マンスリーレポート

2018年4月 生活保護受給者のパチンコを禁止すべきでない理由

 先月のマンスリーレポートのなかで、「生活保護にかかる費用を削減すべきでない」という自説を述べたところ、「生活保護を受給するにふさわしくない者もいるのでは?」という意見が複数届きました。たしかに、不正受給はときどき問題になりますし、受給者のなかにはパチンコで貴重な生活費を浪費している事態があるのも事実です。

 それでも全体の生活保護費は削減すべきでなく、受給者がパチンコを含むギャンブルにお金を費やすのはやむを得ない、というのが今回言いたいことです。生活保護については、過去にも擁護する意見(メディカルエッセイ第112回「生活保護に伴う誤解」及び第113回「生活保護の解決法」 )を述べましたので、今回はギャンブルに焦点をあてて論じてみたいと思います。

 2015年10月、大分県別府市は生活保護受給者がパチンコ店及び市営競輪場に出入りしていないかを調査し、立ち入り禁止の「指導」に応じない受給者には生活保護を減額する措置を取っていたことが明らかになりました。報道によれば、別府市は過去25年間にわたり同様の「指導」をおこなっていたそうです。

 この報道に対し「人権侵害だ」と批判が上がった一方で、「生活保護受給者がパチンコだなんて何を考えてるんだ! 別府市の対処は当然だ!」と、生活保護受給者(長いのでここからは「生保者」とします)を非難する意見も多かったと聞きます。前回のマンスリーレポートの流れで言えば、このように生保者をバッシングするのは「保守=右派」となります。

 この「指導」が避難を浴びたことで厚労省と大分県が協議をおこなうことになりました。結果、別府市がおこなっていた「指導」は不適切であると判断され、2016年以降はこういった調査や処分はなくなりました。

 厚労省と大分県のこの判断は当然であり、生保者を含めてすべての人にギャンブルを禁じるようなことはできません。これについて「人権」の観点から主張する人がいますが、私の立場は異なります。なぜ、ギャンブルを禁じることができないのか。それは、多くの人が「依存症」という"病"に侵されているからです。

 2011年、大王製紙の前会長、井川意高氏がカジノで借金をつくり合計106億8000万円の負債を追ったことが週刊誌に大きく報じられました。氏は大王製紙の関連会社などから不当に融資を受けていたことが社内メールなどから発覚し、会社法違反(特別背任)で執行猶予なしの実刑4年の判決を受けました。

 この事件が白日の下に晒されたとき、各週刊誌は、井川氏が毎晩高級店で芸能人と飲み明かすなど派手な生活をし、あたかも人格が破綻しているかのようなことを書いていました。週刊誌によっては、大王製紙自体も悪徳企業のような扱いをしていました。私はこういった報道に強い違和感を覚えました。

 なぜか。井川氏が東大卒のエリートだから、という理由ではありません。バカラという運だけで勝敗が決まるようなギャンブルに大金をつぎ込むことが合理的でないことが理屈で分かっていても嵌ってしまうのが依存症だからです。この点が、麻雀や賭け将棋は好きだけどカジノには興味がないという人たちとの違いです。麻雀や将棋は運よりも実力で決まるのに対し、バカラは運のみで勝負が決まります。ですが、バカラに嵌る人は、例えば「プレイヤー側が5回続けて勝てば、次回はバンカー側が勝つ確率が高い。だから自分はどちらかが5回連続で勝つか負けるかしなければ賭けにでない。これは合理的だ」というようなことを本気で言います。

 東大卒の井川氏が単純な確率論を理解していないはずがないのですが、バカラにのめりこみ理性を失っていったのでしょう。それが依存症の恐ろしいところです。氏は著作『熔ける』のなかで、次のように述べています。

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地獄の釜の蓋が開いた瀬戸際で味わう、ジリジリと焼け焦げるような感覚がたまらない。このヒリヒリ感がギャンブルの本当の恐ろしさなのだと思う。脳内に特別な快感物質があふれ返っているせいだろう、バカラに興じていると食欲は消え失せ、丸一日半何も食事を口にしなくても腹が減らない。
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 これは医学的にも理にかなっていて、ドーパミンやノルアドレナリンといった興奮系の神経伝達物質が脳を"麻痺"させているのでしょう。その結果、交感神経が興奮した状態が継続しますから食欲が出ないのは当然です。

 依存症が分かりにくいという人は、「井川氏は東大卒で勉強はできるとはいえ、忍耐力がなく計画が立てられないんじゃないの。自分の周りにも学歴は高いけどそういうダメな人もいるし...」と感じる人がいるかもしれません。私はそうは思いません。たしかに高学歴者が優秀とは言えませんが、井川氏は大勢の人たちと良好な人間関係を維持し、そして会社の運営に成功していたのです。私は会ったことはありませんが、おそらく数分間話せば魅力が伝わってくるタイプの人ではないかと推測します。氏は『溶ける』の中で次のように述べています。

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一体、何が私自身を狂わせてしまったのだろうか。大王製紙に入社してからというもの、私はビジネスマンとして仕事で手を抜いたことは一度もない。経営者の立場になってからも、仕事には常に全力投球してきた。
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 これは事実だと思います。こういった「成功者」も狂わせるもの。それがギャンブル依存を含む「依存症」の正体なのです。

 話を生保者のパチンコに戻します。いずれどこかで述べたいと思いますが、日本はパチンコ店のせいで世界一の「ギャンブル王国」となっています。現在議論されているカジノ法案をさめた目で見てしまうのは私だけではないはずです。パチンコを放置したままカジノの危険性を議論するなどということは「木をみて森をみず」以外の何ものでもありません。

 井川氏はカジノを求めてマカオやシンガポールに渡航していましたが、パチンコ店はたいてい駅前にあります。パチンコ依存症の人も、パチンコをやらないという意思があったとしても、買い物などで駅前を通ることもあるでしょう。そんなときパチンコ店が視界に入ったときに抑えがたい衝動に駆られることになります。この衝動に抗える自信のある人がどれだけいるでしょうか。自分は依存症でないから分からない、という人は、ダイエット中の空腹時においしそうなすき焼きが目の前にある状況を想像してみてください。

 生活保護を受給していてもしていなくても依存症の苦しみは変わりません。そして、この苦しみに対し医療や保健サービスを含めた支援がなされなければならないことに反対する人はほとんどいないでしょう。そういった「支援」をすることなく、そして駅前のパチンコ店を放置したまま、生保者にだけパチンコを禁じるなどということは、生保者の人権侵害というよりも、生保者に対する「嫌がらせ」ではないかと私には思えます。

 生保者のパチンコがけしからん!と感じたことのある人は、パチンコ店が放置されている現状に対して一度考えてもらえればと思います。

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2018/09/25

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