はやりの病気

第211回(2021年3月) 太融寺町谷口医院ではHPVワクチン接種が減らない理由

 去る2021年2月18日、3回目となる毎日新聞主催のミニ講演会をおこないました。例によって時間配分がうまくいかず、最後は慌ただしく終わらざるを得なくなり、質問の時間はほとんど取れませんでした。しかし、その後メールで複数の方からご質問や相談をいただきました。講演の内容は新型コロナを中心としたワクチンの話がメインでしたが、多く寄せられた質問はHPVワクチンに関するものでした。その後も、講演会とは関係なく、大勢の患者さんから、診察室で、あるいはメールでHPVワクチンについての相談が寄せられています。

 2021年2月末、ついに他国に追いつくかたちでMSD社がHPVの9価ワクチン(シルガード9)を発売しました。今回は、新しいワクチンと従来の4価ワクチン(ガーダシル)との違いについての話となりますが、まずはこれまでの流れを簡単にまとめてみましょう。

************
2007年4月 世界に先駆けて豪州が12-27歳の女性希望者全員に無料でワクチン接種

2009年12月 日本で2価ワクチン「サーバリックス」が発売

2009年12月 新潟県魚沼市が10代の女性希望者全員に無料接種を発表

2010年1月 兵庫県明石市、東京都杉並区などがワクチン接種無料化を発表

2011年8月 日本で4価ワクチン「ガーダシル」が発売

2011~12年頃 副反応の報告が相次ぎ「被害者の会」が設立され始める

2013年4月 HPVワクチン接種が厚生労働省により「定期予防接種」に加えられる(小学校6年生-高校1年生相当の女子)

2013年6月 厚労省が「子宮頸がん予防ワクチンの接種を積極的にはお勧めしていません」と発表(「積極的勧奨の差し控え」) 。同時期に信州大学医学部の池田修一医師を研究代表者とする研究班(池田班)が設置される。

2014年1月 厚労省の「予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会」と「薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全調査会」が、HPVワクチンの副作用は、「心身の反応により惹起された症状が慢性化したものと考えられる」と発表。

2015年8月 日本産科婦人科学会が「子宮頸がん予防ワクチン(HPVワクチン)接種の勧奨再開を求める声明」を発表

2015年12月 WHOが「予防できるのにもかかわらず、日本政府は若い女性をHPV関連のがんの危険にさらしている」と批判の表明

2016年3月 池田班が「HPVワクチンを接種したマウスのみに自己抗体の沈着を示す陽性反応があった」(HPVワクチンは危険)と報告

2016年6月 村中璃子医師が月刊誌「Wedge」に池田班の研究が「捏造」と主張

2016年8月 池田医師が村中医師の記事が名誉毀損に当たるとして、村中医師と「Wedge」編集長及び雑誌社に対し、約1100万円の損害賠償や謝罪広告の掲載などを求めて東京地裁に提訴

2017年11月 村中璃子医師が「HPVワクチンの誤情報を指摘し安全性を説いた」という理由でジョン・マドックス賞を受賞

2019年3月 東京地裁の判決は村中医師らの事実上の完全敗訴。原告(池田医師)の訴えを認め、村中医師ら三者に対し「330万円の支払い」「謝罪広告の掲載」「ウェブ記事の問題部分についての削除」などを求めた。

2019年10月 東京高等裁判所が村中医師の名誉毀損を認める判決

2020年3月 最高裁判所が村中医師の上告を却下。これにて村中医師の敗訴確定。

2021年2月 9価ワクチン「シルガード」発売
************

 "簡単に"重要なことをピックアップしたつもりですが、それでもまだ随分と複雑ですので、私の視点から一気にまとめてしまいましょう。HPVワクチンの「問題」は次の2つに集約されると私は考えています。

・HPVワクチンが発売され、世界では高い評価を受けているのに、日本では厚労省が「積極的勧奨の差し控え」というよく分からないことを言っていて接種率が上がらない。
 
・HPVワクチンが危険と主張した池田医師をジャーナリストでもある村中医師が「池田医師の研究は捏造だ」と批判した。そこで、池田医師が村中医師を名誉棄損で訴えて勝利した。つまり「捏造」ではないと法が認めた。

 ややこしいのは、池田医師の研究が「捏造」でなかったのは事実だとしても、池田医師の出した「結論」が正しいとは言えないことです。つまり、法は「HPVワクチンが危険」とは認めたわけではないのです。

 次にHPVワクチンについて客観的にみて正確なことをまとめていきます。

・重篤な副反応が(因果関係が不明だとしても)起こっているのは事実。厚労省のサイトによると、重篤な副作用の出現率は0.0097%。つまり1万人に1人。

・ワクチンで子宮頸がんが100%防げるわけではない。だが、尖圭コンジローマは(100%とは言えないにしても)かなりの確率で防げる。実際、男性も定期接種となっているオーストラリアでは尖圭コンジローマは「根絶(elimination)」すると予測されている。

・100%ではないが、中咽頭がん、肛門がん、陰茎がんなどにも効果がある。

・ワクチンは3種類。サーバリックスは2価で尖圭コンジローマにはまったく無効。ガーダシルは4価。シルガードは9価。尖圭コンジローマに対する効果は4価も9価もほぼ同じ。9価ワクチンは男性には接種できない。

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)でHPVワクチンを導入したのは2011年8月、つまりガーダシルが発売になったときです。ガーダシルは最近まで男性には認可がおりていませんでしたが、男性への接種が禁じられていたわけではありません。そこで、谷口医院では、発売開始と同時に男性への接種も開始しました。これは、特別な宣伝をしたからではありません。患者さんから相談されることが多く、相談をされた人はたいていは男女とも接種されていましたし、今もされています。

 全国的には厚労省の「積極的勧奨の差し控え」が出されてから接種率が激減したとされていますが、谷口医院では「積極的勧奨の......」にはまったく影響を受けていません。

 ただし、「積極的勧奨の......」が出される前から定期接種対象の小6から高1の女性にはあまり勧めていませんでした。なぜなら、HPVは性行為でしか感染しないからです。「すでに性交渉をしていますよ」、という女子生徒が来れば積極的に勧めるつもりでしたが(今もそのつもりですが)、実際にはそういう生徒はほとんど受診しません。高1までに接種しなければ無料でなくなってしまうわけですが、無料だからという理由で1万人に1人の割合で(因果関係が不明だとしても)結果として重篤な副作用が起こっているワクチンを接種する人はそう多くないわけです。
 
 尖圭コンジローマという病は本当にイヤな病です。性感染症のなかには感染してもすぐに治せるものもありますが、尖圭コンジローマはいったん感染すると、なかなか治らないことがあり、治っても再発のリスクがしばらくは続き、コンドームでも防ぎきれません。なかには繰り返す再発に精神がまいってしまい心の病を併発する人もいます。これだけやっかいな感染症がワクチンで(ほぼ)完全に防げるわけですから、性交渉を開始する年齢になれば接種したいという人が多いのは当然です。また、20代、30代はもちろん、50代で性行為をもつ機会があるという人も希望されます。

 4価より9価の方がいいかというと、9価の方がより幅広いHPVのタイプに効果があるわけですが、値段がすごく高くなります。谷口医院では卸業者に9価(シルガード)を安くしてほしいと交渉しましたが28,000円が限界でした。4価(ガーダシル)は15,000円ですから2倍近くもします。

 男性の場合は9価ワクチンが禁じられていますからこれから接種する人は4価にするしか選択肢がありません(2価は意味がありません)。女性の場合も、これだけ価格差がありますから9価が余程値下げされない限り依然4価を選択する人の方が多いのではないかとみています。