マンスリーレポート

2021年12月 やりたいこと vs 役割を演じること

 今からちょうど3年前、2018年12月のマンスリーレポート「人生は自分で切り拓くものではなかった!?」で、私が相当奇妙な発言をしたと思われた読者の方も多いと思います。なにしろ、それまで私が書籍などで言い続けてきた「医学部受験などたいていの人は努力をすれば可能だ」という主張を全否定したと解釈されてもおかしくないようなことを述べただけでなく、私自身は「〇〇」という目に見えない存在に"監視"されていて、「生きているのではなく生かされているのだ」という、まるで新興宗教の教えのようなことを突然言い放ったわけですから。

 さらに私は、2020年7月のマンスリーレポート「『偏差値40からの医学部再受験』は間違いだった」で、医学部受験は誰にでも可能なわけではなく、「人生を決めるのは99%の運と1%の努力」という考えを主張し、「運も実力のうち」という言葉を完全に否定しました。このコラムではシェークスピアの名言を引き合いに出し、「人生とはそれぞれの役割を"演じる"こと」と述べました。

 「奇妙なこと」を言い始めて3年が経過した今、改めて私が感じていることをここに披露したいと思います。

 まず「役割」についてです。もしも、生まれてから死ぬまでの間、与えられた宿題だけをやって、与えられた試験だけを受け、与えられた仕事だけをやり、あらかじめ決められたパートナーと生活を共にする、という人生があったとすれば、これほどつまらない人生はないでしょう。

 では、次のケースはどうでしょうか。それはかなり前、新聞か雑誌で読んだある有機化学者の話です。たしか日経新聞の「私の課長時代」だったと思うのですが、記憶が定かでなく、その人の名前もどのような研究をしたのかもまったく覚えていません。私が覚えているのは、大学院時代に研究室の教授から与えられた、特に興味のなかった研究に従事したと書かれていたことです。その教室ではメンバー全員が教授から課題を与えられてそれをやるしか選択肢がないとのことでした。

 それを読んだときの私の感想は「こんな人生、絶対にイヤだ」です。その有機化学者はその研究で成功して博士号を取得し、その後も大企業の研究室で働いて出世もし、その記事では当時の教授に感謝している、というようなことが書かれていたわけですが、私が同じ境遇なら、この教授に感謝することはおそらくできません。

 私はこの有機化学者と正反対のことをしています。有機化学者も私も同じ「理系の者」ですが、そもそも私は上司の言うことを聞いたためしがありません。研修医1年目のときは、大学病院での研修が物足りなくて教授に「土曜日は他の病院に見学に行かせてほしい」とお願いし、2年目のときは本来の人事に逆らって予定外の別の研修をさせてもらいました。さらに、大学の人事に従わずタイにボランティアに行くことを実行しました。このため当時の教授からは「お前とは絶縁ではないが破門だ」と言われました(ただし、この教授には今も慕わせてもらっています)。

 欧米からタイの施設に来ていた複数の総合診療医(general practitioner)に影響を受け、教えを乞い、帰国後は大学の総合診療部の門を叩き、大学病院で学ばせてもらうことになりました。しかし、大学病院での経験では物足らなくなり、いくつもの病院や診療所で研修を受ける私独自のやり方を半ば強引に認めてもらい、さらに、自分のやりたい医療を実践するには自分でクリニックを立ち上げるしかないと判断し、まだ医師になって丸5年もたっていないのに開業に踏み切ったのです。

 この当時の私はまだ「人生は自分で切り拓くものだ」と考えていましたから、こういった道を選んだことにまったく後悔はありませんでしたし、今も後悔しているわけではありません。当時の(今も)愛読書には小田実の『何でも見てやろう』 (名著です)や大前研一氏の『やりたいことは全部やれ!』 (これも良書です)があります。そして、この当時は、私がやりたいことをやって、上手くいっているのは自分が努力したからだと"勘違い"していました。

 冒頭で紹介したコラムで述べたように、私がやりたいことをできたのは単に運がよかったからです。そして、「運も実力のうち」では決してありません。運がいいのは単に運がよかった、ただそれだけの話です。自分の努力を卑下しなくていい、という意見もあるかもしれませんが、努力できること自体が運がいいわけです。もしも私が脳に障害を負ったり、若年性認知症を発症したりすればこういった努力はできません。脳に障害を持った人は努力しなかった結果なのか、というとそんなはずはなく、運が悪かったわけです。

 ならば私は自分の運の良さに感謝すべきです。そして、感謝すべきなのは運だけではありません。件の有機化学者のように課題を与えてくれた教授のようなエピソードは私にはありませんが、それとは違ったかたちで私を導いてくれた先輩や、指導してくれた上司がいます。そういった人たちへの感謝の念を忘れてはいけないことは言うまでもありません。

 また、これまでの人生で出会った私が尊敬している人たちは、例外なく「誠実」であり、また「謙虚」なことを知り、これらが人生の原則であることを悟ることができたのです。ということは、私は自分の運や私を導いてくれた人たちへの感謝を忘れることなく、また自分自身も「誠実」でかつ「謙虚」であらねばなりません。

 そして、次にすべきことは他者を思いやることです。幸運なことに、私は臨床医という立場にあります。日々の仕事がそのまま他者への思いやりにつながるありがたい環境に身を置いています。ということは、プライベートの生活のみならず、仕事を通しても他者を思いやるという行為が実践できるわけです。やはりこの幸運にも感謝しなければなりません。「職業に貴賤はない」ことは認めますが、それでも私は、一日中同じネジを延々と回す業務や、アマゾンの倉庫で1日中出荷をするような仕事は耐えられません。ならば、私は今の仕事を「させてもらっている」と考え、感謝の念を忘れてはいけません。

 さらに、ここまで良い運に恵まれたわけですから、ここで自分の人生を終えるわけにはいきません。家族や友人に加え、目の前の患者さんを支援することの次は、社会への貢献です。といっても、私には大それたことはできませんから目の前の患者さんや、遠方からメールなどで相談してくる患者さんの力になれるよう努力すること、あるいは私が設立したNPO法人GINAを通して海外の(特にタイの)困窮している人々を支援することなどでおこなう草の根レベルの貢献です。

 今さら「他にやりたいことが見つかった」と言って、これまでの人生を否定するような生き方は許されません。つまり、運や人に「感謝」し、
「誠実」かつ「謙遜」であり、他者への「思いやり」、社会への「貢献」を続けていく、これが私の生きる道であり、それができているかどうかを、例の「〇〇」が監視していると思うのです。そして、日々目の前に立ちはだかる問題、それは病気を含めた他者の悩みや苦しみであることが多いわけですが、これらを解決するのが私の「役割」であり、その役割を演じ続けていかなければならないと考えているのです。

 ちなみに、「感謝」「誠実」「謙虚」「思いやり」「貢献」は、Appreciation(感謝)、Being sincerity and modesty(誠実で謙虚であること)、Consideration and Contribution(思いやりと貢献)と反芻しています。