はやりの病気

第226回(2022年6月) アトピーの歴史は「モイゼルト」で塗り替えられるか

 「はやりの病気」でアトピー性皮膚炎(以下、単に「アトピー」)を取り上げる機会がここ数年で増えてきています。その理由はいずれも「画期的な新薬が登場した」からであり、今回もまた新たな新薬が登場したが故に再び取り上げることにしました。

 今回はその新しい薬「モイゼルト軟膏」の話をする前に、「アトピー性皮膚炎の治療の歴史」をまとめておきましょう。

1999年まで:ステロイドしかなかった時代
1999年:タクロリムス軟膏登場
(2007年:当院開院)
2008年:シクロスポリン登場
2018年:デュピクセント®(注射)登場
2020年:コレクチム®軟膏登場
2020年:オルミエント®登場
2021年:リンヴォック®登場
2021年:サイバインコ®登場
2022年:モイゼルト®軟膏登場

 まず、1999年までは効果のある薬はステロイド外用くらいしかありませんでした。そのため、「ステロイドを塗ればよくなるけれどもやめれば悪化する。そしてそのうちに取り返しのつかない副作用に悩まされる......」ということが多かったのです。

 私の見解を言えば、ステロイドによる最も多い副作用は「酒さ様皮膚炎」です。顔面の、特に鼻や鼻の周囲、頬部、口の周りに赤い炎症が起こり、これが治らないのです。酒さ様皮膚炎は比較的少ない量のステロイドでも起こり得ます。さらに進行すると、全身の皮膚が薄くなり、そんなに強い力を加えなくても皮膚に触れると皮がめくれるようになります。ここまでくるとどうしようもありません。

 1999年までは(それ以降も)ステロイド以外の治療としていろんなものが試みられましたが、私の印象で言えば、一部の漢方薬を除けば有効といえる薬はほぼありません。漢方薬も、効く人もいるけれど効かない人の方が多い、といった感じで、おおざっぱにいえば(患者さんには失礼な言い方ですが)1999年までのアトピーは「どうしようもない病気」だったのです。そういう背景もあり、多数の民間療法やアトピービジネスが蔓延しました。

 タクロリムス(先発の商品名は「プロトピック」)は画期的な製品でした。なにしろ「もうステロイドを使わなくてもアトピーを治すことができる」という噂が広がり、「夢の薬」という声もあったほどです。

 けれども、実際には当初期待されていたほどには普及しませんでした。この経緯については2011年のコラム「アトピー性皮膚炎を再考する」にも書きましたが、ここでもポイントだけを振り返っておくと、「タクロリムスを使えない」という人は「タクロリムスを始める地点にまだ立っていない」のです。

 強い炎症を取ることができるのはステロイドを置いて他にはありません。ですが、どれだけ重症であっても、ステロイドを1週間も外用すればまず間違いなく症状をゼロにできます。そして、この状態になって初めてタクロリムスの出番となります。その後は、タクロリムスを適切に使用すればステロイドはその後(頭皮以外は)不要となります。

 ではタクロリムスは塗るタイミングを誤らず、その後適切に塗っていれば、もう何も心配ないのかと言われれば、そういう人も多いのですが、そうでない人もいます。「感染症のリスク」があるからです。若い人の場合、タクロリムスでアトピーの再発を防げたとしても、ニキビ、ヘルペス、脂漏性皮膚炎といった病原体が関与する疾患が生じることがあります。

 特にニキビは厄介で、元々ニキビ肌ではないのに、タクロリムスを使用し始めたがために発症するようになり、そのためにニキビの予防薬を外用しなければならなくなったという人もいます。すると、皮膚症状がまったくないのに、アトピーの再発予防目的でタクロリムスを外用し、そのタクロリムスの副作用で生じ得るニキビを防ぐためにニキビの予防薬を塗らなければならなくなります。これはかなり面倒くさいことです。

