マンスリーレポート

2021年2月 コロナ禍でも旅に出よう

 「GoToトラベル」がこれだけ批判され中止に追い込まれたなかで、「旅に出よう」などと言えば「非常識だ!」と各界から非難されるでしょうが、それでも私は「旅に出よう」と言い続けたいと考えています。ただし、すべての人に旅を促しているわけではありません。私が少々のリスクを抱えてでも旅に出ることを勧めているのは次の2つのグループです。

 1つは「先が長くないかもしれない人」です。もちろん持病を抱えた高齢者がコロナ禍で外出するのは大きなリスクが伴います。たいていの観光旅行は不要不急とみなされ、「そんな持病を持っている人がコロナ禍で旅行だなんてとんでもない!」という意見の方が多いでしょう。

 ですが、例えば余命半年を宣告されている人ならどうでしょう。もしも、あなたのお母さんやお爺さんが来年の桜を見ることが絶望的な状況だとして、今年の桜を見せてあげたいとは思わないでしょうか。桜を見なければ6月まで生きられたのに、4月に花見に行ったがために1ヶ月寿命が短くなったとすれば、あなたは、そして当事者のあなたのお母さんやお爺さんは不幸なのでしょうか。

 旅行を勧めたいもうひとつのグループは大学生くらいの若い人たちです。太融寺町谷口医院の大学4年生の患者さん、つまり4月から就職する人たちに対し、私は「寝る時間を惜しんででもどんどん遊んで旅行にも行ってきてください」と言っています。昨年4月に大学1年生になった人たちにも「4年間の楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまうから、1日1日が貴重だと思ってとにかく外に出ましょう。旅に出ましょう」と話しています。ちなみに、私は若者にはコロナに関係なくどんどん恋愛をすることを勧めています(参考:「新型コロナ それでも若者は恋をしよう」

 不謹慎だ、という声が聞こえてきそうですが、遊び方を工夫すればいいわけです。若い人たちが注意すべきなのは「大人に感染させないこと」です。例えば、キャンピングカーを借りて若者だけで海や山に行くのは何の問題もありません。電車や飛行機を使う旅行も守ってもらわねばならないマナーがありますが、それらをクリアすればOKです。そのマナーについては後で述べるとして、まず「GoToトラベル」が批判された経緯とそれに伴う議論について例を挙げて少しだけ触れておきましょう。

 2021年1月21日、医学誌『Journal of Clinical Medicine』に京都大学の西浦博教授らが発表した論文「"Go To Travel" Campaign and Travel-Associated Coronavirus Disease 2019 Cases: A Descriptive Analysis, July?August 2020(「GoToトラベル」キャンペーンと旅行が関与した新型コロナの症例:記述的分析2020年7月から8月 )」が掲載されました。これに対し、数名の識者が異議を唱えSNSを介した論争がありました。ここでその詳細を振り返ることはしませんが、なぜそのような意見の食い違いが起こったのかを明らかにしましょう。意見の相違が生じるのは「何を基準にした分析で何を目的としたものかが明確でないから」です。わかりやすく言えば、西浦教授はGoToトラベルを中止すべきだと主張しているわけではなく、単に「こういう方法でデータを分析するとこういう結果になりました」と言っているだけです。他方、この論文を批判した識者たちは、この論文が政府を批判し直ちにGoToトラベルの中止を勧告したものだと捉えたのです。

 西浦教授は医師向けのポータルサイトm3.comで「(自身の研究は)GoToトラベルという政策の是非を強く問うものではありません。また、この私たちの記述疫学研究が、広い範囲で報道に取り上げられましたが、それが政策議論に直結しすぎるのも私たちの意図するところではありません」とコメントしています。

 西浦教授の論文に反論した人たちは、あたかもGoToトラベルが感染者増加の最たる原因のように読める論文の妥当性について意見を述べました。こういう人たちの意図するところもよく分かります。GoToトラベルが諸悪の根源のような風潮が社会に広がれば迷惑を被る人が出てくるわけですからこういった意見は必要です。

 このような"論争"がメディアで取り上げられると、一般の人たちは「いったい旅行はいいの?悪いの?」と分からなくなるでしょうし、「GoToトラベルを積極的に実施/中止すべきだ)」という政策を考えたくなる人も出てくるかもしれません。

 ですが、あなたやあなたの大切な人にとって最も重要なことは「政策」ではなく「あなたやあなたの大切な人がどうするか」です。政府や公衆衛生学者にとって重要なのは国民全体の感染者を減らすことですから政策が重要になります。一方、個人でみたときには、まず自分自身と自分の身内の"幸せ"が最重要事項です。幸せになるためにリスクを引き受けるという選択肢も当然出てきます。

 分かりやすい例を挙げれば、GoToトラベルがあろうがなかろうが、緊急事態宣言が出てようが出てなかろうが、遠距離恋愛をしている若い大学生はパートナーに会いに行くことを何よりも優先します。恋愛中の若い二人を止めることは誰にもできません。たとえ相手に感染させたとしても、周囲の者に感染させなければ二人の行為を非難することはできないのです。

 では若者が旅行するときには何に気を付ければいいのでしょうか。簡単です。「大人の前でマスクを外さない」です。これだけです。これだけを守ればどこにでも出かければいいのです。ただし、これをきちんと守ろうとすると旅行の楽しみが少しばかり減ってしまうのは事実です。

 例えば、新幹線や特急に乗るときの楽しみに「友達との飲食」がありますが、これは慎んだ方がいいでしょう。私が大学生の頃、友人たちと新幹線に乗ったとき、自由席の椅子をくるんと回転させビールを買って"宴会"を楽しみました。このようなことはコロナ禍ではできません。地方都市に行けば、小さな居酒屋に行ってみたくなりますがこれも慎重にならねばなりません。もちろんホテルや旅館内でも共用の場でマスクを取ることは極力避けねばなりません。

 「書を捨てよ、町へ出よう」という寺山修司の言葉は"真実"であり、大勢の若者に考えてもらいたいと私は思っています。人生で大切なことは、本にもいくらかは書いてありますが、それが自分の血となり肉となるには読むだけでは不充分です。外に出て、人と触れ合い、人に揉まれなければ、大切なことは分かりません。

 私は過去のコラムで「人生で大切なことの7割くらいは居酒屋で学んだ」と述べました。そして、今回は「人生で大切なことの4%くらいは旅から学んだ」ことを付け加えておきます。たった4%?、と思われる人もいるでしょう。私もそう思います。これはつまり、私自身がまだまだ旅をしなければならないことを意味しています。私がこれまで訪れたことのある国は20もありませんし、今も訪ねたことのない県がいくつかあります。旅先でのふとした経験がその後の人生に大きな影響を与えることもあるわけで、旅はとても大切です。

 特に若者にとっては大切です。若いうちは借金してでも旅をすべきです。そして、旅を続けるべきなのは若者だけではありません。私は立場上、現在は外出を控えていますが、いずれ再び旅に出ます。せめて「人生で大切なことの2割くらいは旅から学んだ」と言えるくらいになるまでは......。