことがなくなりますし、医療費の削減にもつながるのです。

 こんな「いいことづくし」のchoosing wisely。絶対に普及させなければならない、と私は考えています。

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注1;下記(メディカルエッセイ)を参照ください。

第144回(2015年1月) Choosing Wisely(不要な医療をやめる)(前編)
第145回(2015年2月) Choosing Wisely(不要な医療をやめる)(中編)
第146回(2015年3月) Choosing Wisely(不要な医療をやめる)(後編) 

注2:下記が米国版choosing wiselyのウェブサイトです。

http://www.choosingwisely.org/

注3:じんましん、抗菌薬、ベンゾジアゼピンのchoosing wiselyについては下記を参照ください。(ベンゾジアゼピンについては「高齢者に使用すべきない」という内容で、本文で取り上げたのは若い女性です。米国のchoosing wiselyでは若者へのベンゾジアゼピンについて記載したものがありません。これはおそらく若年者のベンゾジアゼピン依存症の問題は、米国では日本ほど深刻でないことが理由だと思われます)

http://www.choosingwisely.org/societies/american-academy-of-allergy-asthma-immunology/

http://www.choosingwisely.org/patient-resources/antibiotics/

http://www.choosingwisely.org/clinician-lists/american-geriatrics-society-benzodiazepines-sedative-hypnotics-for-insomnia-in-older-adults/