 少し補足しておくと、ニキビ予防に保険診療で処方できるのはディフェリンゲルとベピオゲル(いずれも商品名)で、発売されたのはそれぞれ2008年10月、2015年4月です。これらが発売されるまでは有効なニキビの予防薬もなく、そのため谷口医院では、ディフェリンを海外から輸入して処方していました。尚、アゼライン酸(商品名AZAクリア)も優れたニキビの予防薬ですが、なぜか日本では化粧品扱いとなり保険適用はありません。

 アトピーには極めて有効だけれど、ニキビなどの感染症のリスクとなるというのはタクロリムスの欠点と言えます。そして、この問題をほぼ克服したのが2020年6月に発売となったコレクチム(商品名)です。コレクチムもJAK阻害薬と呼ばれる免疫抑制剤の一種であるため、ニキビなどの感染症の発症が懸念されていたのですが、発売前の調査では頻度は少なく、また発売後の市場調査でもそれほど多くありません。谷口医院の患者さんを診ていてもコレクチムがニキビで使えないというケースはほぼ皆無です。タクロリムスとコレクチムは作用メカニズムがまったく異なりますが、イメージでいえば「コレクチムはタクロリムスの欠点を克服した薬」です。

 そして、2022年6月1日、そのコレクチムに続く外用薬「モイゼルト軟膏」が発売となりました。この薬も作用メカニズムは、タクロリムスやコレクチムとはまったく異なります。3種のなかでは免疫抑制作用が最も弱く、副作用も最も少ないことが予想されます。ただ、実際にはコレクチムの患者満足度がかなり高いために、モイゼルト軟膏はそれほど広がらない可能性もあります。

 ですが、待望の新薬ですから谷口医院では発売された6月1日以降、コレクチムかタクロリムスを使用している(ほぼ)すべてのアトピーの患者さんに、モイゼルト軟膏を「お試し」というかたちで処方しています。本稿執筆時点(6月12日)でその後再診された患者さんは2人います。「コレクチムvsモイゼルト」の印象を尋ねると、コレクチム派が1人、モイゼルト派が1人と意見が別れています。

 ところで、アトピーの新薬という話になると、学会では過去のコラム「アトピー性皮膚炎の歴史が変わるか」「アトピー性皮膚炎の歴史を変える「コレクチム」」で紹介したような、高価な薬が取り上げられます。3割負担で年間50万円から100万円もするこういった薬、効果が高ければいいではないかという人もいるでしょうが、副作用のリスクが高すぎて安易には使えません。

 これら過去のコラムでも述べたように、いずれも免疫抑制作用が強すぎるのです。ここで、冒頭で述べた「歴史」に戻りましょう。実は2008年にシクロスポリンという極めて効果の高い内服薬がアトピーに使われるようになりました。しかし普及したとは言えません。その最大の理由は「副作用が強すぎて使えない」です。強力な免疫抑制作用があるために、感染症、さらには悪性腫瘍のリスクが上昇するのです。

 では、2018年に発売されたデュピクセント、2020~21年に使用できるようになった3種の内服薬はどの程度のリスクがあるのかというと、少なくとも添付文書上のリスクはシクロスポリンとほとんど同じです。「生ワクチンが接種できない」はすべてに共通しています。シクロスポリンの添付文書には、いったん治ったB型肝炎ウイルスの活性化、敗血症、悪性リンパ腫や他のがんのリスクなどが記載されていて、これらはオルミエント、リンヴォック、サイバインコのものにも同様の注意が書かれています。また、これら3種の内服薬の添付文書には結核のリスクについても言及されています。

 つまり、現在学会などで盛んに取り上げられ、各製薬会社が資金を投入してPR活動をしているデュピクセント、オルミエント、リンヴォック、サイバインコは、副作用のリスクが高すぎて普及しなかったシクロスポリンと、同等とまではいえませんが、同じようなリスクがあり、また費用は驚くほど高いのです。

 というわけで、今後のアトピー性皮膚炎の治療は「タクロリムス、コレクチム、モイゼルトの3種の外用薬を、効果、費用、副作用の3点に注意しながら各自それぞれの方法で使い分けていく」ということになるでしょう。